二
「とんでもない奴だ」
「喰《く》わせ者《もの》め」
書《ほん》を売るか、蚊帳《か や》でも質に入れたくらいな小遣いで、泳ぎに来た連中である。庄次郎が、無一文だと聞くと、おぞ気をふるッて、逃げだした。
「人間て、わからぬものだ」
しがらき茶屋を出て、ボロ袴《ばかま》を風になびかせながら、その五、六名は、首を振って歩いていた。
「近頃、石川主殿《とのも》の娘を娶《めと》って、どんなに、納まっているのかと、今日も、道場で土肥のうわさをしていたのに」
「あんなのは、女房を娶《もら》ってから、得て、タガのゆるむものだ」
「すると、吾々は、たしかな方だな」
「オイ」
一人が、思いだして、
「この夏、渋沢から借りた空財布《からざいふ》、誰が持ってるか」
「俺が、持っている」
「出してみろ」
「あれには、渋沢の印形《いんぎよう》と、書附が入っているので、中実《なかみ》は、空《から》っぽだが、捨てずにいるのだ」
「それそれ。そいつを、この際、庄次郎の負債へ一任してしまうがいい。貸してくれ」
しがらき茶屋の横の窓から、そっと、覗いてみると、置き残された庄次郎は、仰向けになったまま、高いびきをかいて寝ていた。
「土肥っ」
呼んだが、醒《さ》めもしなかった。
「かまわん、彼奴《きやつ》が借主だ。そばへ抛《ほう》りこんでおけ。眼がさめたら責任を思いだすだろう。渋沢に聞かれたら、吾々は、知らんというのだ」
木綿財布《もめんざいふ》を、ぽんと、投げこんだ。それがうまく、庄次郎の大きな腹の上に乗ったので、
「上手《う ま》い」
「叱《し》ッ」
歯の曲がった日和《ひより》下駄《げた》を鳴らして、万年門弟たちが、逃げ去った。