ある秋の
「いや、見たことはありません。あなたはご覧になったのですか?」
大癡老人
「さあ、それが見たと言って
「見たと言って好いか、見ないと言って好いか、――」
南田は
「
「いや、模本を見たのでもないのです。とにかく
王石谷はまた茶を啜った
「ご退屈でなければ話しましょうか?」
「どうぞ」
南田は
* * *
「いや、見るどころか、名を聞いたこともないくらいです」
煙客翁はそう答えながら、妙に
「では機会のあり次第、ぜひ一度は見ておおきなさい。
「そんな傑作ですか? それはぜひ見たいものですが、いったい誰が持っているのです?」
「
ところが潤州へ来て
すると間もなく煙客翁は、
主人はすぐに
「これがお望みの秋山図です」
画は
煙客翁はまるで放心したように、いつまでもこの画を見入っていました。が、画は見ていれば見ているほど、ますます神妙を加えて行きます。
「いかがです? お気に入りましたか?」
主人は微笑を含みながら、
「
煙客翁はこういう
「そうですか? ほんとうにそんな傑作ですか?」
翁は思わず主人のほうへ、驚いた眼を転じました。
「なぜまたそれがご不審なのです?」
「いや、別に不審という訳ではないのですが、実は、――」
主人はほとんど
「実はあの画を眺めるたびに、
しかしその時の煙客翁は、こういう主人の弁解にも、格別心は止めなかったそうです。それは何も秋山図に、
翁はそれからしばらくの
が、どうしても忘れられないのは、あの眼も覚めるような
そこで
それからまた一年ばかりの
ところがその
「前にお話するのを忘れたが、この二つは秋山図同様、
煙客翁はすぐに張氏の家へ、急の使を立てました。使は元宰先生の
* * *
「これまでは
「では煙客先生だけは、たしかに秋山図を見られたのですか?」
「先生は見たと言われるのです。が、たしかに見られたのかどうか、それは誰にもわかりません」
「しかしお話の
「まあ先をお
王石谷は今度は茶も
* * *
煙客翁が
「あの黄一峯は
それから
「ではちょうど
私ももちろん望むところですから、早速翁を
その内にふと耳にはいったのは、
今でもはっきり覚えていますが、それは王氏の庭の
「もう秋山図はこちらの物です。煙客先生もあの図では、ずいぶん苦労をされたものですが、今度こそはご安心なさるでしょう。そう思うだけでも愉快です」
王氏も得意満面でした。
「
王氏は早速かたわらの壁に、あの秋山図を
この
「どうです?」
私は
「神品です。なるほどこれでは
王氏はやや顔色を直しました。が、それでもまだ
そこへちょうど来合せたのは、私に秋山の神趣を説いた、あの煙客先生です。翁は王氏に
「五十年
煙客翁はこう言いながら、壁上の
しばらく沈黙が続いた
「どうです? 今も
私は正直な煙客翁が、
「これがお手にはいったのは、あなたのご運が
しかし王氏はこの言葉を聞いても、やはり顔の
その時もし
「これがお話の秋山図ですか?」
先生は
「
王氏はいっそう気づかわしそうに、こう説明を加えました。
「どうでしょう? あなたのご
先生は
「ご遠慮のないところを
王氏は無理に微笑しながら、再び先生を促しました。
「これですか? これは――」
廉州先生はまた口を
「これは?」
「これは
今まで黙っていた廉州先生は、王氏のほうを
私はその
「先生、これがあの秋山図ですか?」
私が小声にこう言うと、煙客翁は頭を振りながら、妙な
「まるで万事が夢のようです。ことによるとあの
* * *
「秋山図の話はこれだけです」
「なるほど、不思議な話です」
「その
「しかし
「山石の青緑だの紅葉の
「では秋山図がないにしても、
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