「将門とおれとは、叡山の約がある。——いまや、その誓いを、ほんとに見る日が来たのだ。彼に会ったら、そういってくれ。……おたがいに、都へ攻めのぼって、志をとげたあかつきには、あの思い出の叡山の上で、手を握ろうと。……純友がそう申したと、忘れずにつたえてくれ」
純友は、将門が帝系の御子たるところに、魅力を寄せている。つまり利用価値なのだ。けれど彼は賢明な打算家ではなく、いわば一種の狂児である。飲むと、その狂児の眸は、虹を発し、いつも、詩を歌うような語調になる。
じつをいうと、不死人の心のうちに、まだ不安があった。
その“叡山の約”なるものを、将門の方では、てんから問題にしていないのだ。いつかも、口に出してみたことがあったが、ほとんど、忘れたような顔つきだったし、まったく一時の酒興の言葉としかしていない。
——だが、そんな空漠な言葉の上よりも、運命は将門をして、思うつぼに、また思う方角へ、彼をとらえている。不死人はそこが恃《たの》みだった。
まさか、純友へは、彼が叡山の約などは、一笑に附しているとも、いえないので、
「そいつは、劇的だ。そういう事になれば、すばらしいもんです。将門に会ったら、そういっておきましょう」
と、答えた。
「うム。叡山の約は、おれの恋なんだ。それを実現して、劇的な再会をとげたい。——そうだ。彼も今では、むかしの滝口の小次郎とはちがう。こんど、おぬしが下るついでに、純友からの貢物《みつぎもの》だといって、ここの妓を四、五人連れて行ってくれ」
「あ。……あの草笛《くさぶえ》ですか」
「草笛もだが——もっと若いきれいなのも三人ほど加えて行った方がいい。ケチなと思われては、おれの沽券《こけん》にかかわるからな」
草笛は、ここの妓である。
もう三十にちかいが、水々しさが失せていないし、素朴といってよいほど、都ずれがしていない。
流連《いつづけ》の酒のあいだに、この仲間が、ふと、将門のむかし話をしているのを聞き、
(あの人なら、わたし、よく知っています。東国にいるのなら、会いに行きたい。ええ、どんな遠国でも、行きますとも)
と、その小次郎が、まだ小一条の右大臣家に、舎人としていた頃、自分の許へ通っていた“好ましい初心《う ぶ》なお客”であったことを、酔いにまぎらして、さんざんのろけちらしたのであった。
不死人も、当時の悪友のひとり。いわれてみれば、なるほど、そんな事もあった——と思い出されはする。
純友は、この里に、小次郎の古馴染みを見つけた事を、興深くおもって、ひとつ彼を驚かしてやろうと、草笛の身代《みのしろ》を、楼の主にわたして、不死人と共に、東国へ連れて行ってやることになっていたのである。
だが、それだけでは、興がない。草笛は、いくらむかしの彼の恋人でも、三十といっては年をとりすぎている。——どうせの事、もう三人も、若いのを、連れてゆけ。むかしは知らず、今は南海の純友が、東国の平将門へ貢《みつぎ》するのに、(何だ……)と思われては、おれの面目にもかかわる、となったのだ。
女人の貢とか、女人の贈りものとか、女を物質視する風習は、その頃の人身売買を常識としていた世間では、ふつうの事としていたのである。純友は、莫大な物代を払って、江口の妓三名と草笛の身を、不死人に托し、そして将門へ一書をしたためて、持たせてやった。
それから幾日かの後。
不死人は、妓たちを、駒に乗せ、自分も馬の背にまたがり、陸奥《みちのく》の商人《あきゆうど》が国へ帰るものと称《とな》えて——手下の禿鷹、蜘蛛太、穴彦などに馬の口輪を持たせ、都から東海道を下って行った。