じつは、三月七日にユリ・ゲラーがカナダから念力を送ってきて何を起そうとするか、あらかじめ知っていた。黒鉄ヒロシが出演交渉を受けて断わったとき、その内容を知って教えてくれた。
毀《こわ》れた時計を持って、テレビの前にいると、それが動き出す、という。毀れた、という言い方だけにとどめるところが一つの手口で、毀れ方の説明はない。
もしも、時計を分解してバラバラにテレビの前に置いておき、それが勝手に動き出して元の形に戻って時を刻みはじめたとしたら、これはコペルニクス的転回である。しかし、それは有り得る筈がないとおもうので、毀れた時計はゼンマイの切れたのが多いから、それと同じ意味でゼンマイのほどけたものを一応持って見ていよう、と考えた。
こういうことは嫌いではないので、家にいる成人式をむかえたばかりの手伝いの人にも、テレビをぜひ見なさい、と言っておいた。
当日は、ビデオの部分と生放送とが混っていて、本人は日本にはいない。そのビデオの公開録画を見に行った人から聞いたといって、福地泡介が電話してきた。
「あれは要するに西洋のテキヤという感じで、インチキだそうです」
フクチは興味を失った声で、教えてくれた。
「そうだよなあ、もしスプーンを撫《な》でていて溶けちまうなら、ユリ・ゲラーなるものはオナニーできなくなる」
「しかし、溶けろと念じなけりゃいいんでしょ」
と、フクチは言ったが、三月七日の前に別のテレビで子供ばかり集めて、スプーンを曲げたとき、一人大人がまぎれこんでいて、
「私の場合は、念じなくても曲ってしまいました」
と、言った。念じなくてもそうなるとすると、ユリ・ゲラーのチンポの始末はどうしてくれる。
当日、十年間使っていなかった腕時計を出して、テレビの前にいた。テレビ局が失敗をどう取りつくろうかというところにも興味があった。
放送開始後十五分くらいで、司会者が報告した。
「いま幾つかデンワがあって、時計が動き出した、といってきました」
何気なく、私の腕時計をみると、秒針が動いている。ハテ、とおもい、いそいでほかのゼンマイの弛んだ時計をさらに二個持ってきた。そのうちの一つが、床の上に落ち、動き出した。それで、分かった。ゼンマイがほどけて時計がとまったといっても、九十九パーセントほどけたわけで残りの一パーセントは残っている。それがショックを与えると、作用しはじめる。停まっているときめていた腕時計は、取出したときにすでに動いていたにちがいない。
画面では司会者が、
「さあ、時計を掌に握りしめて念じてください」
間もなく、室内電話が鳴って、手伝いの人が昂奮した声で、
「いま、一年間使っていなかった時計が二つとも動き出しました」
「そうか、あとで説明してやるからな」
放送が終って解説を試みたのだが、彼女はどこか釈然としない面持である。私も時計とスプーンについてはもう沢山だが、なんとなくまだ釈然としない。
その私の腕時計については、おかしな後日談がある。翌日になっても、時計が動いている。よく考えてみると、その時計を手に入れた十五年前に、すでに自動巻きの品物はできていたのだ。そのことを、すっかり忘れていた。引出しから取出して、テレビの前に持ってくる間に、ゼンマイが自動的に巻かれていたわけである。
自動巻き時計が動きつづけるのは、これは当り前だ。