一
腕白《わんぱく》は家中にも多い。けれど父母がありながら父母の膝下《しつか》を遠く離れて、他国の質子となっている子は、その仲間では松千代ひとりであった。
「……あ。小父様」
大勢の子とともに、遊戯に夢中になっていた松千代は、そのうちにふと、本丸の縁に立っている半兵衛重治のすがたを見つけ、見るやいな友達を捨てて此方《こつち》へ駆け出して来た。
「——小父様。お帰りあそばせ」
「おう、於松《おまつ》。元気だな」
「長いこと、小父様がちっともお見えにならないので、とても淋しかった。小父様。いつ帰っておいでたの?」
「たった今」
「たった今? そう。ちっとも知らなかった」
庭の松千代は縁先にある人の袴の裾へ、背伸びして取り縋《すが》った。袴のすそで自分の顔を包んだりして戯《たわむ》れた。
(——人馴つこいものよ。やはり父母を離れて、遠い他人の手に養われているせいか)
そう見るにつけ、半兵衛の胸は、可憐《いじら》しと思う気持でいっぱいになった。
「さ、上がれ。都のみやげを遣《つか》わそう」
南禅寺から貰って来た菓子《かし》など与え、しばしこの少年と戯れた。
長浜から預かり取って、この山城に養うこともはや二年、松千代はもう十二になっている。黒田家から傅人《もりびと》として井口兵助、大野九郎左衛門などを付けてよこしてあるが、竹中家としてもほとんど主人半兵衛の嫡子《ちやくし》同様に待遇《たいぐう》していた。講書《こうしよ》、弓馬の師匠《ししよう》もつけて、珠の如く守り育てていたのである。
帰国の翌日。半兵衛はひとり菩提山のふもとを歩いた。祖先の展墓《てんぼ》のためだった。
するとその帰途を待っていたもののように、二名の侍が道ばたに跼《うずくま》っていた。見ると、黒田家から来ている松千代の傅役《もりやく》井口兵助と大野九郎左衛門であった。
「かような路傍《ろぼう》において、甚だしい不《ぶ》しつけにはございまするが」
「折入っておねがいの儀がござりまして」
ふたりは枯れ草の中へ面を埋めんばかりにいった。内容に就いては何もいわないうちに、すでに声涙《せいるい》ひとつの感情が半兵衛には聞きとれた。