【第六章の人々】
宇ウ遅ヂ能ノ和ワ紀キ郎イラツ子コ
オホサザキの素質を見抜き皇位を譲った聡明な弟
オホサザキ(仁徳天皇)の弟で、父は応神天皇である。「記紀」では、渡来人の師につ
いて多くの書物を学んでは深く理解し、オホヤマモリの反乱に際しては、自ら変装してオ
ホヤマモリを討ち取るなど、聡明で優れた人物として書かれている。ホムダワケ(応神天
皇)は、このウヂノワキイラツコを深く愛し、次の天皇たるべく皇太子に定めていた。当
時は、のちの時代と異なり長子相続が慣例ではなかったため、これは格別珍しいことでは
ない。
だが、ウヂノワキイラツコは、ホムダワケ崩御ののちも皇位に就こうとはしなかった。
兄のオホサザキ(仁徳天皇)の仁孝の徳を持つ素質を見抜き、「先帝が私を皇太子とした
のは、統治の才があるからではなく、ただかわいかったからだ」と、兄に皇位を譲ろうと
したのである。聡明であるがゆえの決断だろう。ところが、オホサザキの方も皇位に就こ
うとはしない。兄と弟が互いに譲り合ったため皇位が空白の期間が続くと、ついにウヂノ
ワキイラツコは、自ら命を絶ってしまう(『古事記』では夭逝)。オホサザキは屍しかば
ねを抱え上げて号泣して悲しんだという。