一
雨のような落葉《おちば》が、よこざまに、ばらばらと降《ふ》る。
くろい葉、きいろい葉、まっかな葉、入りまじってさんらんと果てしなくとぶ。
さしもひろい湖《みずうみ》の水も、ながい道も、このあたりは見るかぎり落葉《おちば》の色にかくされて、足のふみ場もわからないほどである。
と——どこかで、
「ぐう、ぐう、ぐう……」
不敵《ふてき》ないびきの声がする。
つかれた旅人でも寝ているのであろう、白旗《しらはた》の宮《みや》の、蜘蛛《くも》の巣《す》だらけな狐格子《きつねごうし》のなかから、そのいびきはもれているのだ。
旅人なら、夕陽《ゆうひ》の光がまだ、雲間《くもま》にあるいまのうちに早くどこか、人里《ひとざと》までたどり着《つ》いておしまいなさい——と願わずにいられない。
この地方は、冬にならぬころから、口のひっ裂《さ》けた、れいの狼《おおかみ》というのが、よく出現して、たびの人を、骨《ほね》だけにしてしまう。
するとあんのじょう、森のかげから、ガサガサという異様な音がちかづいてきた。みると、それは幸《さいわ》いにして狼ではなかったが、針金頭巾《はりがねずきん》や小具足《こぐそく》で、甲虫《かぶとむし》みたいに身をかためたふたりの兵。手には短槍《たんそう》を引っさげている。
服装の目印《めじるし》、どうやら徳川家《とくがわけ》の斥候《ものみ》らしいが、きょう、天子《てんし》ケ岳《たけ》に着陣したばかりなのに、はやくもこのへんまで斥候の手がまわってきたとはさすが、海道一の三河勢《みかわぜい》、ぬけ目のないすばやさである。
斥候の甲虫は、一歩一歩、あたりに気をくばって、落葉《おちば》をふむ足音もしのびやかにきたが、
「しッ……」
と、さきのひとりが、白旗の宮のそばで、うしろの者へ手あいずする。
「なんだ……」
おなじく、ひくい声でききかえした。
「あやしい声がする」
「えッ」
「しずかに」
ぴたりと、ふたりは槍《やり》とともに落葉のなかへ身をふせてしまった。そして、ややしばらく、耳と目を研《と》ぎすましていたが、それっきり、いまのいびきも聞えなくなったので、甲虫《かぶとむし》はふたたび身をおこして、いずこともなく立ちさった。
あとは、またものさびしい落葉《おちば》の舞《ま》い。
暮れんとして暮れなやむ晩秋の哀寂《あいじやく》。
ぎい……とふいに、白旗《しらはた》の宮《みや》の狐格子《きつねごうし》がなかからあいた。そして、むっくり姿をあらわしたのは、なんのこと、鞍馬山《くらまやま》の竹童《ちくどう》であった。
「あぶない、あぶない。もうこんなほうまで、徳川家の陣笠《じんがさ》がうろついてきたぞ。ところで、おいらは、いよいよ、今夜お師匠《ししよう》さまのおいいつけをやるのだが、それにしては、もうそろそろどこかで、鬨《とき》の声《こえ》があがってきそうなもの……どれ、ひとつ高見《たかみ》から陣のようすをながめてやろうか」
ひらりと、宮の縁《えん》から飛びおりるがはやいか、湖畔《こはん》にそびえている樅《もみ》の大樹《たいじゆ》へ、するするすると、りすの木のぼり、これは、竹童ならではできない芸当《げいとう》。
数丈《すうじよう》うえのてっぺんに、烏《からす》のようにとまった竹童、したり顔して、あたりの形勢《けいせい》をとくと見とどけてのち、ふたたび降《お》りてくると、こんどは、白旗《しらはた》の宮《みや》の拝殿にかくしておいた一たばの松明《たいまつ》をかつぎだしてきた。
この松明こそは、竹童が苦心さんたんして、蛾次郎《がじろう》から手にいれたものである。かれは、この松明、二十本をなんに使うつもりか、腰に皮の火打石袋《ひうちいしぶくろ》をぶらさげ、いっさんに、白旗の森のおくへ走りこんでいった。