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今日からマ王7-8

时间: 2018-04-29    进入日语论坛
核心提示:     8 何の言葉もかけずに、グウェンダルはうずくまる係累《けいるい》の元へと歩いた。 グリーセラ卿ゲーゲンヒューバ
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      8
 
 何の言葉もかけずに、グウェンダルはうずくまる係累《けいるい》の元へと歩いた。
 グリーセラ卿ゲーゲンヒューバーは、フォンヴォルテール卿の父方の従兄弟《いとこ》だ。以前は外見に共通点もあり、親戚内ではことあるごとに似ていると言われた。
 しかし今は、一気に百歳くらい歳をとったようなゲーゲンヒューバーに、彼と同じ血族の面影《おもかげ》はほとんど無い。
 床の上の痩《や》せ細った身体《からだ》を見下ろすと、長い右脚《みぎあし》を振《ふ》り上げて蹴《け》る。
 皆《みな》が息をのみ、グレタが金切り声をあげる。低く呻《うめ》いて男が転がった。
「グウェン、なんでっ!?」
「どけ!」
 両肘《りょうひじ》をついて身体を支えようとするが、持ち直す前にまた蹴られ、冷たい床を無様に転げ回る。四度目に軍靴《ぐんか》が腹に食い込んだ時には、男は何の|抵抗《ていこう》もできなくなっていた。
「自分のしたことが判《わか》っているか!? どの面《つら》下げてここに来た」
 震える肩《かた》に手をかけて、グレタが一生懸命起こそうとする。
「なんで、グウェンなんでこんなひどいこと……ヒューブ死んじゃうよっ」
「そう、このままでは死にますね」
 アニシナが少女の肩に手を置いた。
「離《はな》れなさい、まだ死なせません」
 華奢《きゃしゃ》な身体からはとても想像できない怪力《かいりき》で、ゲーゲンヒューバーの胸ぐらを掴《つか》み上げる。長身の男の|爪先《つまさき》が、地面を離れて宙に浮《う》く。
「いいですか、グリーセラ卿。わたくしはあなたを憎《にく》んでいます。そのわたくしに命を救われることを、この先一生|恥《はじ》として生きなさい」
 どさりと乱暴に投げ出されるが、既《すで》に顔色は少し良くなっている、三大魔女と呼ばれる使い手の魔術だ。元気とまではいかないが、辛うじて身体は起こせるだろう。
「この恥知らずが! 命が惜《お》しければ今すぐ消えろッ」
「……命など……惜しくは……」
「では殺してやる!」
 剣《けん》の柄《つか》に手をかけるグウェンダルを、衛士の一人が必死で止める。
「閣下! グリーセラ卿はまだ、ご病気が。意識を取り戻《もど》されてほんの数日で、正気を失われているのかもしれません」
「正気でさえ国を滅《ほろ》ぼそうとした男だ! コンラートを……ウェラー卿を二度も殺そうとした男だ! しかも仮にも魔族でありながら、主君の身に刃《やいば》を」
 フォンヴォルテール卿がこれだけ感情を露《あら》わにするのも、あまり見ないことだった。憎しみと身内の恥への不快さで、柄にかけた指が白くなる。彼は地の底から響《ひび》くような、冷たい声で吐き捨てた。
「……国賊《こくぞく》め」
 乳母《うば》の腰にしがみついたまま、フォンウィンコット卿リンジーは無感情に言った。
「この人知ってるよ。ぼくが生まれる前に、叔母《おば》様を死においやったんだって、父上が何度も言ってたよ」
「ヒューブ、そんなひどいことしちゃったの……?」
 ゲーゲンヒューバーは少女を脇に押しやり、自分の傍《そば》から離れさせた。床に両手をついたまま、立ち上がれずに言葉を絞《しぼ》り出す。
「この場で首を落とされるも、某《それがし》、|覚悟《かくご》の上でございます……ただただ閣下のご慈悲《じひ》により、生き長らえたるこの身なれば……ですが一つだけ、一つだけどうしてもお伝えせねばならぬことがございます! どうか、ツェツィーリエ陛下にお目通りを……! 申し上げねばならぬことが……」
「上王陛下は国内にいらっしゃらない。不定期に諸国を視察中だ」
 異国から連れ帰られてずっと眠《ねむ》ったきりだった男は、呆然《ぼうぜん》と呟《つぶや》いた。
「上王陛下……?」
「ヒューブ、|眞魔《しんま》国の王様はユーリだよ。黒い髪《かみ》と黒い瞳《ひとみ》のひと。グレタの今のお父さま」
 すぐには理解できず、少しの間考えを巡《めぐ》らせてから、男ははっとして顔を上げた。
「……まさか……歓楽《かんらく》郷でご一緒《いっしょ》だった方が……では、某《それがし》は……当代魔王陛下に剣を……何という畏《おそ》れ多いことを……」
 ギュンターだけが地名に反応し、何故そのような場所にと頭を抱《かか》えた。
 グウェンダルが衛士の腰から小剣を取り、鞘《さや》のままゲーゲンヒューバーの前に投げた。石と金属のぶつかる音が、乾《かわ》いた空気を震《ふる》わせる。
「まだ生き恥をさらすつもりか」
「……閣下、某は……」
「二度と我々の前に姿を現さぬならと、つまらん命をあえて見逃してやったのだ。それをよくも分も|弁《わきま》えず」
「ヒルドヤードでは、あの御方が陛下とは存じ上げず……|誓《ちか》って申し上げます! ただ、あの方に危険が及《およ》べば、ウェラー卿が本気で某を|斬《き》るだろうと。ツェツィーリエ陛下が退位されているとは、考えも及びませんでした……覚悟はできております、この責めは必ずや。もう見苦しいことはいたしませぬ。ですがその前に、どうか新王陛下にお目通りを。いえ、この身の卑《いや》しさ故《ゆえ》にそれが叶《かな》わぬならば、皆様方にお伝えし、ご判断いただきたく存じます! 重大なことです、国の存亡に関《かか》わる、恐《おそ》ろしい事実でございます」
「貴様の言葉など、聞くに値《あたい》しない。|誰《だれ》か! この男を北の石場にでも送れ。悔《く》いて自ら命を絶つまで、水の一滴も与《あた》えるな」
 小さな身体を割り込ませて。グレタが怒《いか》りを遮《さえぎ》ろうとする。
「やめて、やめてよグウェン! ヒューブの話を聞いてあげてっ」
「その男はユーリに刃を向けた。お前が庇《かば》ってやるだけの価値もない」
「グレタもそうだもん!」
 ゲーゲンヒューバーが顔を上げた。醜《みにく》く引きつった左目が、部屋の灯《あか》りに露わになる。
「グレタだってユーリを殺そうとしたんだよ! 嘘《うそ》をついて勝手な理由で刺《さ》そうとしたんだよ……今でも……今でも思い出すと涙《なみだ》がでるよ……辛《つら》くて恥《は》ずかしくて消えちゃいたくなる。ごめんねって気持ちと、自分がやったことのおそろしさで、どこか遠くに逃《に》げたくなるの。でももっとみじめな気持ちになるのは、恥ずかしいって思ったときなの」
 凛々《りり》しい|眉《まゆ》と長い|睫毛《まつげ》。けれど、よく光り、動く瞳を涙で曇《くも》らせて、少女は小さな手を|精一杯《せいいっぱい》広げた。解いたままの赤茶の髪が、細かい波を描《えが》いて肩に掛《か》かる。
「……恥ずかしいよ。だってユーリあんなにいいひとなんだもん。グレタ、ユーリが大好きなんだもの。なのにあんなことしたんだよ……好きになればなるほど、もっともっと恥ずかしいんだよ……この人を殺そうとしたんだって……楽になりたいって自分の勝手な理由だけで、こんなに好きになるひとを殺そうとしたんだって。恥ずかしくて……消えちゃいたくなるよう」
「グレタ」
 唇《くちびる》を噛《か》み、短い間だけでも堪《こら》えようとする。だがすぐに持ちこたえられなくなり、涙の混ざった声になる。
「けどユーリは|怒《おこ》らないんだよ。グレタが悪いなんて、一度も言わないんだよ。グレタのこと嫌いだなんて、絶対に絶対に言わないんだよ。好きだって言ってくれるの、可愛《かわい》いって、きゅ、きゅーとだって! 言われるたんびに泣きそうになるけど、でも|我慢《がまん》するの。恥ずかしくてどうしようもなくっても、今がいいからって我慢するんだよ。ユーリを大好きな今を消したくないから。ごめんねもっ、もうっ……絶対しない絶対しないからねって、心の中で何度も謝って、恥ずかしいのを我慢するの。ねえ、グウェンもヴォルフもよく言ってくれるよね? ユーリがここにいたらどう言うと思うって。グレタが悪いって言うと思うか、って。ねえグウェン! いま、ユーリがここにいたら、ユーリなんて言うと思う? ヒューブはすごい悪いことをしたんだろうけど、でもっ、ユーリがいたら、なんて言うのかなっ」
 アニシナは|幼馴染《おさななじ》みの脹《ふく》ら脛《はぎ》を嫌《いや》というほど蹴《け》った。こうでもしないと動かない男だということを、誰よりもよく知っていたからだ。
 グウェンダルはよろめいて跪《ひざまず》き、少女の肩をそっと抱《だ》く。
「……すまなかった」
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「違《ちが》うよぉ」
 細い、けれど生命力に溢《あふ》れた腕《うで》が、子供特有の熱と一緒に、大人の背中に回された。
「ユーリはもっとぎゅってしてくれるんだよ」
 生まれ変わったフォンクライスト卿《きょう》ギュンターは、気づかれないようにそっと鼻をすすった。素知らぬ顔で皆《みな》の脇を過ぎ、ゲーゲンヒューバーの前に立つ。
「他《ほか》の誰が聞きたくないと言っても」
 男の右目だけの視線が、麗《うるわ》しの|王佐《おうさ》を振《ふ》り仰《あお》いだ。
「私はあなたの話を聞きますよ。皆が呆《あき》れて部屋を出ていってしまってもね。それが陛下と国家のため、我々魔族のためだというのなら」
 そう、私の仕事場は此処《ここ》だ。
 国のため、魔族のため、自分のために、お側にお仕えし、陛下を盛り立てることができるのは、この私をおいて他にはいないはず。
 
 
 
 某がグウェンダル閣下の命で、国に戻ることなく魔笛の探索を続けていたのはご存知のことと思います。結果的には魔笛の一部をスヴェレラで発見し、一方は赤子の遺体と偽《いつわ》って墓に隠《かく》し、もう一方は旅先での知己《ちき》に預けました。
 しかしどうにも腑《ふ》に落ちぬのは、魔笛の眠っていたのが法石の|発掘《はっくつ》現場であったこと。何故、我々魔族の至宝が、法石に満ちた岩層の中、しかも奥深くに納められていたのかということです。人間達の操《あやつ》る術を助ける法石は、形をなした魔術とも呼ばれる魔笛とは、相容《あいい》れぬように思えたのです。
 不敬な輩《やから》の手から手へと渡《わた》り、宝物の売買を経てのことならば、そのような採掘場の奥深くにあるのも|妙《みょう》な話。収集家の宝物庫にでもあると考えるのが|妥当《だとう》でありましょう。
 逆に二百年前に何者かに持ち出されて以降、ずっとその場所にあったのなら、誰かが何か重要な目的のために、意図的にスヴェレラの岩石層に隠したのかもしれない。某はそのような考えにとりつかれ、命じられぬままに理由を求めて流離《さすら》っておりました。
 その当時、スヴェレラは国を挙げて法石の確保に力を入れており、他に職のない民達の多くは採掘に携《たずさ》わっておりました。それも、良質な原石は女子供の手でしか扱《あつか》えないという、なんとも不可思議な性質も耳にいたしました。
 これもまた奇妙《きみょう》な話。
 同様に超《ちょう》自然的な力を持つ魔石には、そのような特徴はございません。某も魔石を……手にしたことがございますが、それによって秘めた力が落ちたとも、効果が消えたとも報《しら》されませんでした。
 とにかく、スヴェレラでの法石の採掘は、それはもう、異常といっても過言ではないほどでありました。いくら雨が少なく水が涸《か》れていようとも、最低限でも翌年の種となる作物は育てなければなりますまい。
 ところがスヴェレラ国王は、農地を保護し農民に援助をすることもなく、ひたすら法石を掘《ほ》り続けたのです。どうせなら井戸《いど》の一つも掘れば|潤《うるお》うものを。まるで翌年の財政に、何らかの保証でもあるかのごとく。
 かなりの時間を要しましたが某にもようやくそのからくりが判《わか》りました。
 連中が求めていたのは石などではない。確かに法石は|莫大《ばくだい》な富を生んだが、それは単なる副産物に過ぎなかのた。スヴェレラは石を求めて採掘していたわけではなく、法石のたくさんある場所を掘ることで、もっと恐ろしいものを捜《さが》していたのです。
 
 
 
 自分の胸で温まった魔石を手に、おれは頭上を|仰《あお》ぎ見た。
 ロンガルバル川上空は薄い灰色で、ライオンズブルーの石とは大分違う。もうずっと晴天を見てない気がするが、この地では当たゆ前の気候なのだろうか。カッパーフィールド商店の若手営業担当も、妙な空だとは言っていた。
「この流れの緩《ゆる》やかさでは、河口まであと三日はかかりそうね」
 山脈隊長達との終わりのないティータイムに付き含ってきたフリンが、おれの隣《となり》に静かに座った。革《かわ》の上着の前を掻《か》き含わせる。女性には少々重すぎるのだろう。
「あの人達も気の毒よ、生まれた場所は様々だけど、国のためって小シマロンとの争《あらそ》いに駆《か》り出されて、戦《いくさ》が終結すれば敗残兵として囚人扱《しゅうじんあつか》い」
「そういうのってさ、|捕虜《ほりょ》の交換《こうかん》とかあるんじゃないの? そっちのー……相手国側に掴《つか》まってたシマロン兵とさ、終戦後に交渉して帰国できるんじゃねーの?」
「したわ」
 そうだった。彼女の国、カロリアも、同じ国に敗れて領土化を余儀《よぎ》なくされたのだ。
「戦地に残された兵士を取り戻そうと、ノーマンも必死で交渉したわ。皮肉なことに防戦一方だったから、敵地にまで赴《おもむ》いたのは殆《はとん》どが諜報偵察《ちょうほうていさつ》員で、数自体あまり多くはなかったけれども……でも無駄《むだ》だった。結局こちらは敗戦国で、戦勝国に異を唱えることなどできはしない。カロリアの捕虜になったシマロン兵は全員|帰還《きかん》させたけど、こちらに戻されたのはほんの一部の幸運な者だけ……他国も同じような状況でしょうね。そして今でも彼等みたいにシマロン国内で、理不尽な労働や待遇に耐えているんだわ」
 フリンは|膝《ひざ》に顎《あご》を載《の》せ、流れる川面《かわも》をじっと見詰《みつ》めた。館《やかた》で豪華《ごうか》な衣装《いしょう》に埋《う》もれているよりも、今みたいな格好で膝を抱《かか》えて座っているほうが、少なくとも五つは若く見える。
「……いやね、戦って。私は大嫌い」
「おれもだよ」
 平原組みたいな組織で少女時代を過ごしたのだから、兵隊の生活を殆ど知り尽《つ》くしているのだろう。有事の際には彼等がどんな行動をとり、どんな扱いを受けるのか、城で暮らす他の国の貴婦人よりも、ずっと詳《くわ》しく理解しているに違《ちが》いない。もちろん、日本人のおれよりも。
「だからあなたを大シマロンに連れて行こうとしてるのよ」
 いきなり自分のことに触《ふ》れられて、魚の影《かげ》を眺《なが》めていたおれは慌《あわ》てて首を捻《ひね》った。船尾《せんび》の方では村田が釣《つ》り竿《ざお》をしならせ、大物ゲットォと|叫《さけ》んでいる。
「きちんと話すって約束したわね。教えるわ、全部、隠さずに。それを聞いたらあなたは|冗談《じょうだん》じゃないと思うかもしれない。それとも逆に賛同してくれるかもしれない。でもどちらの結果になるにせよ、理由も告げずにあなたたちを連れ回すことはできないものね。それでは私もサラレギー様と同じになってしまう……あんな人にはなりたくない」
 サラレギーとかいう名前は前にも聞いた。小シマロンの国主だという。見開きの君ってキャッチコピーは、アイドル系とは程遠い。眠るときも両目を開きっぱなし、とか?
「カロリアは自治区とはいえ小シマロン領よ。彼等が魔族と戦うというのなら、私達は従うしか選択肢《せんたくし》がない。物資も取られ、財も取られる。そして何よりも大切な、若い命が数えきれないほど|奪《うば》われる……どうして国を離《はな》れているのかは知らないけれど、|大佐《たいさ》は魔族のご出身よね? ウィンコット家は建国始祖の一人だそうだから。あなたの国の軍人はどうかしら。やっぱり十二歳で入隊するの?」
「まさか!」
 おれと同年代にしか見えないヴォルフラム御歳《おんとし》八十二歳というのだから、|純粋《じゅんすい》魔族の十二歳なんて、どんな生き物なのか想像もつかない。十六で人生を決めると聞いているので、それまでは子供でいていいのだろう。
「そうよね、十二なんてまだ剣《けん》も重くて持てないわ。でもカロリアから……ギルビット港からも、十二の男の子は消えてゆく。立派なシマロン兵になるために、毎年全員が召集されるの。私はもうそれを見たくなかった。既《すで》に連れて行かれた子供達が、開戦後に|犠牲《ぎせい》になるのも嫌《いや》だったのよ。軍人さんには判らない気持ちでしょうね。女々《めめ》しいと言われても仕方がない」
「……おれもそう思うよ。戦争なんかで人が死んじゃいけないって、何度も言ってるんだ。何度でも言うつもりだ……今は、大佐とか呼ばれてるけど、本当はさ、本当は」
 魔王です、とは言えない。本当は、クルーソー大佐なんて人物じゃない。本当はウィンコットの末裔《まつえい》じゃない!
「そんなときに、大シマロンからの密使が取引を持ちかけてきたの。ギルビットの館の奥深くに、ウィンコットの毒が所蔵されているはずだって。彼等はそれをひどく欲しがっていた。しかもとても急いでいた。この世で|唯一《ゆいいつ》、どんな者でも意のままに操れるという薬、その毒に身体《からだ》を侵《おか》されれば、その者はウィンコットの末裔の傀儡《かいらい》となる。たとえ命があろうとなかろうともね。私は彼等に薬を渡した。カロリアの兵の命と引き替《か》えに」
「命とって、どういう取引だよ」
「大シマロンは小シマロンと掛《か》け合って、私の国の兵力分担を引き下げてくれたのよ。もちろん、密約があったとは明かさずに、名目上はギルビット港の共有に際して、荷役の不足を解消するため。段階的に少年兵から帰国させる方向で、事実、|僅《わず》かながら子供が解放されたわ。もうすぐ第二|陣《じん》が戻ってくる。彼等はもう戦場に行かずに済むの」
 フリン・ギルビットは心から嬉《うれ》しそうに、まるで母親みたいな笑みを浮かべた。ノーマンとの間に子供がいなかったのに、子育て論を打っていたのも頷《うなず》ける。
 村田が長靴《ながぐつ》を釣り上げた。
「でも何で大きいほうのシマロンは、ウィンコットの毒? なんてもんを欲しがったんだろ。|誰《だれ》かを操り人形にして、一体何をしようとしてたん……あれ、なんか方向が変わったな」
 この船の最後方には、操舵《そうだ》手《しゅ》が動かす方向設定装置がついている。|巨大《きょだい》な魚の尾鰭《おひれ》に似た板が、二枚平行に並んでいるのだ。それが徐々に角度を変えて、船首は流れを斜めに横切り始めた。ゆっくりと左に傾《かたむ》いていく。西側の岸に寄せるのだろう。
「またどこかで荷を積むのかしらね。ああいう箱を幾《いく》つも幾つも」
 殆ど立方体の木製コンテナ慈、|甲板《かんぱん》に所狭《ところせま》しと並べられている。夜は風をしのぐのに助かるし、昼間ば|壁《かべ》代わりに寄りかかれる。
「……大シマロンも『箱』を手に入れたのよ」
 川面を渡《わた》る風のせいか、彼女は一度、|身震《みぶる》いした。
「その箱を開ければ、遠い昔に封《ふう》じられた強大な力が甦《よみがえ》る……この世界には、決して触れられないというものが四つあるという……大シマロンはその一つを手に入れたのよ。正しい|鍵《かぎ》で解き放てば、その力は主と認めた者に従い、善の武器にも悪の凶器にもなるというの。大シマロンの密使はこうも言ってたわ。鍵はもうみつけてある、あとはウィンコットの毒を使って、その『鍵』を意のままに操るだけだって」
「蓋を開ける正しい鍵ってのは、ヒトなのか!?」
「人間だとは言わなかった。でも、魔族だとも言っていなかったわ。しばらくしてカロリアに|滞在《たいざい》する密使から、彼等がどこかでウィンコットの毒を使ったと聞かされた。どうやったのかは知らないけれど、『鍵』なる者を傀儡にするのに成功したと。けどそれは、私と私の国が詮索《せんさく》すべきことじゃない。私は一人でも多くのカロリアの子供が、戦争に行かずに済むようにたたかうだけ。そこに、クルーソー大佐、あなたが飛び込んできた」
「……ウィンコット家の紋章《もんしょう》を象《かたど》った、魔石を胸にかけてたおれが?」
「そうよ」
 話が大きくなりすぎたせいか、そういえば彼女は|随分《ずいぶん》日に焼けたなと、関係ないことをおれは思った。何年間もマスクを被《かぶ》りっぱなしで、館の外へも出られない生活だ。抜《ぬ》けるように白かった額や頬《ほお》は、こんな薄曇《うすぐも》りの空ばかりでも、それなりに日に焼けて赤らんでいる。
「私は欲深く考えたの。大シマロンは鍵なる人物に、ウィンコットの毒を投入するのに成功したと言った。だったら傀儡となったその鍵を、操る者が必要なのではないかって。そしてもし、彼等がカロリアの残りの戦力分担を、肩代《かたが》わりしてくれたらどうだろうって」
「あんたの国の兵隊が、みんな元気で帰ってくるだろうな」
「そう、そうなのよーだからあなたを……」
 だからおれをシマロン本国へ送ろうとしている。自国の若者を一人でも多く取り戻すために。
 本当はウィンコット家の末裔でも何でもないおれを、勘違《かんちが》いして差しだそうとしているんだ。
「フリン、おれ実は……」
「日本でも、戦国時代なんかはさー」
 足音がなかったので気づかなかった。村田ロビンソン健は釣果《ちょうか》の長靴をぶら下げて、おれたちのすぐそばで近づきつつある西岸を眺めていた。度なし色ありのコンタクトレンズでは、遠くの景色はどう見えるんだろう。
「|矢尻《やじり》に毒を塗《ぬ》ったりしてたらしいね」
 ……え?
「村田、今なんて」
「見えてきたよ、次の停泊《ていはく》所。やっぱり眼鏡がないと駄目《だめ》だなー。荷物っつーより武装兵力がいっぱいいるように見えるよ」
 おれの目は対岸の光景など見ず、おれの耳は|囚人《しゅうじん》達のどよめきなど聞かなかった。頭の中では射られて馬から落ちるギュンターと、火器の爆発で見えなくなるコンラッドの姿が、何度も繰《く》り返し回転した。ギルビットの館にいた大シマロン兵が、装備していたあの火器だ。
 矢尻に毒を。大シマロン兵士が。触れてはならない凶器の箱で、|魔族《まぞく》との戦いにそなえるために。決して誰にも従わない、頑固《がんこ》で強靭《きょうじん》な
「鍵」を操るために。
 狙《ねら》われたのは最初から、魔王としてのおれじゃなかったんだ。
 
 箱の名前は「風の終わり」。この世に、裏切りと死と絶望をもたらすという。
 
 
 
 そう、彼等は箱を捜《さが》していた。
 スヴェレラ国王自らは、箱の意味も力も知らなかったと思われます。
 ですが、権力を得ようとする者にとって、箱は強大な力に思える。富を得ようとする者にとって、箱は莫大《ばくだい》な財に姿を変える。スヴェレラは法石の採掘《さいくつ》を続けるうち、ついにそれを掘《ほ》り当てました。岩層の深く深く、痩《や》せた女か子供しか通れぬような、迷宮にも似た場所でです。
 そしてそのほど近くに、我々魔族の至宝、魔笛も封じられていたのです。奴等が箱を発見し法石|坑《こう》から持ち出した直後、某《それがし》は知己に頼《たの》み込み、ひっそりと気付かれずにいた魔笛を確保いたしました。箱から漏《も》れる力が周囲の|岩盤《がんばん》を、何百年もかけてゆっくりと法石に変えていたのか。それとも魔笛に抗《あらが》った地の要素が、結果的に法石へと性質を変えていたのか。いずれにせよ、両者が消えたことで、なぜか法石は一切出なくなり、スヴェレラの民は職を失いました。
 この世界には決して触《ふ》れてはならないものが四つある。それがいかなる力を封じるために、どのような過程で作られたのか、どれだけ凄惨《せいさん》な歴史をもって先人の意思が守られたのか、人間達は知ろうともいたしません。魔族であればどんな子供でも、あれの恐《おそ》ろしさと|邪悪《じゃあく》さを理解しておりますのに……。
 スヴェレラの王城に箱が持ち込まれたと知って、危険を知る者としてどうにか説き伏《ふ》せて、元の場所に戻させるべく王に会いました。ですが……ご存知でしたか。地の底に埋もれしものの鍵を。箱にはそれぞれの鍵がございます。四種の箱にはそれぞれ正しい鍵があり、似て非なる鍵《もの》で強引に開こうとすれば、|制御《せいぎょ》できず無惨《むざん》なことになるそうです。スヴェレラ王家はそのうちの一種、ある血族の左の眼球を試《ため》しました。
 ……これがそのときの傷でございます。どうやら某《それがし》の左目は、近いとはいえ本来の「鍵」ではなかった様子。図《はか》らずもその場で蓋が開き、厄災《やくさい》の全《すべ》てが奔出《ほんしゅつ》することを思えば、某ごときの少々の傷で済んだことは、むしろ幸いであったかと。
 自らの不甲斐《ふがい》なさを悔《く》い続け投獄《とうごく》の日々を余儀《よぎ》なくされた後に、そこなる娘《むすめ》と知り合いました。帰国を許され殿身の上にて、娘に|徽章《きしょう》を託《ぬく》しました。先代魔王陛下の|摂政《せっしょう》シュトッフェル閣下であれば、娘から徽章を取り上げると予想し、誰かが新たに|諜報《ちょうほう》に赴《おもむ》くことを期待いたしましたが……グレタは未《いま》だに某の徽章を保持しているようですな……しかし、この身は国を追われたも同じ、不確かな情報でお手を煩《わずら》わせるわけには参りませぬ。
 生き長らえ、スヴェレラを脱《ぬ》けた某は、箱の行方《ゆくえ》を追いました。
 ある血族の左眼球という「鍵」を得られなかったスヴェレラは、蓋を開けることなくそれを大国に売り渡したのです。
 間に立ったのはルイ・ビロンなる小物で、某はその男の懐に入り、不器用ながら探りを入れましたが……どうやら売り渡された先が小シマロンだということくらいしか、めぼしい情報は入手できませんでした。
 
 箱の名前は「地の果て」。この世に、裏切りと死と絶望をもたらすという。
 
 
 
「なんだと!? そこまで聞いたフォンヴォルテール|卿《きょう》は、|驚《おどろ》きと怒《いか》りで血の気が引いていた。|握《にぎ》り締《し》めた両|拳《こぶし》が、どんどん冷たくなってゆく。
「シマロンに流れた箱の名は『風の終わり』ではないのか!?」
「いえ、某は確かに……『地の果て』と……」
 主のいない悲しみから、ようやく立ち直ったギュンターが言った。
「落ち着いてください、グウェンダル。シマロンは大小両国で成り立っているのです。かといって決して友好的な関係とは言えません。一方のシマロンが『風の終わり』を手にすれば、他方はよけいに焦《あせ》るはず。後《おく》れて『地の果て』を手に入れたとしても何ら不思議はありません」
 言葉では他人を宥《なだ》めても、自らの頬も|緊張《きんちょう》で血の気が引いている。濡《ぬ》れたままの灰色の長い髪《かみ》が、肩《かた》を外れて胸まで垂れた。
「すると今や、四つのうち既《すで》に二つが、人間達の手に渡ったことになりますね」
「箱は四つあるの?」
 グレタが罪のない質問をし、その場の|誰《だれ》が答えるかで沈黙《ちんもく》が流れた。やがて子供とて遠慮《えんりょ》のないアニシナが、妥協《だきょう》することなく説明する。
「そう、この世界には触れてはならないものが四つあります。蓋を開ければ|凶悪《きょうあく》な力と邪悪な存在が奔出し、山も川も土地も人も牛も薙《な》ぎ払《はら》って滅《ほろ》ぼしてしまう。それは我々が魔族となる前、何千年も昔に封《ふう》じたものです。人間達は制御できると思い上がっているようですが、とても操《あやつ》れるものではありません」
「滅ぼすって、死んじゃうの!?」
「多くの場合はね」
「箱の中には毒女アニシナが入ってるんだーっ!」
 ウィンコットの|末裔《まつえい》、リンジーが激しく泣きだした。わたくしの力でどうにかできるものなら、とフォンカーベルニコフ卿は唇《くちびる》を噛《か》んだ。残る二つの情報も|乏《とぼ》しい。それまで人間達に悪用されれば、眞魔国の存続はおろか、星の大半が生き延びられまい。
「|納得《なっとく》がいかん! 何故《なにゆえ》そのような重要なことを、王周辺の誰かに報告しなかった!? たとえ|帰還《きかん》を許されぬ身とて、いくらでも手段があろうものを」
「閣下……しかし某、最低限の報告はいたしておりました。骨飛族さえ従えぬ旅だったため、やむなく民間の通信業者を使い」
「白鳩《しろはと》飛べ飛べ伝書便か? 貴様からは一度たりとも受けとっていないぞ」
「ですから……フォンシュピッツヴェーグ卿シュトッフエル摂政閣下に。よもやツェツィーリエ陛下が退位されようなどとは、微塵《みじん》も……」
 喉《のど》まで出かかった「役立たずめ」をすんでのところで飲み込み、グウェンダルは乱暴に壁《かべ》を叩《たた》いた。いや、殴《なぐ》った。
「あの男……っ誰か、シュトッフェルを探しだせ! 首に縄《なわ》をつけてでも引きずってこい」
 |緊急《きんきゅう》事態の気配を読みとって、廊下《ろうか》に集まり始めていた兵士達が動き始める。
「ゲーゲンヒューバー、他《ほか》に言い残すことはないか」
「待って待って、それじゃヒューブが死んじゃうみたいだよ」
「某の……左目の件でございますが……」
「ああ、災難だったな。グリーセラの邸《やしき》に良い医者を行かせよう」
 さして同情もない声だが、彼はこれで|精一杯《せいいっぱい》だ。話を切りたがっている。
「いえ、某《それがし》のことではございませぬ。閣下が……閣下こそ、お気をつけなされませ」
「何か含《ふく》みがあるようだな」
 そう言われてすんなりと流すわけにもいくまい。グウェンダルは|両腕《りょううで》を胸の前で組み、未だ立ち上がれぬ従兄弟《いとこ》を見下ろした。
「申し上げましたとおり、箱にはそれぞれの|鍵《かぎ》がございます。人間達はそれを|弁《わきま》えているようでした。鍵でないものでは|影響《えいきょう》はありませぬが、より近く、しかし聞違《まちが》った鍵《もの》を使えば恐ろしいことになる……閣下、お気をつけください。四種の鍵のうち、ひとつはある血族の左目とか。そしてもうひとつは……」
「覚えておこう」
「ちょっと待ってください」
 忠告されている本人よりも、ギュンターが反応した。
「奴等は何故、グリーセラ卿で試《ため》したのでしょうか……いえ、それも疑問のひとつですが……残る三種の鍵というのも、やはり|特殊《とくしゅ》な血族の身体《からだ》の一部ということですか?」
 教育係の疑問をさえぎって、最初に伝言骨飛族を運んできた通訳|兼《けん》衛兵が叫んだ。
「よろしいでしょうかっ!?」
 白骨化した相捧を床《ゆか》に横たえ、細く乾いた手首を摘《つま》んで持ち上げている。脈は、多分ない。
「この骨飛族の兄の妻の従兄弟に、|息子《むすこ》から感応念波が届いたようです!」
 骨飛族の家族関係は、まったくもって判《わか》らない。
「訳せ、ただし、詩はもういい」
「はい……父さん僕は今、陛下の懐《ふところ》にいるわけで……」
 懐!?
「ばふっ」
 真・フォンクライスト卿ギュンター閣下が、|奇天烈《きてれつ》な音で鼻血を吹《ふ》いた。
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