今年
「今ね、良ちゃん。今ね、
金三は二本芽を表わすために、上を向いた鼻の先へ両手の人さし指を
「二本芽のね?」
良平は思わず目を見張った。一つの根から芽の二本出た、その二本芽の百合と云うやつは容易に見つからない物だったのである。
「ああ、うんと太い二本芽のね、ちんぼ芽のね、赤芽のね、……」
金三は解けかかった帯の端に顔の汗を拭きながら、ほとんど夢中にしゃべり続けた。それに釣りこまれた良平もいつか
「御飯を食べてしまえよ。二本芽でも赤芽でも
母はだだ
「ね、おい、良ちゃん。
金三は
「良平! これ! 御飯を食べかけて、――」
母は驚いた声を出した。が、もう良平はその時には、先に立って裏庭を
「なあんだね、畑の
「ううん、畑の中にあるんだよ。この向うの麦畑の……」
金三はこう云いかけたなり、桑畑の
桑畑を向うに抜けた所はやっと
「何だい、どこにあるか知ってもしない癖に!」
「こう、ここだよ。」
良平もそう云われた時にはすっかり
「どうね? どうね?」
彼はその畦を
「ね、太かろう。」
金三はさも得意そうに良平の顔へ目をやった。が、良平は
「ね、太かろう。」
金三はもう一度繰返してから、右の方の芽にさわろうとした。すると良平は目のさめたように、
「あっ、さわんなさんなよう、折れるから。」
「
金三はまた怒り出した。良平も今度は引きこまなかった。
「お前さんのでもないじゃあ。」
「わしのでないって、さわっても
「よしなさいってば。折れちまうよう。」
「折れるもんじゃよう。わしはさっきさんざさわったよう。」
「さっきさんざさわった」となれば、良平も黙るよりほかはなかった。金三はそこへしゃがんだまま、前よりも
「じゃわしもさわろうか?」
やっと安心した良平は金三の
「おおなあ!」
良平は独り
「こんなに
彼はもうそう云った時には、
「よしなさいよう。よしなさいってば。――」
それから良平は小声になった。
「見つかると、お前さん、
畑の中に生えている百合は野原や山にあるやつと違う。この畑の持ち
晴れた空のどこかには
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「太いねえ!――」
良平はその朝もいまさらのように、百合の芽の
「これじゃ五年経っただね。」
「五年ねえ?――」
金三はちょいと良平の顔へ、
「五年ねえ? 十年くらいずらじゃ。」
「十年! 十年ってわしより
「そうさ。お前さんより年上ずらじゃ。」
「じゃ花が
五年の
「咲くさあ、
金三は
「早く咲くと
「咲くもんじゃあ。夏でなけりゃ。」
金三はまた
「夏ねえ? 夏なもんか。雨の降る
「雨の降る時分は夏だよう。」
「夏は白い着物を着る時だよう。――」
良平も容易に負けなかった。
「雨の降る時分は夏なもんか。」
「
「
良平はそう云うか云わない内に、ぴしゃり左の
「
顔色を変えた金三は力一ぱい彼を突き飛ばした。良平は
「
金三は
すると桑の間から、突然誰かが顔を出した。
「はえ、まあ、お前さんたちは喧嘩かよう。」
二人はやっと
「
金三はわざと元気そうに云った。が、良平は
「嘘つき! 喧嘩だ癖に!」
「手前こそ嘘つきじゃあ。」
金三は良平の、
「お前さんはいつも乱暴だよう。この間うちの惣吉の
良平は金三の叱られるのを見ると、「ざまを見ろ」と云いたかった。しかしそう云ってやるより前に、なぜか涙がこみ上げて来た。そのとたんにまた金三は惣吉の母の手を振り離しながら、片足ずつ躍るように桑の中を向うへ逃げて行った。
「
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その翌日は夜明け前から、春には珍らしい
「
良平はまたそうも思った。すると
(大正十一年九月)
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