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今日からマ王3-6

时间: 2018-04-29    进入日语论坛
核心提示:     6 水の補給と馬のために、間違いなくあの街に寄ったはずだ。 少し前から荒《すさ》び始めた砂嵐《すなあらし》の向
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 水の補給と馬のために、間違いなくあの街に寄ったはずだ。
 少し前から荒《すさ》び始めた砂嵐《すなあらし》の向こうに、建造物の影《かげ》を見つけて、一行は胸を撫《な》で下ろした。
 運がよければあそこで合流できるかもしれない。誰もが一刻も早く自分達の陛下と上官の無事な姿を見たいと願っていた。うち数人は別の意味でも無事ですようにと祈《いの》っていた。
 コンラッドは全員を風の防げる岩陰《いわかげ》に留め、まず自分が様子を窺《うかが》ってくると馬を降りた。
「閣下が|斥候《せっこう》などなさらなくとも……」
「いいんだ。俺が一番、打ち解けやすいからね。こういうときこそ庶民的な外見を役に立てないと。それに」
 ボイドが申し訳なさそうな顔をした。
「知ってのとおり、俺は人間と仲がいい。身体の半分が同じだからな」
「コンラート!」
 やっと喋《しゃべ》り方が元に戻《もど》ったわがままプーが、勘に障《さわ》るアルトで喚《わめ》き立てた。暑い国の警察官という出《い》で立ちだが、彼が着ると勇ましい少年探検隊みたいに見える。夕刻を迎《むか》えようという時刻だからいいが、昼の日光に肌を曝《さら》すのは自殺|行為《こうい》だ。
「ユーリと兄上がいたら、すぐにぼくも呼べ」
「了解《りょうかい》」
「それと」
 ヴォルフラムは両腕を腰《こし》に当て、反《そ》っくり返って息を吐《は》いた。
「もしお前が|魔笛《まてき》探しに同行したくないのなら、ここから引き返しても構わないぞ」
「また、どうして」
「だってお前は、あいつと顔を合わせたくないだろう。魔笛のある場所には|恐《おそ》らくゲーゲンヒューバーがいる」
 相変わらずお前呼ばわりだが、少しは気を遣《つか》ってくれているらしい。数ヵ月前と比べたら格段の進歩だ。
「お前がいなければユーリもぼくに頼《たよ》るだろうしな!」
「……はいはい」
 彼は左腕で目を庇《かば》い、右手は剣《けん》の柄《つか》に掛《か》けたまま進んだ。
 鰻《うなざ》の寝床《ねどこ》状の街はほとんどが|店仕舞《みせじま》いなのに、入り口には警備隊が勢揃《せいぞろ》いしていた。非常に珍妙《ちんみょう》な髪型《かみがた》をしている。ロンドンにいた身体《からだ》に穴を開けるのが大好きな連中と、外装の趣味《しゅみ》が合いそうだ。最初の一言をどれでいくか。
「スヴェレラの男達の勇ましさを、少しは分けてもらいたいよ」
 バンクロック頭たちがにやりとした。よし、掴《つか》みは良好というところか。
「連れはどいつもひ弱でね、砂嵐に|難儀《なんぎ》してるんだ。この街に宿屋はあるかな」
「水と女は足リてねえが、酒と寝《ね》るとこだけはシこたまあるぜ」
「そりゃ助かった。なにしろ野宿なんてさせようものなら、明日の朝には俺一人になりかねないからな」
「そんな腑抜《ふぬ》けばかりなのか」
 リーダー格のロンドン頭は、歯の|隙間《すきま》から息が抜《ぬ》ける。後ろの連中は|黙《だま》って薄《うす》ら笑《わら》いを浮《う》かべるばかりだ。バックコーラスの役目も果たさない。
「それから、かなり身長差のある二人組が、この街に宿をとってはいないだろうか」
「ああ! あんたあイつらの知リ合イかイ!?」
 手下の一人が渡《わた》した紙を、興奮気味に指で叩《たた》く。
「こイつらだろ、通ったさ、そんでオレらがとっつかまえてくれようとシたら、手に手を取リ合って逃《に》げチまイやがった!」
 手配書には似顔が付いていたが、一筆|描《が》きに毛が生えたような稚拙《ちせつ》さだ。
「……いや、その絵とはかなり違う感じ……」
「奴等《やつら》を追ってるってこたぁ、アレだな? お前さん、|女房《にょうぼう》だか恋人《こいびと》だかを、寝取られたってこったな?」
「寝取られ……」
「まあ無理もねえ、お前さんもかなりの男前だが、相手の男が悪すギらぁな。妙に迫力《はくりょく》のある魔族だったからな。それにシても解《げ》せねえのは、あんなガキか|坊主《ぼうず》ミてーな女が、どうシて次々と男を手玉にとれるのかっつーことだ。乳なんか、なあ?」
 背後で赤ら顔の男が|頷《うなず》いた。
「板みてーだった」
 それは筋トレの成果だろう。
「女とは思えねえような力だった」
 それも筋トレの成果だろう。
「しかも、えらい下品なことも叫《さけ》んでた」
 うーん、それは、持って生まれた才能かもしれない。
「なあ? チっとばっか顔が可愛《かわい》いからって、娘《むすめ》っつーよりゃ男のガキだろ!? あイつのどこに惚《ほ》れチまうのか教えてほシイもんだわ」
 どうも話が変だ。探しているのは身長差のある二人組だが、男女のラブラブカップルではない。どちらかが女性と|間違《まちが》われているのだろうか……グウェンダルだったら恐ろしい。
「けどそう遠くまでは逃げられねーはずだ。手鎖《てぐさり》でがっチリ固めてやったからな。お前さん二や悪イが、先二見つけるのはオレたチの仲間だぜ。なんせ駆《か》け落ちもんを捕《と》らえりゃ実入リもでかい。国からたっぶリ|報奨金《ほうしょうきん》が……」
 何だって?
 二つの単語がずっしりと、コンラッドの肩《かた》にのし掛かってきた。
 駆け落ち者、手鎖。ヴォルフラムにどう説明したものか。
 
 
 待っても待っても水が出てこないので、喉《のど》の渇《かわ》きに耐《た》えかねたおれは、勝手知らない他人の家ながら、台所を探そうと腰を浮かせた。自宅に招き入れてくれたのだから、麦茶かアイスティーとはいわないまでも、お冷やくらい出してくれてもよさそうなもんだ。椅子《いす》の後ろに回り込むと、ジルタと呼ばれた男の子が慌《あわ》てて寄ってくる。手には|巨大《きょだい》な|団扇《うちわ》を持って、困ったような涙目だ。
 「扇《あお》いでくれなくてもいいんだけどさ、おにーさんちょっと水飲みたいわけよ。台所に連れてってくれると助かるんだけど」
「おい」
 グウェンダルがジルタを手招いて、多めの紙幣《しへい》を握《にざ》らせる。
「これで酒と、酒ではない飲み物と、夕餉《ゆうげ》に必要な物を買ってこい。余ったらお前の欲しい物を買ってかまわん。落としたり盗《ぬす》まれたりせずにきちんと行けるか?」
「できる。もう十歳だから」
 そんな年齢《ねんれい》にはとても見えない。せいぜい六歳ぐらいだろう。やっぱり長命な血のせいで、人間よりも成長がゆっくりなのか。子供は魔族の大将に、臆《おく》することもなく頷いた。長男の口調が妙に優《やさ》しかったのは、小さくて可愛い物好きの男心を青い目の小リスちゃんがくすぐったのだろう。驚《おどろ》いたのはおれと|坊主《ぼうず》頭の男、シャスだ。
「あのさおれそんな気を遣ってもらわなくても、ミネラルウォーターじゃなくても大丈夫《だいじょうぶ》だし。家でも水道水とかガンガン飲んでるし」
「儂《わし》等はあんたたちを客として迎えたんだ、施《ほどこ》しを受けるわけにはいかん!」
「それはこちらも同じだ。我々もお前等の施しは受けたくない」
「だからー、真ん中とって水道水、水道がないなら井戸《いど》水《みず》でいいって」
「……スヴェレラにはもう水がないのよ……」
 ニコラが沈《しず》んだ声で言った。ヒューブのために流した涙《なみだ》も、すぐに乾《かわ》いて白い筋だけになってしまった。
「もう二年近くまとまった雨が降らない。地下水も底を尽《つ》きかけている。お金を出して余所《よそ》の国のお酒や果物を買うしかないの。|僅《わず》かな飲み水の配給はあるけれど、それだって生きていくのがやっとの量なの」
「え、でも隣《となり》のダムのある県から分けてもらえねぇの? 隣の、えーと国から」
「やっと独立したのよ、周りはみんな敵だわ!」
 後頭部をガンとやられた気がした。
 ウエディングドレスを着たままで、お日様みたいな笑顔《えがお》を持ってる女の子から、恐怖《きょうふ》と憎《にく》しみの入り混じった敵なんて言葉を聞くとは思わなかった。
 ジルタが小走りに家を出てゆく。
「雨さえ降ればお金のない家の子供も水が飲める。作物も育つし|家畜《かちく》も乳を出すわ。雨さえ降れば、きっと何もかもよくなる。ヒューブはそのための道具を探してたのよ。あたしたちのために使うとも言ってくれた」
「ゲーゲンヒューバーは、人間のためにその道具を使うと言ったのか?」
 ジルタに対する語調とは打って変わった険悪な|響《ひび》き。
「言ったわ」
「……やはり殺してやる」
「どうして? どうしてヒューブにそんなに腹を立ててるの!? 魔族が本当は親切だってことを教えてくれたのも彼よ、好きになるのに魔族も人間も関係ないって、解《わか》らせてくれたのもゲーゲンヒューバーよ。あの人を救うためにあたしは、あんな、あんな好きでもない兵士と結婚《けっこん》までしようと……ヒューブを解放してくれるっていうから」
 二死|満塁《まんるい》での突然《とつぜん》の代打と、女の子の涙にはとても弱い。泣かせた本人は動揺《どうよう》もせずに、腕組《うでぐ》みしたまま睨《にら》んでいる。
「大丈夫、大丈夫だって。おれがきみの彼氏を殺させたりしないから。そうは見えないかもしれないけど、おれのほうがほんのちょっと偉《えら》いんだし。この人こんなこと言ってるけど、実は小さくて可愛い物が大好きだったりするんだからさ」
「本当に?」
「そうらしいよ」
「余計なことを言うな!」
「じゃあ、あたしの赤ちゃんも取り上げたりしない?」
「しないしない。赤《あか》ん坊《ぼう》は母親の元で育つのが一番だし……へ?」
 肩に置いていた右手を引っ込める。
「赤ちゃんってニコラ、きみの家族計画的には、いつ頃《ごろ》お子さんを持つつもりでいたの?」
「すぐにでも。もうお腹《なか》の中に」
 またしてもコンマ数秒速のにっこり。
 どーいうこと!? こんな可愛い顔した純真そうな娘さんが、できちゃった結婚ってどーいうこと!? 世が世ならいわゆるヤンママってやつ? いやそれは昔すぎるからギャルママってこと? それももう死語。
「あの、誤解しないでくださいね。もちろんヒューブの子供ですから」
 うわああああ、しかも妊娠《にんしん》してるのを隠《かく》して、他の男と結婚しようとしてたってどーいうこと!? 世の中の男女関係どーなってるの!? そういわれてみれば広末《ひろすえ》涼子《りょうこ》に似ていないこともない。おれは心の中だけで叫んでいたのだが、思わず椅子を倒《たお》してしまった人もいた。
「あっ……あの野……」
 グウェンダルの顔色が変わっている。青を通り越《こ》して赤黒くなり、こめかみには怒《いか》りマークが浮《う》かびそうだ。
「わー、落ち着けグウェン、落ち着けって!」
「うるさい! 取り乱してなどいるものか! その娘がグリーセラの縁者《えんじゃ》を増やそうがゲーゲンヒューバーがどこで野垂れ死のうが私の知ったことではない!」
 フォンヴォルテール|卿《きょう》に縋《すが》り付くおれ。熱海《あたみ》で見た金色|夜叉《やしゃ》の銅像みたい。ニコラは呆気《あっけ》にとられた表情で、口を半開きにしたまま見上げている。唇《くちびる》に当てた人差し指が、ほんの微《かす》かにだが震《ふる》えていた。
「そんなビビらしちゃ絶対まずいってっ! 子供だよ!? 子供。逃《に》げたり走ったりしていいのかな、安定期っていつぐらい? おれ経験ないから判《わか》んねーんだけどっ」
「私にもそんな経験はないッ」
 そりゃそうだ。どう考えても男には無理だ。シュワちゃんは映画で産んでたけど。
「でっでも出産経験はなくっても、グウェン男前だから愛人や隠し子の一人二人いたっておかしくないだろ。それに弟二人もいるんだから、母親のお産を手伝ったとかありそうじゃん」
 想像図。お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんかー? 叫《さけ》ぶエアアテンダント、すっと手を挙げる中年の紳士《しんし》。誰《だれ》かお湯わかして、男はみんな外に出てーっ! ってそれじゃ立ち会えないよ。おれかなり混乱してる? グウェンダルも似たようなことを考えていたようだ。
「ない」
「っんだよ、兄貴らしいことしてねーなぁ」
 うちの勝利《しょうり》もしていない。お袋《ふくろ》がおれを産んだときは、兄貴は実家に預けられていた。
「そんな大騒《おおさわ》ぎせんでも大丈夫だいね」
 さすが年の功、さすが祖父、さすが坊主頭、さすがモレモレ。
 倒れた椅子の背を持って起こしながら、シャスはニコラに|微笑《ほほえ》みかけた。|魔族《まぞく》の子供を身籠《みご》もったという、同じ|境遇《きょうぐう》の自分の娘《むすめ》をだぶらせているのか、仏頂面《ぶっちょうづら》も温かだ。
「お嬢《じょう》さん、どうしてそんな複雑な立場になったんだね?」
 ニコラはシャスに視線を戻《もど》した。グウェンダルはやっとのことで腰《こし》を下ろすが、膝《ひざ》に載《の》せられた両手の指は、コントローラーを操作するみたいに動いていた。苛《いら》ついてるときの、お決まりの動作だ。
「内戦で両親を亡《な》くしてから、あたしはゾラシア近くの施設《しせつ》で育ったの。十六になったら教会が決めた家に嫁《とつ》いで、|平凡《へいぼん》な人生を送るはずだった。村には法石の出る|遺跡《いせき》があって、女達は皆《みな》そこで働いていた。あれは女の手でしか掘《ほ》れないから」
 おれは|手錠《てじょう》の相方に、なんで? と小声で訊《たず》ねたが、答えは返ってこなかった。
「半年くらい前のひどい砂風の日に、ヒューブが村にやって来たの。みんなは魔族を怖《こわ》がったけど、あたしは平気だった。だって以前に父の形見の襟章《えりしょう》を届けてくれたのも、魔族の巡回使《じゅんかいし》だったから。あたしたちはすぐに心を許し合った」
 隣から長男の|歯軋《はぎし》りが聞こえる。か、ら、だ、も、だ、ろ、う、がっ、と実年齢《じつねんれい》相応《そうおう》の、オヤジ的ツッコミで呻《うめ》いている。
「可哀想《かわいそう》にヒューブは、過去に大きな傷を抱《かか》えていて、恋《こい》に臆病《おくびょう》になっていたけれど、あたしたちはそれも二人で乗り越えた」
「……言ったか?」
「え?」
「ゲーゲンヒューバーは、奴《やつ》が過去に何をしたかお前に語ったか」
 ニコラは|眉《まゆ》を顰《ひそ》め、小さく首を横に振《ふ》った。
「いいえ」
「くっ……」
「うわあグウェン血圧上がるから落ち着け! そーだ、ふわふわモコモコした動物を撫《な》でると心が和《なご》んで安定するっていうから……ひいいいいい」
 宥《なだ》めようとしたおれの頭を鷲掴《わしづか》み。おれは犬じゃない、犬じゃないってば。
「ある日彼が言ったの。自分は貴重な宝物を探す旅の途中《とちゅう》で、もうすでに一部分は発見して、絶対に見つからない場所に隠したんだって。残りの半分が村のどこかにあるらしいんだって。正当な持ち主が演奏すれば、雨を降らせる|素晴《すば》らしい笛だそうよ。だからあたし、教会からこっそり鍵《かぎ》を持ち出して、二人で遺跡に入ったのよ。そして伝説の秘宝だというあれを見つけたのよ」
「なんかきみ、利用されてるような気がすんだけど」
 恋に燃える乙女《おとめ》は聞いちゃいなかった。
 それはさておき、あれって何? もしかしてゲーゲンヒューバーが追っていたという、例の|魔笛《まてき》!? 
「焦《こ》げ茶《ちゃ》の筒《つつ》」
「筒ぅ?」
「でも|恐《おそ》らくそのせいだと思うんだけど……それっきり遺跡からは法石が出なくなってしまったの。全然よ、ほんとに全く、掘っても出なくなってしまったの。あたしたちが筒を取り出したせいだとは、まだ村の人に知られてはいなかったけれど、もう逃げるしかないって……このまま村にいたらきっと……きっと……だから……」
「住み慣れた土地を二人で離《はな》れたんだいね。嫁ぐ家も決まって、一生を過ごすはずだった場所を、その男と二人で捨てたんだな」
 シャスの低く|穏《おだ》やかな声に、ニコラの大きくてよく動く目から、長い|睫毛《まつげ》を伝って涙《なみだ》が落ちた。すぐに泣いてすぐに笑って、さながら山のお天気だ。こんなに意地を張らない娘は、クラスの女子には一人もいない。
「この国では異種族との婚姻《こんいん》や、決められた相手以外との情事は罪だから、あたしたちは駆《か》け落ち者|扱《あつか》いをされて、国中に手配書まで回されて……ヒューブは自分達の土地に行けば、女王陛下は魔族と人間の恋愛《れんあい》や結婚にも寛容《かんよう》だから、晴れて一緒《いっしょ》になれるって言ってくれた。あたしたちはどうにかして魔族の土地まで行くつもりだったわ。ヒューブの生まれた国だから、きっと楽園のような場所なんだって夢見てた」
 どうだろう。
 胸を|圧迫《あっぱく》されるような、息苦しさに襲《おそ》われた。
 |眞魔《しんま》国は楽園なのだろうか。まだその評価には達してないとしても、おれはそうなれるように努力しているだろうか。|精一杯《せいいっぱい》つくせているだろうか。
 だってニコラ、きみが夢見て旅していたのは、おれがひーひー言いながら王様やってる国なんだよ。きみとヒューブは知らないかもしれないけど、王位はおれへと譲《ゆず》られてるんだよ。
 不意に、背中を叩《たた》いてほしくなった。大丈夫《だいじょうぶ》だと誰かに言ってほしかった。コンラッドとギュンターの|根拠《こんきょ》のない誉《ほ》め言葉が、心の底から聞きたくなった。
「でも」
 高く細い彼女の声に我に返る。
「でも首都を迂回《うかい》しようとして通った街で……そこでも井戸《いど》が涸《か》れていて、子供達までが喉《のど》の渇《かわ》きに耐《た》えてる姿を見たら、あたしもうたまらなくなっちゃって。宿で、ヒューブが居ない間に、あの雨を降らせる筒を取り出して使おうとしたの。雨さえ降れば子供も走り回って遊べるんだって思って。磨《みが》いたり覗《のぞ》いたり叩いてみたり、最後には口を付けて吹《ふ》いてみたりもした。でも駄目《だめ》だった、雨は降らなかったわ。それどころか街の長老に見|咎《とが》められてしまって……。あれは魔王の使う魔笛だって、それを持ってたあたしは魔王に違《ちが》いないなんて、そんな、とんでもない言い掛《が》かりを」
「宿屋から逃げたんだね!?」
「ええ。すぐに捕《つか》まってしまったけれど。どうして知ってるの?」
 知ってるも何もない。今ので無銭飲食が成立した。
 魔王陛下の名を騙《かた》る(名前も言ってなけりゃ身分も言ってない。厳密にいうと宿屋の主人の勘違《かんちが》い)人物の無銭飲食。
「それで、|処刑《しょけい》されそうになったんだね!?」
「えっ? ええ、でもあたし首都の名士の息子に妙《みょう》に気に入られて、彼と結婚すればヒューブを解放してやらないこともないって、それであの兵士と……」
「そっくりさん!」
 いらっしゃーい。
 いきなり立ち上がって人差し指を突《つ》きつけるおれに、ニコラは度肝《どぎも》を抜《ぬ》かれた様子だった。
 旅の第一目的である、そっくりさんの身柄《みがら》確保が意外な場所で完了《かんりょう》した。彼女以上にこちらもびっくりだ。しかも影武者《かげむしゃ》として雇《やと》おうとまで考えていた相手が、性別からして不|一致《いっち》だったなんて。
「けどどっこも似てねーよなぁ? なあなあグウェン、おれたち似てるか!?」
 ようやく冷静さを取り戻したフォンヴォルテール|卿《きょう》が、二人を睨《ね》め回してから短く答える。
「いや」
「だよな。どっからどう見てもおれは男子でニコラは女子。身長差はそんなにないにしても、|肩幅《かたはば》も胸も筋肉も大違いだろ?」
「強《し》いていえば髪型《かみがた》と瞳《ひとみ》の色が」
 遠慮《えんりょ》がちにシャスが指摘《してき》する。けどスヴェレラの連中には、第二十七代魔王シブヤユーリの外見情報は伝達されていないはず。ということは彼女はただ単に、魔王オリジナルのグッズを所持していたから間違われてしまったのだ。|幼稚園《ようちえん》年中の星組さん作の似顔絵で、手錠を掛けられちゃったおれたち二人と同レベル。
 そもそも首都から国境までの連絡《れんらく》が、滞《とどこお》りなく行っていれば、指名手配用ポスターもとっとと剥《は》がされ、賞金|狙《ねら》いの不届き者も油断したはずだ。やっぱこれからは情報の時代だよ、十年|遅《おく》れで実感してしまう。
「あの……あたしはあなたと間違われたってこと?」
「そう! で、おれたちはそっちと間違われたってわけ」
 ニコラ・ウィズ・ゲーゲンヒューバーと。
 誰《だれ》が誰と似ていようがどうでもいい男・グウェンダルが、平常どおりの声を出した。よくぞここまで冷静さを取り戻《もど》したものだ。短気のあまり監督《かんとく》ぶん殴《なぐ》って野球部クビという、|自慢《じまん》の経歴を持つおれとは大違い。
「それで、筒とやらはどうした」
「あのな、まず先に|従兄弟《いとこ》がどうなったか|訊《き》くべきじゃねえ?」
「従兄弟なの!? この人ヒューブの従兄弟なの!?」
 そんなに驚《おどろ》くとお腹の子供にひびくというくらい、グリーセラの新しい嫁《よめ》さんは動揺《どうよう》していた。グリーセラ卿ゲーゲンヒューバーの手袋《てぶくろ》ということは、夫婦|別姓《べつせい》か婿養子《むこようし》にでもいかない限り、そういうことになるのだろう。
「どうしよう、ご親戚《しんせき》の方だなんて。あのあのっお初にお目にかかりますっ、ニコラですっ。ヒューブさんとは真剣《しんけん》にお付き合いさせていただいて……じゃあもしかしてあなた……ユーリも親戚関係なの!? 従兄弟さんの愛人ということは……」
「愛人じゃねーって!」
「筒とやらとゲーゲンヒューバーはどうしたのだ!?」
「ヒューブは解放されたはずだけど、半月前からずっと逢《あ》ってません。筒は」
 狼狽《うろた》えたり彼氏のことを思い出したりで、またまた泣きそうになりながら、ニコラはドレスの胸に指を突っ込んだ。
「ここにあるわ」
「こっ、これが」
 魔笛? にしては少々お|粗末《そまつ》だった。
 親指よりいくらか太めの焦げ茶の筒は、前に三つ後ろに一つだけ穴があいている。長さは十センチあるかないかで、どこかで見たような気がしてならない。
「ヒューブもあたしもこの国に雨を降らせようとしたけど、筒は何の|奇跡《きせき》も起こしてくれなかった。きっと魔族の秘宝だから、魔族の人にしか恵《めぐ》みを与《あた》えないんだわ」
「そう、なのかな」
 だとしたらひどく|狭量《きょうりょう》なやつだ。道具に心があるとして。
 ニコラが焦げ茶の物体をグウェンダルに渡《わた》す。彼はまじまじと眺《なが》めてから、手鎖《てぐさり》で繋《つな》がったおれの左手に握《にざ》らせた。石細工にしては重さが足りない。木か塗《ぬ》り物《もの》かポリカーボネート製か。
「……なんだよ」
「お前のものだ」
「なに、どうして? どうせおれこんなの使いこなせやしないよ。あんたが持ってたほうが安心だってェ」
「お前のために作られたものだ。お前の命令しか聞かない。モルギフのときを思い出せ」
「あれは……」
 魔王本人にしか操れないという、伝説の|魔剣《まけん》メルギブもといモルギフ。不気味な顔から黄色い液を吐《は》き、情けなく呻《うめ》いては指を噛《か》んだ。飼い犬に手を噛まれる以上に|衝撃的《しょうげきてき》だった。
 今度の宝物も反抗《はんこう》的だったらどうしよう。笛というのがこれまたビミョーなとこだ。
「じゃ、じゃあ試《ため》しに一発、吹いてみよっか。ひょっとしたら嵐《あらし》を呼んじゃうぜ?」
 一つ穴にそっと唇《くちびる》を押しつけて、横笛ポジションで息を吹き込む。ピッコロというよりオカリナサイズ。
 ももももしかしてこれって、間接キス!? 他人《ひと》の|女房《にょうぼう》とはいえあんな可愛《かわい》いニコラと間接キス!? 顔に血が集中して熱くなる。
 
 すかー。
 
「……っあれ」
 すかー。
「あのぉ、ユーリ、それは本当に笛なの?」
「ううー」
 ピーともプーとも鳴らなかった。左から右へと空気が抜けただけだ。体育教師のホイッスルのほうがずっと笛っぽいし、兄貴の屁《ヘ》のほうがまだましだ。予想以上に恥《は》ずかしい。この場にヴォルフラムが居なくてよかった。こんなへなちょこ演奏を聞かれたら、どんな暴言を吐かれるか判《わか》ったもんじゃない。
 だが、一度や二度の失敗で|諦《あきら》めてはいけない。ここぞという時の犠打《ぎだ》だって、スリーバントまでは規定内だ。いざとなったらバスターに切り替《か》えてもいい。
「構え方が悪いのかもしれん。縦に銜《くわ》えてみろ」
「縦にィ? こんらかんじ?」
 おでんの竹輪《ちくわ》かよ。
 これでも音が出なかったら、おれはギュンターに|騙《だま》されたことになる。或《ある》いはおれ自身に欠陥《けっかん》があって、正しいユーザーと認められていないのか。
「ひひか? ふくりょ」
「ああ」
 肺いっぱいに息を吸い込んで、竹輪の中央に吐き出した。管楽器は腹式呼吸が基本だってのを、その瞬間《しゅんかん》は忘れていた。
 す……。
 ぎゃあああああああ!
「うわなにそれッ」
 吹《ふ》くと悲鳴をあげる笛!? いやすぎる。
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