一
——仰ぐ窓辺の、藤の枝が揺れている。いや答えてくれる。
お菊は、牢獄のうちの人へ、自分の訪れが、正しく受け取られたものとして、一そう体じゅうの血を熱くした。
「官兵衛さま、官兵衛さま。かならず近いうちに姫路のご家臣衆が、お救いを計《はか》るでございましょう。それまでは、どんな事がありましょうとも、望みなき身と、おみずからを逸《はや》まっておあきらめ遊ばしませぬように」
彼女はそんな意味のことを、絶え絶えに口走っては、藤蔓の揺れるのを見上げていた。
獄内の官兵衛の耳に、それが明らかに届いているやどうかは疑われながらも、なお叫ばずにはいられなかった。
すると彼女のすぐ後ろで、いやほとんど足下で、蛙でも跳んだように、池の水が小さい水音をたてた。
「……?」
彼女は両手で一面の身はそこに貼《は》りつけたまま、顔だけでわが肩越しに振り向いた。池の面は何事もない。ただ夜風のさざなみを湛《たた》えた中に小さい波紋をのこしていただけだった。
「……官兵衛さま、お目にかかれば、もっともっと、お伝えしたい事がございます。お伝えしたい事ばかりでございますが」
どぼんと、今度は前より大きな水音がした。方向は少し違っていたが、彼女の横顔にまで水がかかった。
お菊はその眼を何気なく池の向う岸へ向けた。そのとたんに血のいろを失った真白な顔とその肩をわなわなと顫《ふる》わせて、急に、そこから逃げ去ろうとするもののように、眼は足もとを見まわした。