三
「わしじゃよ。伊丹兵庫頭《いたみひようごのかみ》の家来《けらい》、加藤八弥太じゃよ」
「おお。旦那様でしたか、これはどうも」
「だいぶ遅い帰りではないか。どこの帰りか」
 新七は、ぐっと詰ったが、世事馴れている男なので、巧《たく》みに反《そ》らした。
「遅い——といえば、ついどうも、仰せつけの鎧小貫《よろいこざね》の修繕《しゆうぜん》、だんだん延び延びになりまして。何せい、このところ職人どもも手不足でございまして」
「これこれ、新七何をいっているのだ。誰もかような所で破れ鎧《よろい》の催促《さいそく》はしておらん」
 加藤八弥太は、髭《ひげ》で埋まっている熊のような顔を近づけて、大きな口を開いて笑った。と思うと右手の槍を左に持ち代えて、
「こら」
 と、もう一度呼び直しながら、新七の肩をずしんと叩いた。
「どうじゃ、もう一ぺん昆陽寺《こやでら》へもどらんか。……隠すな、わしは知っておる。それにこよいこの附近の警備の番には、それがしが当っておるので、案じることもない。見廻りしておる組頭がこういうのじゃからな。ははは」
「……旦那」
「何じゃ」
「昆陽寺へ戻《もど》れと仰っしゃる理由は?」
「わからんか。鈍なやつじゃ。じっくりと、お前方の望んでいる相談を聞いてやろうというんじゃ」
「えっ。……では」
 新七はぶるぶる顫《ふる》えた。そして、まだ肩に載《の》っている八弥太の具足の手が岩でもあるように重い気がした。
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