二十五日(はつかあまりいつか)。守の館(たち)より、呼びに文(ふみ)持て来たなり。呼ばれて至りて、日一日(ひひとひ)、夜一夜(よひとよ)、とかく遊ぶやうにて明けにけり。
二十六日(はつかあまりむゆか)。なほ守の館にて、饗応(あるじ)しののしりて、郎等(らうどう)までに物かづけたり。漢詩(からうた)、声あげて言ひけり。和歌(やまとうた)、主も、客人(まらうど)も、他人(ことひと)も言ひあへり。漢詩は、これにえ書かず。和歌、主の守のよめりける、
都出でて君に会はむと来(こ)しものを来しかひもなく別れぬるかな
となむありければ、帰る前(さき)の守のよめりける、
しろたへの波路(なみぢ)を遠く行き交ひて我に似べきはたれならなくに
異(こと)人々のもありけれど、さかしきもなかるべし。とかく言ひて、前の守、今のも、もろともにおりて、今の主も、前のも、手取り交はして、酔い言(ごと)に心よげなる言(こと)して、出で入りにけり。
(現代語訳)
二十五日。土佐の守の館から、招待の書を使いが持ってきた。招かれていき、一日中、一晩中、何やかんやと楽しく過ごすうちに夜が明けてしまった。
二十六日。なお土佐の守の館でご馳走してくれて大騒ぎし、従者にいたるまで祝儀をくれた。漢詩を声高らかに朗詠した。和歌を、主も客人も、他の人たちも詠みあった。漢詩はここには書けない。和歌は、主の土佐の守が詠んだのが、
<都を出発してあなたに会おうとせっかくやって来たのに、来た甲斐もなく、もうお別れしなくてはいけない。>
とあったので、帰京する前の土佐の守(貫之のこと)が詠んだのが、
<白波が立つ海路をはるか遠く、都に帰る私と入れ替わりにこの地にやって来て、私と同じに無事任期を終えて帰京するのは、誰でもないあなたですよ。>
他の人たちのもあったが、気の利いた歌などなかろう。あれこれ語り合い、前の土佐の守も今の土佐の守も一緒に庭先に下りて、お互いに手を取り合い、酔っ払った口調で心地よい祝福のことばを述べて、前の土佐の守は館を辞し、今の土佐の守は館の中に入っていった。