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今日からマ王8-3

时间: 2018-04-29    进入日语论坛
核心提示:     3 ドゥーガルドの高速艇は、三倍のスピードで移動します(当社比)。 鮮《あざ》やかな朱《しゅ》に塗《ぬ》られた
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 ドゥーガルドの高速艇は、三倍のスピードで移動します(当社比)。
 鮮《あざ》やかな朱《しゅ》に塗《ぬ》られた船腹と、第二次中央茶海戦時の敵の血に染まった雄姿《ゆうし》から、人々は畏怖《いふ》をこめて「赤い海星」と呼んでいます。我々ドゥーガルド一族は、代々続く海戦の勇者で、古くは初代ドゥーガルド|卿《きょう》ミンデルが北方|海賊討伐《かいぞくとうばつ》に赴《おもむ》いたことから始まり……。
 と、この先は一族の歴史が長々と続く。
 昇降口《しょうこうぐち》に打ち付けられた金のプレートに小さい文字で刻まれた文章を、おれは指先で辿《たど》って読んだ。国中の書物が|全《すべ》てこうだったらいいのに。
「それにしても、赤い海星って」
「シャアみたいだねー」
「|誰《だれ》よそれ。またドイツの選手?」
 サッカー音痴のコメントに、村田は眉を八の字にして、話にならないとばかりに左手を振った。バカにするなよ、おれだってブンデスリーガとセリエAくらいは知ってるぞ。
 三倍のスピードで海を行くのがどんな体験かというと、ビデオの三倍速モードの映像が、目の前で繰り広げられている感じだ。|凄《すご》い勢いで景色が流れてゆく。海と波と空と雲と鴎《かもめ》と海藻《かいそう》が。大陸の南岸をぐるりと回るので、通常の船なら十五日かかるところだ。しかしそこはさすがに「赤い海星」、わずか五日間で|到着《とうちゃく》するという。
「五日じゃ遅《おそ》い、四日で間に合わせろ!」
 |艦長《かんちょう》のドゥーガルド卿ヒックスニ世はきっぱりと言った。
「無理です」
「……じゃあ五日でいいデす……」
 エンタープライズの危機みたいなことを、一度やってみたかっただけなのに。つまり、艦長このままでは全滅《ぜんめつ》です! 推進装置の修理に何分かかる!? 五時間です! 遅い、三十分で済ませろ! ってやつだ。現実はピカード艦長のようにはいかない。王様とは思えぬ弱腰だ。
 あたふたと準備を調えたおれたちは、翌朝早くにギルビット商港を|出立《しゅったつ》した。
 人目のあるところではマスク着用を|余儀《よぎ》なくされていたおれは、早起きの子供達に見とがめられて、小さな領民達に囲まれてしまった。ここ数日間よい領主を演じようと、積極的に人々に接してきたせいだ。
「ノーマンさまどこへ行っちゃうの?」
「また会えなくなっちゃうの?」
 彼等にしてみれば原因も判らない予期せぬ災害に見舞《みま》われた直後だ。責任者が土地を離《はな》れると知れば、心細いに違いない。しかもカロリアの民《たみ》は、ここ十年ばかりノーマン・ギルビットに会うこともかなわなかったのだ。やっと姿を見せた領主が奥方共々船出となれば、不安はいっそう増すことだろう。おれの服を掴《つか》もうと、寒さで赤くなった細い指を向けるが、途中《とちゅう》で慌《あわ》てて引き戻《もど》す。
 |偉《えら》い人相手に失礼だと、子供なりに|遠慮《えんりょ》しているのだろう。
「行かないでノーマンさまぁ」
「もう帰ってこないなんて言わないよね?」
「|大丈夫《だいじょうぶ》だよ、帰ってくる。きっと帰ってくるからね」
 そう答えつつもおれ自身は複雑な気分だ。
 本物のノーマン・ギルビットは、もう二度とこの土地に戻りはしない。主《あるじ》は冷たい墓の下、あるいは天国で酒池肉林だ。銀の仮面を|被《かぶ》っているのは、幼い頃《ころ》の病で痘痕《あばた》の残る領主ではない。ここから何日も旅をした海の向こうの、|魔族《まぞく》の国の新前魔王なのだ。
 |途端《とたん》におれは自分がひどい|嘘《うそ》つきで、子供達の|純粋《じゅんすい》な心を踏《ふ》みにじっているような気がしてきた。
 きみたちは騙《だま》されてる。騙されてるんだよ。そんな曇《くも》りのない瞳《ひとみ》を向けちゃいけない。目の前にいるのは本物のノーマン・ギルビットじゃないんだって! 子供も母親もその親も、素性《すじょう》も知れない|怪《あや》しい者を、自分達の領主だと信じている。自分達の土地や生活を、見知らぬ相手に任せてしまっているのだ。
「このおにーさんはね」
 タラップを昇《のぼ》りかけていた村田が、半分だけ|身体《からだ》をひねって言った。声が上から降ってくる。
「カロリアの代表として大シマロンと闘《たたか》ってくるんだよ」
「たたかうって、戦争するの?」
「違《ちが》うよ、戦争じゃない。スポーツ……うーん、試合だな。知・速・技・総合競技、勝ち抜き! 天下一|武闘会《ぶとうかい》に出場するんだ。すごいんだぞー。カロリアの名誉《めいよ》にかけて、とか言っちゃうんだ」
 子供はたちまち目を輝《かがや》かせた。
「この国の代表として試合にでるの?」
「ノーマンさまは領主様だから、カロリアで一番強いんだよね」
「そうだね、友達みんなに教えてあげるといいよ。彼が天下一武闘会に出るって」
「いや、ちょっとそんな大げさな」
 これまでの生活の大半を占《し》めていた野球では、公立中学の正|捕手《ほしゅ》にさえなれなかったのに、今は一領土|扱《あつか》いとはいえ、国家の代表として国際大会に出場するなんて。言ってみりゃ県大会も甲子園《こうしえん》もすっ飛ばして、日本代表でオリンピックに行くようなもんだ。そんな出世、地球上ではありえない。
 ああ神様、おれの平凡な人生は、何処《どこ》へと転がっていくのでしょうか。
 魔王の運命を神に尋《たず》ねるのも筋違いか……、
「フリンさまも行っちゃうのー?」
「ええそうよ、カーラ。でも大会が終わったらすぐに帰ってくるわ。さあマガーも、お母さんたちを手伝っていらっしゃい、近いうちにお父さんやお兄さん、男の人達も戻ってくるけれど、それまではあなたたちが力になってあげなくては」
 長い髪《かみ》が地面につくほど身をかがめて、フリンは女の子の頬《ほお》を撫《な》でた。子供達は名残惜《なごりお》しげに振《ふ》り返りながら、列ができはじめた配給場所へと走ってゆく。
「知ってるんだ、名前」
「館《やかた》の近くへよく来る子たちなの。もちろん全員覚えてるわげじゃないけど。でも、覚えられたらいいのにと思う」
「ふーん」
 ちょっとやられた気になって、おれは斜《なな》めに視線を逸《そ》らした。いい領主様だ。|宗主国《そうしゅこく》の法律で女性が長《おさ》になれないのなら、いいお屋形《やかた》様、もしくはいい奥方様だ。
「なあ、こんなこと訊《き》くのもどうかと思うんだけど……ていうか別にそんな深刻な問題でもないんだけどさ」
「なに?」
「……子供好き?」
 フリンは|一瞬《いっしゅん》きょとんとした顔をして、それから大慌てで頭《かぶり》を振った。前髪が|妙《みょう》に浮《う》いている。
「な、何よ、いないわよ!? いないわよ隠《かく》し子《ご》とかはっ」
「違うって、そんなこと訊いてないって。隠し子いたのはおれのほうだし」
「え!? こ、子供がいるの!? ということは|大佐《たいさ》、ご|結婚《けっこん》を?」
「それがさあ、おれ、シングルファーザ……うお!」
 二人のちょうど中間を、見覚えのあるナイフが切り裂《さ》いた。石の剥《は》がれた地面に突《つ》き刺《さ》さる。
「そこの薄汚《うすぎたな》い人間の女!」
「……うす……」
「ぼくの婚約者に手を出すな!」
 麗《うるわ》しき八十二歳の美少年が、青筋立てて見下ろしている。フリンは投げられた|凶器《きょうき》よりも、複雑な魔族関係に|驚《おどろ》いたようだ。おれとヴォルフラムを指差して、口をぱくぱくさせている。
「こ、婚約? え……ということはどちらかが、産《う》ん……」
「わーっ! 頼《たの》むからそこんとこ追及《ついきゅう》しないでくれーっ」
 しかも村田の耳のあるところで!
 金槌《かなづち》のはみ出した箱を持って、友人がのんびりとした笑《え》みで通りかかった。
「なんだ渋谷、高校生のくせに婚約までしてるんだー。それじゃあ同年代の女子に興味がないはずだよ」
「なにー!?」
「まったくねー、なんで年上かロリ系のどっちかにしかときめかないのかと思ったら。へーそう、いつの間にかそんなお年頃《としごろ》に」
 年上といえばヴォルフも|極端《きょくたん》に年上なんですけどね……と、|今更《いまさら》ながら気づいてみたりして。
「ま、待て待て村田、実はこれには複雑な事情が……ていうかいっそ聞かなかったことに」
「なにを仰《おっしゃ》ってるんですか陛下、ヴォルフラム閣下とのご婚約は国中の慶事《けいじ》ですよ」
「くにじゅうー!?」
 通りかかった第三者にとどめを刺されてしまった。ピッカリングヘッドのギュンターの部下だ。何に使うつもりなのか、腕《うで》いっぱいに板切れを抱《かか》えている。
「まさかまさかまさか、ほんとに国中?」
「もちろんです。うちのギュギュギュ閣下なんか嬉しさのあまり、舞い散る羽根の中で泣きながら踊《おど》ってましたよ。七つも|枕《まくら》を引き裂いちゃって」
「陛下、国民の祝日はいつになさいますか」
 あの|真面目《まじめ》そうなサイズモア|艦長《かんちょう》まで。
 知られてる……引き返せないところまで知れ渡《わた》っている。
「うう、ピカスコス……このことはあまり、いや二度と口にしないように」
「ダカスコスです、陛下」
「そうだった、テカスコス。地元では周知の事実かもしれないけど、よその国に来てまで言わないように」
「どうして口止めするんだユーリ! 隠すとためにならないぞ」
 もしかしてお前が自分で触《ふ》れ回ってないか!? その前に|誰《だれ》か思い切り突っ込んでくれ。だっておれたち男同士だろ!?
 フリンとは逆に村田はまったく動揺《どうよう》していない。|親戚《しんせき》にそういうカップルでもいるのだろうか。
「まあ、秘《ひ》めた方が燃えるってこともあるよねー」
「村田……お前って本当は敵? 味方?」
 
 
 
 |高速艇《こうそくてい》が出発する頃には、港にはかなりの人数が押し掛《か》けてきていた。子供達が周囲に触れ回ったらしく、皆《みな》がハンカチやら上着やらを振り回し、口々にノーマン・ギルビットの名を叫《さけ》んでいる。気分が高揚《こうよう》して泣きだす者もいて、壮行会《そうこうかい》がわりの見送りがずっと続いた。
 旅は概《おおむ》ね順調に進んだ。小回り重視の小型船とはいえ、赤い海星には十数人か寝泊《ねと》まりできるだけの設備が整っていた。もっとも基本は戦闘艇《せんとうてい》なので、セミダブルのベッドつきというわけにはいかない。おれたち三人は艦長室を使わせてもらえたが、それでも快適とは言い難《がた》かった。
 必然的に、日のあるうちは|甲板《かんぱん》で過ごし、宵《よい》にはデッキで星空を眺《なが》めることになる。つまり|殆《ほとん》ど一日中、外にいるわけだ。防寒だけはきっちりしておかないと。
 ヨザックは初日から趣味《しゅみ》の日曜大工に精を出し、ダカスコスは耳に筆記用具を挟《はさ》んで塗《ぬ》り絵をしていた。サイズモアは他人の船で|居心地《いごこち》が悪いのか、落ち着きなくうろうろと歩き回っている、フリンだけが船室に閉じこもっていた。復興には程遠《ほどとお》いカロリアを、異国の|救援団《きゅうえんだん》に預けてきたのが不安なのだろう。
 でも、|眞魔《しんま》国からの|捜索《そうさく》隊には、ギーゼラを始め|医療《いりょう》や救護のプロが何人もいる。不慣れな者が指示するよりも、きっとうまく対処してくれるはずだ。フリンにはおれの言葉を信じてもらうしかない。
「そそそそれにしてもさささ寒いねえええ」
「ししししかもしゃしゃしゃ|喋《しゃべ》ろうとすると舌をかかか噛《か》むよなあ」
 三倍のスピードで移動するためには、三倍の|衝撃《しょうげき》も覚悟《かくご》しなければならなかった。風と波を切って突き進む小型船は、マッサージ機能も|充実《じゅうじつ》している。しかも内部は異臭《いしゅう》に満ちていた。機関士によると|魔動《まどう》推進器が絶好調な|証拠《しょうこ》だという。魔力で動くというならば、この硫黄臭《いおうしゅう》は何故《なぜ》ですか。
 さすがにフォンカーベルニコフ卿《きょう》アニシナの自信作。量産型とはひと味もふた味も違う。
「びびび美少年は何してんののの?」
 鬼太郎《きたろう》みたいな呼ばれようだ。
「ヴォルフ? ああああっちでははは吐《は》いてるよ。あいつふふふ船に弱いんだだイテっ」
「かかか彼はじじじ実に|一生《いっしょう》懸命《けんめい》だねえ」
 村田はしっかりと手摺《てす》りにつかまり、真《ま》っ直《す》ぐに海を向いている。かなり色褪《いろあ》せた人工|金髪《きんぱつ》が、寒風になぶられて額を曝《さら》した。カツラーじゃなくて本当によかった。
「ヴォルフがいいい一生懸命? そりゃまた一体ななな何のために」
「きみを良き王にするためだ」
 海原《うなばら》を見ている。
「でもその懸命さが、裏目にでなければいいんだけど」
 それからゆっくりとこちらを見た。コンタクトを外した黒い|瞳《ひとみ》が、軽い|瞬《またた》きを繰《く》り返す。
 おれたちは、同じ色の眼《め》をしている。
「……誰だ?」
 おれは波に背中を向けたまま、後ろ手に柵《さく》を|握《にぎ》っている。腰《こし》の辺りに冷たい棒の感触《かんしょく》があり、それ以上は下がれない。その先は海だ。落ちるしかない。
「お前、本当は誰なんだよ」
「やだなあ渋谷、何いってんだよ。中学でクラスも|一緒《いっしょ》だっただ……」
「違うだろ!?」
 後部デッキから身を乗り出し、ヨザックが鋸《のこぎり》を振《ふ》っている。
「猊下《げいか》ーぁ、こんな感じでどうでしょうかねぇ」
「うん、今みせてもらいに行くから……」
「行くなよっ」
 知っていたはずの友人の腕を掴《つか》む。
 彼の名前は村田|健《けん》。中二中三とクラスが一緒の眼鏡《めがね》くんで、超《ちょう》進学校のエリート高校生。彼女のいない夏休みに別れを告げようと、|親戚《しんせき》経営の海の家でバイト中、だったはず。
 だったはずなのに。
「ゲイカって誰? なんでこの世界に初めて飛ばされたお前が、ヨザックと話が通じてんの!? ヴォルフが直接つっかからないのも、その呼び方と関係あんのか」
 一度口をついてでた疑問は、おれ自身にも堰《せ》き止められない。
「言葉だってそうだ! 少しばっかドイツ語ができるからって、外国に来ていきなりペラペラ喋れるもんか。しかもおれが王とか陛下とか呼ばれてるのを聞いて、どうして不思議に思わないんだよッ」
 村田は……村田健だと思っていた奴《やつ》は、腕を掴まれたまま|黙《だま》っている。五本の指に力が入ると、筋肉が微《かす》かに反応した。
「それに……小シマロンで……あのスタジアムでお前が言ってたのは何、どういうこと? お前はすげえ頭がいいから、国際問題とか社会問題とか言ってたのかもしれないけど。つられてマジ返事しちゃったけど!」
 彼は言った。
 前にも一緒に旅をしたと。乾《かわ》いた土地を転々として、あのときと同じように誰かに追われて。
「……覚えてねーよそんなこと。お前とサボテン見たことなんて一度もないし、太陽とか月とか保護者って、おれは全然、|記憶《きおく》にねえよ!」
「だから言っただろ、渋谷は覚えてないだろうって」
「じゃあ何でお前は知ってんだよ!? 前っていつ? どこの砂漠《さばく》? おれの保護者って誰のことだ!?」
「ウェラー卿だ」
 半ば予想どおりの名前を聞いて、問い返す声が|僅《わず》かに震《ふる》える。
「どうして村田が、コンラッドと会ってるんだよ……」
「直接顔を合わせたわけじゃない。僕もきみもまだヒトの形を成していなかったし、安住の地さえ決まっていなかったんだ」
 トラブルに気付いて走ってきたヨザックが、おれの指にそっと触《さわ》った。
「陛下」
 背中から抱《かか》え込むようにして、相手の腕《うで》から指を外させる。急に全身の力が抜《ぬ》け、抵抗《ていこう》する気も起こらない。不快な脱力感《だつりょくかん》に襲《おそ》われて、おれは後ろに倒《たお》れかかった。すぐに頑丈《がんじょう》な腕が支えてくれる。
「……助けるふりして、おれがこいつに襲いかからないように押さえてんのか」
「違います。陛下がそんなことされるなんて思っちゃいませんって」
「わかんねえよもう。口ではそんなこと言ってたって。村田の……そいつのほうが頭もいいし説得力もあるし……日本人だから眼も髪《かみ》も黒いしな。おれなんかへなちょこで新前で、王としての責任も果たせない|駄目《だめ》な男だよ。こんなやつを王に据《す》えて失敗した、これはやっぱり人選、ミスだった、じゃあもう一人新しいのを選べばいい、そう思ってこいつを連れてきたんじゃないのか? おれは短気で頑固《がんこ》で思いどおりに動かないから、もっと優秀《ゆうしゅう》で才能のある奴を運れてきて、黙って首をすげ替《か》えりゃいいって。それで村田がここにいるんじゃないのか!?」
 もう|誰《だれ》に言われたのかも忘れたようなことを、おれは次々と並べ立てた。視神経の奥が熱く痛くなって、自分の声もひどく遠い。正直、耳鳴りのほうが大きくて、段々と周囲の音が聞こえなくなる。
 一点だった血の染《し》みが広がるみたいに、視界の|全《すべ》てが深紅《しんく》になる。
 自分の意思とはずれた部分で、口だけが言葉を吐き出していた。
「……けど……生憎《あいにく》だったな。そいつだっておれと同じ日本人だし、多分、殆どの部分で人間だよ。あんたらの大好きな|魔族《まぞく》の血なんか、流れてるかどうかも|怪《あや》しいもんだ! 結局おれたちはどっちも魔族�もどき�なんだよ。双黒《そうこく》だか闇《やみ》持つ者だか知らねえけど、|身体《からだ》は汚《けが》らわしい人間の血と肉でできてる。魔王になんか|相応《ふさわ》しくない! 下賎《げせん》な人間の女から生まれてきたんだから……」
 |突然《とつぜん》、左から衝撃がきて、頬《ほお》の内側をいやというほど噛んだ。殴《なぐ》られたのだと気付くまでに、何秒間もかかってしまう。確か以前にもこんなことがあった。そのとき、おれは片道ビンタを食《く》らわせた側で、音も良かったし角度も良かった。
 相手は|呆然《ぼうぜん》とこちらを見つめていて、しばらくは反撃体勢もとれなかったほどだ。
 おれもやっぱり彼と同じように、言葉もなくビンタヒッターを見つめてしまった。
「相手の親を悪く言うのは、最低なんだろう」
「……ヴォルフ」
「お前がぼくに教えたんじゃないか」
 湖底を思わせる翠《みどり》の瞳が、真《ま》っ直《す》ぐにおれを見据えていた。強すぎるハーブに|騙《だま》されたように、鼻の奥と頭が軽く痛む。
「……おれ今、村田に、なに言ってたかな……」
「ぼくがお前の親に対して言ったのと、同様のことを」
 覚えていないわけじゃなかった。でも、あんなこと口にするつもりは毛頭無かった、嘘じゃない。自分は頑固な上に短気で、器《うつわ》も小さい。どの方面でも未熟で不甲斐《ふがい》ない。彼のほうが指導者に相応しいのは明らかだ。
 だからといって魔族の人々が、おれを見捨てるなんて思っていない。
 これまで築いてきた関係が、そんな薄情《はくじょう》なものだとは思わない。
 そうだよな。
「ごめん、村田」
 右手で何かにつかまりながら、おれはどうにか友人と目を合わせた。文字通り顔から火がでそうだ。
「いいって。高校生にもなって、お前のかーちゃんデベソくらいで|怒《おこ》る奴はいないよ」
「え!? こいつは怒ったぞ!?」
 非常に|素早《すばや》い反応で、美少年はおれの胸《むな》ぐらを掴んだ。
「それはもう烈火《れっか》のごとく怒ったぞ。その結果としてぼくへの|劣等感《れっとうかん》と愛情が抑《おさ》えきれなくなったようだが」
「な、なんだなんだ劣等感と愛情っつーのは!? しかも抑えきれなくなったっつーのは!?」
「怒《いか》りの力に後押しされたとはいえ、一気に求婚《きゅうこん》できて良かったな。そうでなければ今頃《いまごろ》は、お前はぼくに片思い中だ。ちなみに」
 おれをひっぱたいた腕を腰《こし》にやり、自信満々でふんぞり返っている。
「古式ゆかしい魔族の作法でいうと、今のは『求婚返し』にあたる」
「きゅーこんがえしーィ?」
 なんですかそれは。春を過ぎて花の終わった球根を翌年に備えて掘《ほ》り起こす作業ですか、それともうちの親父《おやじ》の大好きな三人組アイドルの解散直前ラストシングルですか。
「なんだ渋谷、酒の勢いで告白しちゃったようなもんなの?」
「ちっ、違《ちが》ッ」
「まあそれは結果オーライということで。それよりも地位を惜《お》しむような発言が気になるよ。権力に対する欲がでてきたのかな。でも渋谷は……」
「うわ」
 眼科|検診《けんしん》の最初みたいに、いきなり|瞼《まぶた》を裏返された。
「そういうことにあんまり|執着《しゅうちゃく》するタイプじゃないし」
「また精神|分析《ぶんせき》医みたいなこと言う」
「今まさにこう訊《き》きたいんだろうね。村田、お前って本当は何者?」
 申し訳なさそうな低い調子で、ヨザックが説明しようとする。
「陛下、実はこの方は……」
「悪いけどっ」
 おれは急いで遮《さえぎ》った。
「本人の口から聞きたいんだ」
「だったら、場所を変えてもらわなけりゃならないかも」
 |衝撃《しょうげき》が三回続いてから、船のスピードが急に落ちた。サイズモアが艦橋《かんきょう》から走り出て来て、両手を口に当てて言った。
「どうか|皆様《みなさま》、船室にお入りください! お早く願います!」
 |巨大《きょだい》イカか!? とヴォルフが剣《けん》を抜きかける。どういうわけか喜色満面。
「何かトラブルかな」
「違いますよ陛下。見えますか、ほらあそこ」
 ヨザックの指差す先には、遠く大陸の岩肌《いわはだ》が見える。その手前ではためいていた黄色い布が、少しずつこちらに近づいていた。
「沿岸警備隊です。気にするこたぁありません。こっちは本国から正式に招待されてるわけですから、問題なんかありゃしませんって」
「だったら何でおれたちは引っ込まなきゃなんないの」
 赤い海星はほとんど停止した。
 おれと村田の肩《かた》を押しながら、ヨザックはひどく嬉《うれ》しそうだ。
「こんな海域に派遣《はけん》されてる連中は、気の短い荒《あら》くれどもが多いですからね。お二人に万一のことでもあったら、オレたち眞王《しんおう》陛下に八つ裂《ざ》きにされちまいます。ま、あるったってちょっとした小競《こぜ》り合い程度で、そう厄介《やっかい》なことにはなりませんがね」
 あまり迷惑《めいわく》にならないよう、ここは忠告に従っておこう。キャビンに続くドアを足で押さえつつ、おれはヴォルフラムの袖《そで》を引っ張った。
「ヴォルフ」
「行け」
 彼はゆっくりと首を振《ふ》った。
「ぼくはそっちじゃない」
「え……」
 理由を訊く暇もなく、押し込まれて|扉《とびら》を閉められる。
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