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破戒13-4

时间: 2017-06-03    进入日语论坛
核心提示:       (四)『只今(たゞいま)猪子といふ方の御話が出ましたが、』と高柳は巻煙草の灰を落し乍ら言つた。『あの、何で
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        (四)
 
『只今(たゞいま)猪子といふ方の御話が出ましたが、』と高柳は巻煙草の灰を落し乍ら言つた。『あの、何ですか、瀬川さんは彼(あ)の方と御懇意でいらつしやるんですか。』
『いゝえ。』と丑松はすこし言淀(いひよど)んで、『別に、懇意でも有ません。』
『では、何か御関係が御有なさるんですか。』
『何も関係は有ません。』
『左様(さやう)ですか――』
『だつて関係の有やうが無いぢやありませんか、懇意でも何でも無い人に。』
『左様(さう)仰れば、まあ、そんなものですけれど。はゝゝゝゝ。彼の方は市村君と御一緒のやうですから、奈何(どう)いふ御縁故か、もし貴方が御存じならば伺つて見たいと思ひまして。』
『知りません、私は。』
『市村といふ弁護士も、あれでなか/\食へない男なんです。彼様(あん)な立派なことを言つて居ましても、畢竟(つまり)猪子といふ人を抱きこんで、道具に使用(つか)ふといふ腹に相違ないんです。彼の男が高尚らしいやうなことを言ふかと思ふと、私は噴飯(ふきだ)したくなる。そりやあもう、政事屋なんてものは皆な穢(きたな)い商売人ですからなあ――まあ、其道のもので無ければ、可厭(いや)な内幕も克(よ)く解りますまいけれど。』
 斯う言つて、高柳は嘆息して、
『私とても、斯うして何時まで政界に泳いで居る積りは無いのです。一日も早く足を洗ひたいといふ考へでは有るのです。如何(いかん)せん、素養は無し、貴方等(あなたがた)のやうに規則的な教育を享(う)けたでは無し、それで此の生存競争の社会(よのなか)に立たうといふのですから、勢ひ常道を踏んでは居られなくなる。あるひは、貴方等の目から御覧に成つたらば、吾儕(わたしども)の事業(しごと)は華麗(はで)でせう。成程(なるほど)、表面(うはべ)は華麗です。しかし、これほど表面が華麗で、裏面(うら)の悲惨な生涯(しやうがい)は他に有ませうか。あゝ、非常な財産が有つて、道楽に政事でもやつて見ようといふ人は格別、吾儕のやうに政事熱に浮かされて、青年時代から其方へ飛込んで了つたものは、今となつて見ると最早(もう)奈何することも出来ません。第一、今日の政事家で政論に衣食するものが幾人(いくたり)ありませう。実際吾儕(わたしども)の内幕は御話にならない。まあ、斯様(こん)なことを申上げたら、嘘のやうだと思召すかも知れませんが、正直な御話が――代議士にでもして頂くより外(ほか)に、さしあたり吾儕の食ふ道は無いのです。はゝゝゝゝ。何と申したつて、事実は事実ですから情ない。もし私が今度の選挙に失敗すれば、最早につちもさつちもいかなくなる。どうしても此際(こゝ)のところでは出るやうにして頂かなければならない。どうしても貴方に助けて頂かなければならない。それには先づ貴方に御縋(おすが)り申して、家内のことを世間の人に御話下さらないやうに。そのかはり、私も亦(また)、貴方のことを――それ、そこは御相談で、御互様に言はないといふやうなことに――何卒(どうか)、まあ、私を救ふと思召(おぼしめ)して、是話(このはなし)を聞いて頂きたいのです。瀬川さん、是は私が一生の御願ひです。』
 急に高柳は白い毛布を離れて、畳の上へ手を突いた。丁度哀憐(あはれみ)をもとめる犬のやうに、丑松の前に平身低頭したのである。
 丑松はすこし蒼(あをざ)めて、
『どうも左様(さう)貴方のやうに、独りで物を断(き)めて了(しま)つては――』
『いや、是非とも私を助けると思召して。』
『まあ、私の言ふことも聞いて下さい。どうも貴方の御話は私に合点(がてん)が行きません。だつて、左様(さう)ぢや有ますまいか。なにも貴方等(あなたがた)のことを私が世間の人に話す必要も無いぢや有ませんか。全く、私は貴方等と何の関係も無い人間なんですから。』
『でも御座(ござい)ませうが――』
『いえ、其では困ります。何も私は貴方等を御助け申すやうなことは無し、私は亦(また)、貴方等から助けて頂くやうなことも無いのですから。』
『では?』
『ではとは?』
『畢竟(つまり)そんなら奈何して下さるといふ御考へなんですか。』
『どうするも斯(か)うするも無いぢや有ませんか。貴方と私とは全く無関係――はゝゝゝゝ、御話は其丈(それだけ)です。』
『無関係と仰ると?』
『是迄(これまで)だつて、私は貴方のことに就いて、何(なんに)も世間の人に話した覚は無し、是から将来(さき)だつても矢張(やはり)其通り、何も話す必要は有ません。一体、私は左様他人(ひと)のことを喋舌(しやべ)るのが嫌ひです――まして、貴方とは今日始めて御目に懸つたばかりで――』
『そりやあ成程、私のことを御話し下さる必要は無いかも知れません。私も貴方のことを他人(ひと)に言ふ必要は無いのです。必要は無いのですが――どうも其では何となく物足りないやうな心地(こゝろもち)が致しまして。折角(せつかく)私も斯うして出ましたものですから、十分に御意見を伺つた上で、御為に成るものなら成りたいと存じて居りますのです。実は――左様した方が、貴方の御為かとも。』
『いや、御親切は誠に難有いですが、其様(そんな)にして頂く覚は無いのですから。』
『しかし、私が斯うして御話に出ましたら、万更(まんざら)貴方だつて思当ることが無くも御座(ござい)ますまい。』
『それが貴方の誤解です。』
『誤解でせうか――誤解と仰ることが出来ませうか。』
『だつて、私は何(なんに)も知らないんですから。』
『まあ、左様(さう)仰れば其迄ですが――でも、何とか、そこのところは御相談の為やうが有さうなもの。悪いことは申しません。御互ひの身の為です。決して誰の為でも無いのです。瀬川さん――いづれ復(ま)た私も御邪魔に伺ひますから、何卒(どうか)克(よ)く考へて御置きなすつて下さい。』
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