四
建物の土台と池水との境に、わずかに幅一尺か二尺の自然に溜《たま》った泥土がある。そこも蘆《あし》や雑草が生い茂り、壁の直下に沿うて一すじの渚《なぎさ》をなしていた。ひたと、建物に貼《は》りついた姿勢のまま、彼女は横歩みに、その渚を横へ横へ、少しずつ進んだ。
池の中ほど近くまで行くと、折々、やや土溜りの広い所もある。そうした所に立つと、ほっと、息をついて、あたりを見まわした。
窓は、近かった。けれどこの外からでは仰ぐほど高い。そしてそこまで、藤棚の藤づるは這いこんでいた。
(藤の蔓ならば忍び入れるものを)——
と、彼女は小娘の夢のようなことを真剣《しんけん》に考えた。そしてなお、できるだけ窓の下へ近づいて両の手で口をかこみ、忍びやかに、しかし懸命《けんめい》をこめて、
「官兵衛さま。官兵衛さま」
と、呼びかけた。
藤棚のうえを、ざわざわ風が渡ってくる。もしその風がこの声を伝えもせば——と、彼女は飽かず、間を措《お》いては、呼んでいた。
「……官兵衛さま。もしっ。もしっ」