一
前もって彼の帰国を知っていた——彼の妻、彼の子ら、彼の家臣たちは、みな姫山の門に並んで、彼を待っていた。
官兵衛の列が上って来た。その顔の見えるころから、子らは笑みかけ、妻は涙に迎え、家中の者の顔は感激に燃えた。
「帰ったぞ。みな迎えてくれたか——」
馬を止めると、官兵衛は馬上からそのまま、一同の上へ、いつに変らぬ快活な声を投げて、さて、ぎごちなく、片足で轡《くつわ》を踏まえながら、ひらりと地に降りた。
「や。あの片方の御足《みあし》は?」
家臣たちは目をみはった。留守の者の大半はまだ彼がこんな不具になったとは知らずにいたのだった。
やがて還って来るものは、遺髪《いはつ》と爪だけかとまで、一ころは深く思いあきらめていた彼の妻には、大きく左の肩を落して、跛行《びつこ》をひきひき歩く良人の姿も、よくぞご無事で——としか見えなかった。
「松千代。お側へ行って、お父上の杖のかわりに、お手を取っておあげなさい」
妻は、自分が寄って行きたさを、子に託して、促した。
松千代は、駆け寄った。
「父上様。お手を」
すると官兵衛は、からから打ち笑って、その子や妻や、あたりの者たちを見廻して、
「よい、よい。それほどではないよ。まだこれでも、この先何十年も、千軍万馬のなかを駆けるつもりでおるのに、今から子に手をひかれるようではどうもなるまい。——こうしてヨチヨチ歩くと、恰好が悪かろうが、傍で見るほどのことはないのじゃ。大きく片方の肩を落して歩くほうが歩きよいので見得《みえ》を捨ててるのだから心配すな」
それからうしろの供人の群れを振り向いて、
「又坊はどうした。又坊、おらぬか」
と、さしまねいた。
「はいっ」——又坊は人々に促され、こう答えると、素ばしこく寄って来た。
官兵衛はその頭《つむり》へ片手を載せ松千代の頭へも片手を載せ、わが妻にむかっていった。
「この童《わつぱ》は、三木の陣中で拾った敵将の子じゃ。敵将とて卑怯者の子ではない。よい血を享《う》けているものだ。末々、よいさむらいになるだろう。松千代の友だちにはちと頑是《がんぜ》なさ過ぎるが、よう育ててやれよ」
そしてまた、館の内へ入るとすぐ、
「お父上は?」と、老父の状を問い、先ごろからご微恙《びよう》できのうまで打臥《うちふ》しておられたが、きょうは床を払って朝からお待ちになっていると聞くと、
「そうか、そうか」
と、旅装も解かず、官兵衛もまた急にせかせかして、老父宗円のいる本丸のほうへ歩いて行った。