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第八章 抜け穴の冒険 一(5)

时间: 2023-12-26    进入日语论坛
核心提示: 井川老刑事の説明に、金田一耕助が注意深く調べてみると、まさにそのとおりであった。修理のあとにごく古いのと、最近手をくわ
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 井川老刑事の説明に、金田一耕助が注意深く調べてみると、まさにそのとおりであっ

た。修理のあとにごく古いのと、最近手をくわえたのであろうと思われる、新しいセメン

トのあとが観察された。金田一耕助は口許をほころばせて、

「篠崎さんも物好きな。しかし、考えてみると抜け穴だとかどんでん返しなどには、だれ

でも好奇心をもつんじゃありませんかねえ。自分で造ろうとまでは思わなくとも、そうい

うもののある建築物を手に入れたら、それを保存しておきたいという欲望は、だれでも持

つんじゃないでしょうか」

「篠崎氏というひとはそういうひとなんですか。そういう子供っぽい好奇心をもつよう

……?」

「そうですね。多少そういう稚気というか、洒しや落れっ気けというか、そういうものを

もってるひとのようですね」

 金田一耕助はゆくての闇に、懐中電灯の光をむけて、

「それにしても、こいつをいくのはちょっと勇気を要しますね。最近なんにんかの人間

が、ここを通りぬけたというからいいようなものの……」

「あっはっは、金田一先生は案外臆病なんですね。それじゃわたしがおさきに……」

 だが、そういう小山刑事の足取りも、あまり勇敢とはいいにくく、なるほどさっき陽子

もいったとおり、ふつうの往来を歩くようなわけにはいかなかった。小山刑事のすぐ後ろ

から井川老刑事。金田一耕助と田原警部補は、肩をならべてふたりのあとにつづいた。

 そうとう広い抜け穴とはいえ、やはり空気がこもって息苦しく、しかも、その空気は死

んで、澱よどんで、濁っている。闇がその空気を、いっそう重っ苦しいものにしていた。

なるほど、近年修理を加えたあとが随所にみられるが、それはあくまで応急的なものらし

く、いたるところに煉瓦がくずれているところがあり、漏水もかなりひどかった。また場

所によっては、ちょっとした震動でも、煉瓦がボロボロくずれるところがあり、よほど慎

重に歩を運ばないと危険である。

「いったい、このトンネルは一本道なんでしょうかねえ」

「だれもわき道があるようにはいわなかったですね」

「わき道があったとしても、それはお糸ばあさんしかしらないんじゃないですか」

「金田一先生、なにかわき道があるような話でしたか」

「ああ、いや、これをつくった古館種人というひとですがね。種人閣下はいつも洋間で寝

たというわけではないでしょう。むしろ当時の風習としては、日本間でおやすみになる晩

のほうが多かったと思うんです。だから、日本間のほうからも抜け道が通じていると思う

んですが、そういくつもトンネルをつくるのは厄介ですから、当然、このトンネルへ合流

してるんじゃないかと思うんですがね」

「なるほど、そういえばそうだ。そうするとこの煉瓦の一部分が、どんでん返しになると

いう仕掛けかな。小山君、ちょっと煉瓦をたたいてみたまえ」

「おっとしょ」

 小山刑事がおどけながら、右側の壁をたたくとそのとたん、頭のうえからがらがらと、

五、六枚の煉瓦が落下してきて、一同はおもわず悲鳴をあげてとびのいた。するとこんど

はその震動で、また二、三枚の煉瓦がくずれ落ちてきたから、一同はいよいよ肝を冷やし

た。

「こいつはいけませんや、主任さん、うっかり壁も……わあッ!」

 またしても二、三枚、うえから煉瓦が落下してきたので、井川老刑事は両手で頭をかか

えてとびのいた。

「畜生ッ、なんにもしねえのに、煉瓦がくずれ落ちるとは……?」

「しっ、井川さん!」

 と、金田一耕助はあわてて老刑事をたしなめると、

「あんまり大きな声を出しちゃいけません。いまのはあなたの声の反響で、煉瓦がくずれ

落ちたらしい……」

「へへえ、声の反響で……?」

 一同はその場に立ちすくむと、気味悪そうに懐中電灯の光のなかで顔見合わせた。

「まさか。それじゃまるで、腫はれ物ものにさわるようなものじゃありませんか。わっ

はっは!」

 井川刑事がわざと蛮声を張りあげたかとおもうと、そのとたん、一メートルほどさきの

煉瓦の壁が、がらがらとくずれ落ちてきたので、一同はおもわずぎょっと息をのんだ。

「なあるほど!」

 くずれ落ちた数枚の煉瓦の山を、一同はしばらく無言のままみつめていたが、そのとき

とつぜん妙なことが起こった。

「わっはっは……」

 陰にこもったような声が、語尾に陰々たるバイブレーションをともなって、はるか遠く

のほうからかえってきた。一同がまたぎょっと息をのんでいると、

「わっはっは……」

 またしばらくまをおいて、

「わっはっは……」

 陰々たるその声はだんだん弱く、かすかになっていく。

「なあんだ、谺こだまか……」

 さすがに井川老刑事の声もしゃがれていて、額につめたい汗が吹き出しているようであ

る。

 じっさい地底の闇のトンネルの、こもった空気をふるわせて、あちこちの壁に反響しな

がら、屈折してかえってくるその谺は、世にも陰気で気味の悪いものであった。

 一同はシーンと耳をすまして、最後の谺の音を追うていたが、暗闇のなかで田原警部補

が、

「うっふっふ」

 と、軽くふくみ笑いをしながら、

「さすがの井川のオッサンも、これには肝をひやし……」

 だが、田原警部補のその言葉は、そのまま口のなかで凍りついてしまった。

「わっはっは……」

 とつぜんはるか遠くのほうから、新しい谺がきこえてきた。いや、谺であるはずがな

い。谺はもう消えてしまったのだ。だれかが抜け穴のはるか遠くでわらっている。

「わっはっは……」

「わっはっは……」

「わっはっは……」

 その笑い声は適当な間隔をおいて、屈曲した谺をともないながら、陰々として真っ暗な

空気のなかに消えていった。

 だれかいる。このおなじトンネルのなかに。……

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