一
庄次郎が訪ねてくる一足前に、預かり物の二品を、
(なに、かまわん。文句があったら、持ち主自身、取りによこせ)
と、担《かつ》いで、持ち去った男がある——というお里の答えなのである。
(人の品物を、怪《け》しからぬ奴《やつ》)
腹を立ててみたものの、元々、こっちの悪戯《いたずら》事《ごと》で、この家《や》に、責任を問う筋目はない、また、それほど大事な品物とも、彼女は考えていないのだった。
でも、庄次郎の当惑した顔に、交際《つきあ》いのような舌うちを鳴らして、
「ほんとに、あの人ったら、しようがないね。——なぜ、喜代ちゃんは、止めなかったのだえ」
「お兄さんに、もし取りに来る人があると困るからって、何度も、そう云ったんですけれど」
お里は、謝《あやま》って、
「恐れいりますが、その方のお屋敷へ、取りに行っていただけましょうか」
「行くよりほかはない。住居《すまい》は、どこでござるか」
「分りにくい所ですから、自宅《た く》の者に、ご案内させましょう。ほんとに、お気の毒様な」
と、茶の間をのぞいて、
「喜代や——。おまえ、お連れして、差し上げるといい。あんな、依怙地《えこじ》な兄さんだから、また、お前でも尾《つ》いてゆかないと、渡して下さらないかも知れないし……」
庄次郎は、救われたような気持と同時に、疋田《ひつた》鹿《か》の子《こ》の、下町娘と、歩けることが、ふと、儲《もう》けもののように、欣しく感じた。
すると、寝ざめの顔を洗って、ぺたんと、鏡の前に坐っていたお蔦《つた》が、
「私が、お連れしてあげるよ」
立って、もう、帯を締め直していた。
「いいよ、お喜代をやるから」
「だって、喜代ちゃんは、夕方の支度があるし、どうせ私は、出戻りの厄介女《やつかいもの》——それぐらいな用はしなければ……」
「してくれるはいいが、またあとで、姉さんに、当たられたら、恐いからね」
「働けば、ああいうし、何もしなければ、しないというし……」
「じゃ、お願い」
お里は、二階へ上がってしまった。
「喜代ちゃん、下駄を貸しておくれ。私の……もうはけないから」
お喜代は、自分の下駄を貸すのが嫌《いや》だった。聞こえないふりをしていた。
「嫌なの!」
甲高《かんだか》く云われて、
「出ていますよ——そこに」