二
木隠龍太郎《こがくれりゆうたろう》のために、河原《かわら》へ投げつけられた燕作《えんさく》は、気をうしなってたおれていたが、ふとだれかに介抱《かいほう》されて正気《しようき》づくと、鳥刺《とりさ》し姿《すがた》の男が、
「どうだ、気がついたか」
とそばの岩に腰かけている。見れば、つい四、五日前に安土城《あづちじよう》で、じぶんの手から密書《みつしよ》をわたした福島正則《ふくしままさのり》の家来|可児才蔵《かにさいぞう》である。
燕作はあっけにとられて、
「あ、いつのまにこんなところへ」と、思わず目をみはった。
「しッ、大きな声をいたすな、じつは、秀吉公《ひでよしこう》の密命《みつめい》をうけて、武田伊那丸《たけだいなまる》との戦《いくさ》のもようを見にまいったのだ、ところで、さっそく丹羽昌仙《にわしようせん》に会いたいが、そのほう、これより人穴城《ひとあなじよう》のなかへあんないいたせ」
「とてもむずかしゅうございます。敵は小人数《こにんず》ながら、小幡民部《こばたみんぶ》という軍配《ぐんばい》のきくやつがいて、蟻《あり》ものがさぬほど厳重《げんじゆう》に見張っているところですから」
「どこの城にも、秘密の間道《かんどう》はかならず一ヵ所はあるべきはず、そちは、それを知らぬのであろう」
「さあ、間道《かんどう》といえば、ことによると蚕婆《かいこばばあ》が、知っているかもしれません。あいつは呂宋兵衛《るそんべえ》さまの手先になって、それとなくそとのようすを城内へ通じている、裾野《すその》の目付婆《めつけばばあ》、とにかくそこへいってききただして見ることにいたしましょう」
と燕作《えんさく》は、可児才蔵《かにさいぞう》のあんないにたって、人無村《ひとなしむら》の蚕婆の家までもどってきた。
「お婆《ばあ》さん、開《あ》けてくれないか、燕作《えんさく》だよ。燕作が帰ってきたんだから、ちょっと開《あ》けておくれ」
もう日が暮れている。
とざした門をホトホトとたたくと、なかから婆さんがガラリとあけて、灯影《ほかげ》に立った可児才蔵のすがたをいぶかしそうに睨《にら》めすました。
「だれだい燕作さん、この人は村ではいっこう見たことがないかたじゃないか」
「このおかたは、姿こそ、変えておいでなさるが、福島正則《ふくしままさのり》さまのご家臣で可児才蔵《かにさいぞう》というお人、昌仙《しようせん》さまの密書で、わざわざ安土城《あづちじよう》からおいでくだすったのだ」
と説明すると、蚕婆《かいこばばあ》はにわかに態度を変えて、下へもおかぬもてなしよう。茶を煮《に》たり酒をだしたりしてすすめた。