このごろ、甘いものに全く興味がなくなった。酒を飲むと、それが血液中で糖分に変化する、という説がある。真偽は知らない。本当だとすると、そのせいかともおもうのだが、若いころは酒も菓子も好きだった。
戦争直後の甘いものといえば、闇市屋台で立ち喰いするシルコくらいのものだった。サッカリンとかズルチンは、いまは糖尿病用とか肥らないために使っているが、当時は砂糖の代用品であった。
サッカリンは熱をたくさん加えると甘くなくなるので、煮物の場合はズルチンでなくてはいけない、という説もあったが、これも真偽は知らない。その説にしたがえば、闇市のシルコの甘さはズルチンということになる。
どちらも、舌に厭な後味が残るのだが、そのくらいは何程のこともなかった。
砂糖がいかに貴重品だったかは、いまの人には想像できまい。喫茶店というものが復活しはじめたころでも、コーヒーか紅茶は店のほうであらかじめサトウを入れて運んでくる。テーブルに砂糖壺の置いてある店は、稀《まれ》であった。そういう高級店でも、何杯も入れると、露骨に厭な顔をされる。
そのころ、驚異的行為としてつたわってきた事柄がある。しかし、それは若い世代にはとうてい実感がつたわらないと思う。
あるカメラマンが、そういう喫茶店に入って、コーヒーを註文した。おもむろにカップの中に、サトウをスプーンですくって入れる。とめどなく、という感じで、幾度も繰り返してゆく。当然コーヒーは縁からあふれてこぼれる。
それでも、まだ入れる。
カップに半分くらい入っているサトウをかきまわさずに、コーヒーだけ飲んで、底のサトウはそのままにして立去る。
いまでは、かえってコーヒーを損したことになる。しかし、その行為は単に物質的な問題ではなく、客のサトウの入れ方にたいして監視するような眼をする店側へのイヤガラセなのだ。
そして、こういう振舞いをするには、なかなか勇気が要った。
ところで、シルコの立ち喰いは、そのころしかしたことがないし、また試みたいとおもっても不可能であろう。ただ、シルコを食うにも金が必要である。野坂昭如たちの闇市少年なら、喰い逃げもできたろうが、当人は大学生であって一人前の大人と自分ではおもっている。だから、金が要る。
そのころ、私は東大にときどき出かけて行って、四年目に行かなくなりおのずから除籍処分を受けた。入学してから一度も月謝を払わなかった。引越したときに住所を事務所に連絡しなかったので、督促状は本籍へ行き、そこに住んでいる叔父から回送されてくるが、知らん顔のままである。
本郷へ行ったときは、あとで神田の古本屋街にまわり、乏しい本を一冊ずつ売って闇市のシルコかイカの丸焼きを食う。
あるとき、文学全集の永井荷風の巻を売りに行った。予想より大分高い値段をつけてくれたので、にわかに欲が出てそこでは売らず、べつの古本屋へ行ってみた。
ところが半分ほどの値段しか、付けてくれない。
常識としては、そういう場合は前の古本屋に戻って行かないものだが、金がないというのは困ったもので、人間の廉恥心を鈍らせる。
前の店に戻って売ろうとすると、厭な顔で断わられた。こういう職業上のプライドというのは、なかなか厄介な問題を含んでいる。