三
この室の位置構造、またその茶道方の挙動《きよどう》で、官兵衛はすぐこれはと直感的に不審を抱いたので、
「待て。待てっお茶道」
と呼びとめた。
背から呼ばれるや否や、お茶道は転がるように逃げ去った。官兵衛はつづいて、猛然《もうぜん》と、廊の外へ出ようとしたが、もういけなかった。荒木村重の家臣が素槍《すやり》をそろえて来たのである。
鷹《たか》の如く、ほかの部屋へ跳びこんだ。そこにも手具脛《てぐすね》ひいて伏せていた者がある。躍り立つがはやいか、むずと官兵衛へ組みついてくる。
死力でふりほどいた。梁《はり》の揺れるような屋鳴《やな》りがした。彼を投げつけたが、官兵衛も共に勢いよく仆《たお》れたのである。すかさず、四、五人の武士が体当りに乗《の》しかかって来た。官兵衛の二本の脚は、少なくも四回か五回それらの敵を蹴とばしていた。しかし益なきことを彼はすぐ覚《さと》っていた。たちまちその部屋は壁もふすまも見えないほど、荒木家の家士と刃で埋められていたからである。
「どうするのだ、それがしを」
官兵衛は坐り直した。もちろんその両腕はすでに荒縄《あらなわ》で後ろ手に縛《しば》られている。畳で摺《す》った頬骨の擦り傷から血がふいていた。
「お起ちなさい。われらは存ぜぬ事、ただ主命に依ってお連れする」
「そうか。摂津守のいいつけか」
これだけをいい放つと、彼はもう何もいわず唯々《いい》として、曳いて行くところへ曳かれていった。
ここは城楼《じようろう》の上ではなかったが、導いて行く道は、暗い階段を二度も降りて行くのであった。官兵衛はすでに、自分の血を自分で嗅《か》ぐような予感と、そそけ立つ髪の根の寒さを如何ともし難かった。一歩一歩、階を降りつつ、彼は自嘲《じちよう》を抱いていた。——人間、日頃はいつでもと死を覚悟しているつもりでも、さてその場にのぞんでは、この生理的な恐怖の襲いには、どうにも剋《か》てないものであると。
「おいっ、誰か。灯《あか》りを持って先に立たんか」
武士たちはかたまり合って佇《たたず》んだ。
沼の底へ降りて来たような暗さと冷たさである。太い柱と柱しか見えない洞然《どうぜん》たる地下室をながめ廻して、官兵衛は、
「さて、ここか、俺の死所《しにどころ》は」
と、ようやく心の平かなるものを同時に見出したここちがした。