朝からどんより曇っていたが、
座敷は離れの十五畳で、このうちでは一番、広い間らしい。
その前へ
隠居は
それでも妙なもので、二段三段ときいてゆくうちに、「黒髪のみだれていまのものおもい」だの、「
「浅間の上」がきれて「花子」のかけあいがすむと、房さんは「どうぞ、ごゆるり。」と挨拶をして、座をはずした。丁度、その時、御会席で御膳が出たので、暫くはいろいろな話で賑やかだったが、中洲の大将は、房さんの年をとったのに、よくよく驚いたと見えて、
「ああも変るものかね、辻番の
「いつか、あなたがおっしゃったのはあの方?」と六金さんがきくと、
「師匠も知ってるから、きいてごらんなさい。芸事にゃあ、器用なたちでね。歌沢もやれば一中もやる。そうかと思うと、
「
房さんの噂はそれからそれへと暫くの間つづいたが、やがて柳橋の老妓の「道成寺」がはじまると共に、座敷はまたもとのように静かになった。これがすむと直ぐ、小川の旦那の「景清」になるので、旦那はちょっと席をはずして、はばかりに立った。実はその
「小川さん、ないしょで一杯やろうじゃあ、ありませんか。あなたの次は私の「鉢の木」だからね。しらふじゃあ、第一腹がすわりませんや。」
「私も生玉子か、
そこで一緒に
「猫の水のむ音でなし。」と小川の旦那が
「何をすねてるんだってことよ。そう泣いてばかりいちゃあ、仕様ねえわさ。なに、お前さんは紀の国屋の奴さんとわけがある……冗談云っちゃいけねえ。奴のようなばばあをどうするものかな。さましておいて、たんとおあがんなはいだと。さあそうきくから悪いわな。自体、お前と云うものがあるのに、
「
「年をとったって、隅へはおけませんや。」小川の旦那もこう云いながら、細目にあいている障子の内を、及び腰にそっと覗きこんだ。二人とも、空想には
部屋の中には、電燈が影も落さないばかりに、ぼんやりともっている。三尺の
女の姿はどこにもない。紺と白茶と格子になった炬燵蒲団の上には、
「その時にお前が来てよ。ああまで語った
中洲の大将と小川の旦那とは黙って、顔を見合せた。そして、長い廊下をしのび足で、また座敷へ引きかえした。
雪はやむけしきもない。……
(大正三年四月十四日)
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