一
堀川の
それでございますから、二条大宮の
さやうな次第でございますから、大殿様御一代の間には、後々までも語り草になりますやうな事が、随分沢山にございました。
しかし、その御話を致しますには、予め先づ、あの地獄変の屏風を描きました、
二
良秀と申しましたら、或は唯今でも猶、あの男の事を覚えていらつしやる方がございませう。その頃絵筆をとりましては、良秀の右に出るものは一人もあるまいと申された位、高名な絵師でございます。あの時の事がございました時には、彼是もう五十の
いや猿秀と申せば、かやうな御話もございます。その頃大殿様の御邸には、十五になる良秀の一人娘が、
すると何かの折に、丹波の国から人馴れた猿を一匹、献上したものがございまして、それに丁度
所が或日の事、前に申しました良秀の娘が、御文を結んだ寒紅梅の枝を持つて、長い御廊下を通りかゝりますと、遠くの
が、若殿様の方は、
「何でかばふ。その猿は柑子盗人だぞ。」
「畜生でございますから、……」
娘はもう一度かう繰返しましたがやがて寂しさうにほほ笑みますと、
「それに良秀と申しますと、父が
「さうか。父親の
不承無承にかう仰有ると、
三
良秀の娘とこの小猿との仲がよくなつたのは、それからの事でございます。娘は御姫様から頂戴した黄金の鈴を、美しい
かうなると又妙なもので、誰も今までのやうにこの小猿を、いぢめるものはございません。いや、
「孝行な奴ぢや。褒めてとらすぞ。」
かやうな御意で、娘はその時、
さて良秀の娘は、面目を施して御前を下りましたが、元より悧巧な女でございますから、はしたない外の女房たちの
が、娘の事は一先づ
しかし実際、良秀には、見た所が卑しかつたばかりでなく、もつと人に嫌がられる悪い癖があつたのでございますから、それも全く自業自得とでもなすより外に、致し方はございません。
四
その癖と申しますのは、
さやうな男でございますから、吉祥天を描く時は、卑しい
従つて良秀がどの位画道でも、高く止つて居りましたかは、申し上げるまでもございますまい。尤もその絵でさへ、あの男のは筆使ひでも彩色でも、まるで外の絵師とは違つて居りましたから、仲の悪い絵師仲間では、山師だなどと申す評判も、大分あつたやうでございます。その連中の申しますには、
が、何分前にも申し上げました通り、横紙破りな男でございますから、それが反つて良秀は大自慢で、何時ぞや大殿様が御冗談に、「その方は兎角醜いものが好きと見える。」と仰有つた時も、あの年に似ず赤い唇でにやりと気味悪く笑ひながら、「さやうでござりまする。かいなでの絵師には総じて醜いものゝ美しさなどと申す事は、わからう筈がございませぬ。」と、横柄に御答へ申し上げました。如何に本朝第一の絵師に致せ、よくも大殿様の御前へ出て、そのやうな高言が吐けたものでございます、先刻引合に出しました弟子が、内々師匠に「
しかしこの良秀にさへ――この何とも云ひやうのない、横道者の良秀にさへ、たつた一つ人間らしい、情愛のある所がございました。
五
と申しますのは、良秀が、あの一人娘の小女房をまるで気違ひのやうに可愛がつてゐた事でございます。先刻申し上げました通り、娘も至つて気のやさしい、親思ひの女でございましたが、あの男の
が、良秀の娘を可愛がるのは、唯可愛がるだけで、やがてよい聟をとらうなどと申す事は、夢にも考へて居りません。それ所か、あの娘へ悪く云ひ寄るものでもございましたら、反つて
尤も其噂は嘘でございましても、子煩悩の一心から、良秀が始終娘の下るやうに祈つて居りましたのは確でございます。或時大殿様の御云ひつけで、
「褒美には望みの物を取らせるぞ。遠慮なく望め。」と云ふ難有い
「何卒私の娘をば御下げ下さいまするやうに。」と臆面もなく申し上げました。外のお邸ならば兎も角も、堀河の大殿様の御側に仕へてゐるのを、如何に可愛いからと申しまして、かやうに
「それはならぬ。」と
私どもの眼から見ますと、大殿様が良秀の娘を御下げにならなかつたのは、全く娘の身の上を哀れに思召したからで、あのやうに
それは兎も角もと致しまして、かやうに娘の事から良秀の御覚えが大分悪くなつて来た時でございます。どう思召したか、大殿様は突然良秀を御召になつて、地獄変の屏風を描くやうにと、御云ひつけなさいました。
六
地獄変の屏風と申しますと、私はもうあの恐ろしい画面の景色が、ありありと眼の前へ浮んで来るやうな気が致します。
同じ地獄変と申しましても、良秀の描きましたのは、外の絵師のに比べますと、第一図取りから似て居りません。それは一帖の屏風の片隅へ、小さく十王を始め
こればかりでも、随分人の目を驚かす筆勢でございますが、その上に又、
が、その中でも殊に一つ目立つて
あゝ、これでございます、これを描く為めに、あの恐ろしい出来事が起つたのでございます。又さもなければ如何に良秀でも、どうしてかやうに生々と奈落の
私はあの珍しい地獄変の屏風の事を申上げますのを急いだあまりに、或は御話の順序を顛倒致したかも知れません。が、これからは又引き続いて、大殿様から地獄絵を描けと申す仰せを受けた良秀の事に移りませう。
七
良秀はそれから五六箇月の間、まるで御邸へも伺はないで、屏風の絵にばかりかゝつて居りました。あれ程の子煩悩がいざ絵を描くと云ふ段になりますと、娘の顔を見る気もなくなると申すのでございますから、不思議なものではございませんか。先刻申し上げました弟子の話では、何でもあの男は仕事にとりかゝりますと、まるで狐でも
と申しますのは何もあの男が、昼も
良秀の弟子の一人が(これもやはり、前に申した男でございますが)或日絵の具を溶いて居りますと、急に師匠が参りまして、
「己は少し
「さやうでございますか。」と一通りの挨拶を致しました。所が、良秀は、何時になく寂しさうな顔をして、
「就いては、己が午睡をしてゐる間中、枕もとに坐つてゐて貰ひたいのだが。」と、遠慮がましく頼むではございませんか。弟子は何時になく、師匠が夢なぞを気にするのは、不思議だと思ひましたが、それも別に造作のない事でございますから、
「よろしうございます。」と申しますと、師匠はまだ心配さうに、
「では直に奥へ来てくれ。尤も後で外の弟子が来ても、己の睡つてゐる所へは入れないやうに。」と、ためらひながら云ひつけました。奥と申しますのは、あの男が画を描きます部屋で、その日も夜のやうに戸を立て切つた中に、ぼんやりと灯をともしながら、まだ
八
それが始めは唯、声でございましたが、暫くしますと、次第に切れ/″\な
「なに、己に来いと云ふのだな。――どこへ――どこへ来いと? 奈落へ来い。炎熱地獄へ来い。――誰だ。さう云ふ貴様は。――貴様は誰だ――誰だと思つたら」
弟子は思はず絵の具を溶く手をやめて、恐る/\師匠の顔を、覗くやうにして透して見ますと、皺だらけな顔が白くなつた上に
「誰だと思つたら――うん、貴様だな。己も貴様だらうと思つてゐた。なに、迎へに来たと? だから来い。奈落へ来い。奈落には――奈落には己の娘が待つてゐる。」
その時、弟子の眼には、朦朧とした
「待つてゐるから、この車へ乗つて来い――この車へ乗つて、奈落へ来い――」と云ふ語がそれと同時に、
「もう好いから、あちらへ行つてくれ」と、今度は如何にも
しかしこれなぞはまだよい方なので、その後一月ばかりたつてから、今度は又別の弟子が、わざわざ奥へ呼ばれますと、良秀はやはりうす暗い油火の光りの中で、絵筆を噛んで居りましたが、いきなり弟子の方へ向き直つて、
「御苦労だが、又裸になつて貰はうか。」と申すのでございます。これはその時までにも、どうかすると師匠が云ひつけた事でございますから、弟子は早速衣類をぬぎすてて、
「わしは
九
その時の弟子の
が、もし何事も起らなかつたと致しましたら、この苦しみは恐らくまだその上にも、つゞけられた事でございませう。幸(と申しますより、或は不幸にと申した方がよろしいかも知れません。)暫く致しますと、部屋の隅にある壺の蔭から、まるで黒い油のやうなものが、一すぢ細くうねりながら、流れ出して参りました。それが始の中は余程粘り気のあるものゝやうに、ゆつくり動いて居りましたが、だん/\滑らかに、
「蛇が――蛇が。」と
「おのれ故に、あつたら
良秀は忌々しさうにかう呟くと、蛇はその儘部屋の隅の壺の中へ抛りこんで、それからさも
これだけの事を御聞きになつたのでも、良秀の気違ひじみた、薄気味の悪い夢中になり方が、
十
元来良秀と云ふ男は、何でも自分のしてゐる事に
そこで弟子は、机の上のその異様な鳥も、やはり地獄変の屏風を描くのに入用なのに違ひないと、かう独り考へながら、師匠の前へ
「どうだ。よく馴れてゐるではないか。」と、鳥の方へ
「これは何と云ふものでございませう。私はついぞまだ、見た事がございませんが。」
弟子はかう申しながら、この耳のある、猫のやうな鳥を、気味悪さうにじろじろ眺めますと、良秀は
「なに、見た事がない? 都育ちの人間はそれだから困る。これは二三日前に鞍馬の猟師がわしにくれた
かう云ひながらあの男は、
しかし弟子が恐しかつたのは、何も耳木兎に襲はれると云ふ、その事ばかりではございません。いや、それよりも一層身の毛がよだつたのは、師匠の良秀がその騒ぎを冷然と眺めながら、徐に紙を
十一
実際師匠に殺されると云ふ事も、全くないとは申されません。現にその晩わざわざ弟子を呼びよせたのでさへ、実は耳木兎を
やがて弟子の一人が、遠くの方で返事をして、それから灯をかざしながら、急いでやつて参りましたが、その
かう云ふ
その癖、屏風の何が自由にならないのだか、それは誰にもわかりません。又、誰もわからうとしたものもございますまい。前のいろ/\な出来事に懲りてゐる弟子たちは、まるで虎狼と一つ
十二
従つてその間の事に就いては、別に取り立てゝ申し上げる程の御話もございません。もし強ひて申し上げると致しましたら、それはあの強情な
所が一方良秀がこのやうに、まるで正気の人間とは思はれない程夢中になつて、屏風の絵を描いて居ります中に、又一方ではあの娘が、何故かだん/\気鬱になつて、私どもにさへ涙を堪へてゐる容子が、眼に立つて参りました。それが元来
丁度その頃の事でございませう。或夜、
すると御廊下が一曲り曲つて、夜目にもうす白い御池の水が枝ぶりのやさしい松の向うにひろ/″\と見渡せる、丁度そこ迄参つた時の事でございます。どこか近くの部屋の中で人の争つてゐるらしいけはひが、
十三
所が猿は私のやり方がまだるかつたのでございませう。良秀はさもさももどかしさうに、二三度私の足のまはりを駈けまはつたと思ひますと、まるで
それが良秀の娘だつたことは、何もわざ/\申し上げるまでもございますまい。が、その晩のあの女は、まるで人間が違つたやうに、
すると娘は唇を噛みながら、黙つて首をふりました。その容子が如何にも亦、
そこで私は身をかゞめながら、娘の耳へ口をつけるやうにして、今度は「誰です」と小声で尋ねました。が、娘はやはり首を振つたばかりで、何とも返事を致しません。いや、それと同時に長い
それがどの位続いたか、わかりません。が、やがて明け放した遣り戸を閉しながら少しは上気の
見るとそれは私の足もとにあの猿の良秀が、人間のやうに両手をついて、黄金の鈴を鳴しながら、何度となく丁寧に頭を下げてゐるのでございました。
十四
するとその晩の出来事があつてから、半月ばかり後の事でございます。或日良秀は突然御邸へ参りまして、大殿様へ
「兼ね/″\御云ひつけになりました地獄変の屏風でございますが、私も日夜に丹誠を
「それは目出度い。予も満足ぢや。」
しかしかう
「いえ、それが一向目出度くはござりませぬ。」良秀は、稍腹立しさうな容子で、ぢつと眼を伏せながら、「あらましは出来上りましたが、唯一つ、今以て私には描けぬ所がございまする。」
「なに、描けぬ所がある?」
「さやうでございまする。私は総じて、見たものでなければ描けませぬ。よし描けても、得心が参りませぬ。それでは描けぬも同じ事でございませぬか。」
これを御聞きになると、大殿様の御顔には、嘲るやうな御微笑が浮びました。
「では地獄変の屏風を描かうとすれば、地獄を見なければなるまいな。」
「さやうでござりまする。が、私は先年大火事がございました時に、炎熱地獄の
「しかし罪人はどうぢや。獄卒は見た事があるまいな。」大殿様はまるで良秀の申す事が御耳にはいらなかつたやうな御容子で、かう畳みかけて御尋ねになりました。
「私は
それには大殿様も、流石に御驚きになつたでございませう。暫くは唯
「では何が描けぬと申すのぢや。」と打捨るやうに仰有いました。
十五
「私は屏風の唯中に、
「その車の中には、一人のあでやかな上が、猛火の中に黒髪を乱しながら、悶え苦しんでゐるのでございまする。顔は煙に
「さうして――どうぢや。」
大殿様はどう云ふ訳か、妙に悦ばしさうな御気色で、かう良秀を御促しになりました。が、良秀は例の赤い唇を熱でも出た時のやうに震はせながら、夢を見てゐるのかと思ふ調子で、
「それが私には描けませぬ。」と、もう一度繰返しましたが、突然噛みつくやうな勢ひになつて、
「どうか檳榔毛の車を一輛、私の見てゐる前で、火をかけて頂きたうございまする。さうしてもし出来まするならば――」
大殿様は御顔を暗くなすつたと思ふと、突然けたたましく御笑ひになりました。さうしてその御笑ひ声に息をつまらせながら、仰有いますには、
「おゝ、万事その方が申す通りに致して遣はさう。出来る出来ぬの詮議は
私はその御言を伺ひますと、虫の知らせか、何となく凄じい気が致しました。実際又大殿様の御容子も、御口の端には白く泡がたまつて居りますし、御眉のあたりにはびく/\と
「檳榔毛の車にも火をかけよう。又その中にはあでやかな女を一人、上の
大殿様の御言葉を聞きますと、良秀は急に色を失つて
「難有い仕合でございまする。」と、聞えるか聞えないかわからない程低い声で、丁寧に御礼を申し上げました。これは大方自分の考へてゐた目ろみの恐ろしさが、大殿様の御言葉につれてあり/\と目の前へ浮んで来たからでございませうか。私は一生の中に唯一度、この時だけは良秀が、気の毒な人間に思はれました。
十六
それから二三日した夜の事でございます。大殿様は御約束通り、良秀を御召しになつて、檳榔毛の車の焼ける所を、目近く見せて御やりになりました。尤もこれは堀河の御邸であつた事ではございません。俗に
この雪解の御所と申しますのは、久しくどなたも御住ひにはならなかつた所で、広い御庭も荒れ放題荒れ果てて居りましたが、大方この人気のない御容子を拝見した者の当推量でございませう。こゝで
丁度その夜はやはり月のない、まつ暗な晩でございましたが、
その上に又、御庭に引き据ゑた檳榔毛の車が、高い
当の良秀は
十七
時刻は彼是真夜中にも近かつたでございませう。林泉をつゝんだ暗がひつそりと声を呑んで、一同のする息を窺つてゐると思ふ中には、唯かすかな夜風の渡る音がして、松明の煙がその度に煤臭い匂を送つて参ります。大殿様は暫く黙つて、この不思議な景色をぢつと眺めていらつしやいましたが、やがて膝を御進めになりますと、
「良秀、」と、鋭く御呼びかけになりました。
良秀は何やら御返事を致したやうでございますが、私の耳には唯、唸るやうな声しか聞えて参りません。
「良秀。今宵はその方の望み通り、車に火をかけて見せて遣はさう。」
大殿様はかう仰有つて、御側の者たちの方を
「よう見い。それは予が日頃乗る車ぢや。その方も覚えがあらう。――予はその車にこれから火をかけて、目のあたりに炎熱地獄を現ぜさせる
大殿様は又言を御止めになつて、御側の者たちに
大殿様は三度口を
「末代までもない観物ぢや。予もここで見物しよう。それ/\、
その時でございます。私と向ひあつてゐた侍は
十八
火は見る/\中に、
良秀のその時の顔つきは、今でも私は忘れません。思はず知らず車の方へ駆け寄らうとしたあの男は、火が燃え上ると同時に、足を止めて、やはり手をさし伸した儘、食ひ入るばかりの眼つきをして、車をつゝむ焔煙を吸ひつけられたやうに眺めて居りましたが、満身に浴びた火の光で、皺だらけな醜い顔は、髭の先までもよく見えます。が、その大きく見開いた眼の中と云ひ、引き歪めた唇のあたりと云ひ、或は又絶えず引き
が、大殿様は
するとその夜風が又一渡り、御庭の木々の梢にさつと通ふ――と誰でも、思ひましたらう。さう云ふ音が暗い空を、どことも知らず走つたと思ふと、忽ち何か黒いものが、地にもつかず宙にも飛ばず、
十九
が、猿の姿が見えたのは、ほんの一瞬間でございました。
その火の柱を前にして、凝り固まつたやうに立つてゐる良秀は、――何と云ふ不思議な事でございませう。あのさつきまで地獄の
しかも不思議なのは、何もあの男が一人娘の断末魔を嬉しさうに眺めてゐた、そればかりではございません。その時の良秀には、何故か人間とは思はれない、夢に見る獅子王の怒りに似た、怪しげな
鳥でさへさうでございます。まして私たちは仕丁までも、皆息をひそめながら、身の内も震へるばかり、異様な随喜の心に充ち満ちて、まるで開眼の仏でも見るやうに、眼も離さず、良秀を見つめました。空一面に鳴り渡る車の火と、それに魂を奪はれて、立ちすくんでゐる良秀と――何と云ふ荘厳、何と云ふ歓喜でございませう。が、その中でたつた、御縁の上の大殿様だけは、まるで別人かと思はれる程、御顔の色も青ざめて、口元に泡を御ためになりながら、紫の
二十
その夜雪解の御所で、大殿様が車を御焼きになつた事は、誰の口からともなく世上へ洩れましたが、それに就いては随分いろ/\な批判を致すものも居つたやうでございます。
それからあの良秀が、目前で娘を焼き殺されながら、それでも屏風の画を描きたいと云ふその木石のやうな心もちが、やはり何かとあげつらはれたやうでございます。中にはあの男を
所がその後一月ばかり
それ以来あの男を悪く云ふものは、少くとも御邸の中だけでは、殆ど一人もゐなくなりました。誰でもあの屏風を見るものは、如何に日頃良秀を憎く思つてゐるにせよ、不思議に
しかしさうなつた時分には、良秀はもうこの世に無い人の数にはいつて居りました。それも屏風の出来上つた次の夜に、自分の部屋の
(大正七年四月)
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