わたしは
あなたは
しかし今夜は残念ながら、一々そう云う行状を話している暇はありません。ただどうか
もう二年あまり以前の話ですが、ちょうどある
町は勿論とうの昔に人通りを絶っていましたが、星ばかりきらめいた空中には、
世間の
わたしは一ときとたたない内に、北条屋の
「いくら不自由がないようでも、やはり苦労だけはあると見える。」――わたしはそう思いながら、自然と微笑を
弥三右衛門はしばらくの
「もうこの
その時また烈しい風が、どっと茶室を
「おん
弥三右衛門は眼を閉じたまま、御祈りの言葉を
その二十年以前の記憶と云うのは、――いや、それは話すには及びますまい。ただ手短に事実だけ云えば、わたしは
弥三右衛門は長い御祈りを終ると、静かに老女へこう云いました。
「跡はただ何事も、
しかし老女は今更のように、こみ上げる涙を
「はい。――それでもまだ
「さあ、それが
「いえ、そんな事ではございません。せめては
わたしはこの話を聞いている内に、もう一度微笑が浮んで来ました。が、今度は
「何、ああ云う人でなしは、居らぬだけにまだしも仕合せなぐらいじゃ。……」
弥三右衛門は
「あいつが使いおった金でもあれば、今度も急場だけは
弥三右衛門はこう云ったなり、驚いたようにわたしを眺めました。これは驚いたのも無理はありません。わたしはその時声もかけずに、
「誰だ、おぬしは?」
弥三右衛門は年はとっていても、
「いや、御驚きになるには及びません。わたしは阿媽港甚内と云うものです。――まあ、御静かになすって下さい。阿媽港甚内は
わたしは
その
何、わたしの逃げ
北条屋弥三右衛門の話
ちょうど今から二年ばかり以前の、冬の事でございます。ずっとしけばかり続いたために、持ち船の
なるほどそう云われて見れば、かれこれ二十年にもなりましょうか、まだわたしが
すると甚内の申しますには、あの男の力に及ぶ事なら、二十年以前の恩返しに、北条屋の危急を救ってやりたい、
甚内はその
所が
「わたしです。
わたしは
「いや、とんだ
甚内は
「何、わたしが
わたしはまださっきの通り、捕り手の心配がございましたから、役人ではないかと
「御安心なさい、六千貫の
わたしは夢でも見ているように、そう云う言葉を聞いていました。盗人に金を
その
戻り橋のほとりへ参りますと、もうその首を曝した前には、
弥三郎! わたしはただ幻のように、
「お
その微笑は無言の内に、こう申していたのでございます。
「お父さん。不孝の罪は勘忍して下さい。わたしは二年以前の雪の
「お父さん。それから先はどうなったか、あなたの知っている通りです。わたしは余り不意だったため、お父さんの姿を見るが早いか、相手の
「お父さん。
わたしは宅へ帰る途中も、同時に泣いたり笑ったりしながら、
「ぽうろ」弥三郎の話
ああ、おん母「まりや」様! わたしは
わたしは
忘れもしない二年
しかし
それから
わたしは
「どうか失礼は御免下さい。わたしは
わたしは顔を
「実は少し御願いがあって、あなたの跡を
甚内はただ
「
しかし甚内は黙っています。わたしは胸を躍らせながら、いよいよ熱心に説き立てました。
「どうかわたしを使って下さい。わたしは必ず働きます。京、
わたしはこう云いかけた時、いきなり雪の中へ
「
「どうかわたしを使って下さい。わたしはどんな場合にも、きっとあなたを離れません。あなたのためには水火にも入ります。あの『えそぽ』の話の
「黙れ。甚内は貴様なぞの恩は受けぬ。」
甚内はわたしを振り放すと、もう一度そこへ蹴倒しました。
「
わたしは二度目に蹴倒された時、急に
「よし! きっと恩になるな!」
しかし甚内は見返りもせず、さっさと
ああ、おん母「まりや様!」わたしはこの二年間、甚内の恩を返したさに、どのくらい苦しんだか知れません。恩を返したさに?――いや、恩と云うよりも、むしろ
どうか
甚内の身代りに首を打たれる――何とすばらしい事ではありませんか? そうすれば勿論わたしと一しょに、甚内の罪も
わたしはこの策を思いついた後、
「甚内は貴様なぞの恩にはならぬ。」――あの男はこう云いました。しかしわたしは
(大正十一年三月)
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