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今日からマ王8-10

时间: 2018-04-29    进入日语论坛
核心提示:     10 競《せ》り合っていた小シマロンチームがいなくなると、羊は一気にスピードを増した。「誰《だれ》が来てるっ!? 
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      10
 
 競《せ》り合っていた小シマロンチームがいなくなると、羊は一気にスピードを増した。
「誰《だれ》が来てるっ!? 追いつかれそうか!?」
 荷台に這《は》いつくばっていた村田が、幌《ほろ》から顔を出して叫ぶ。
「全体的に赤っぽい一団が見える! 追いつかれるかどうかは|微妙《びみょう》だな。ん? あれ馬じゃないよ……わーすげえ、あれ人力だよ人力」
「マッチョ!?」
 マッチョ、マッスル、マッスリャー。名古屋式筋肉三段活用。降りしきる雪の中、十二人の怒《いか》れる筋肉男達が、血管|浮《う》かせて突っ走ってくる。真っ赤に染まった半裸《はんら》の肉体からは、ほんやりと湯気が上がっていた。思わず道を|譲《ゆず》りたくなるような、|鬼気《きき》|迫《せま》る形相だ。
「野蛮《やばん》だな、靴《くつ》くらい履《は》けばいいのに」
「いやヴォルフ、そういうことじゃない、そういうことじゃなくて」
 チーム・マッチョメンも車には橇《そり》を履かせているらしく、泥《どろ》と雪で乱れた水っぽい路面でも比較的《ひかくてき》滑《なめ》らかな進み方だ。こっちが少しでもスピードを緩《ゆる》めれば、追い越《こ》されそうな勢いだ。
「曲がりますよ坊《ぼう》ちゃん[#「ぼっ」のルビ誤植?]方ッ、しっかり掴まってください! 振《ふ》り落とされてから文句言われても、当戦車では|一切《いっさい》関知いたしませんからねッ」
「どこに掴まっ……ぎ、ぎゃ、舌噛《か》ん」
 最終コーナーを猛《もう》スピードで九十度曲がると、後方で車体がちぎれそうに振れた。まさか|家畜《かちく》の牽《ひ》く戦車で、ドリフトを体験するとは思いもしなかった。数百メートルほど先に、スタジアムの巨大な姿が見えてくる。明るい茶色の煉瓦《れんが》で建てられた|壁《かべ》は、遠目では甲子園《こうしえん》にも似て見えた。
 ゴール間近ということは、沿道の人々の興奮で判った。東ニルゾンに上陸したとき同様に、小指を立てては瞬んでいる。道路に飛び出さないようにと、母親に肩を掴まれた子供達が、黄色い旗をしきりと振っていた。
「嬉《うれ》しいねえ。マラソン選手にでもなったみたいな気分だよ」
「ユーリ、まさかこれが|歓迎《かんげい》や|激励《げきれい》だと|勘違《かんちが》いしている……はずはないな。いくらへなちょこで世間知らずのお前でも」
「え?」
 ヴォルフラムが冷静な口調で言うと同時に、おれの頬《ほお》の横を白い球体が掠《かす》めた。幌の内側に当たって割れる。薄《うす》黄色い半透明《はんとうめい》の液体が、どろりと床《ゆか》に流れ落ちた。
 腐《くさ》った卵だ。
「|嘘《うそ》だろ、なんでこんな嫌《いや》がらせされんのよ。|普通《ふつう》なら敵国でも応援《おうえん》するだろ?」
「忘れるな。ここは|眞魔《しんま》国じゃない、シマロンだ。しかも王都ランベールだぞ。こいつらは大シマロンと小シマロンでの決勝戦が観《み》たいんだ。それ以外の出場者なんぞどうでもいい」
「ていうかまあ、むしろ|邪魔《じゃま》ってとこだね」
 生ゴミの臭《にお》いをついつい嗅《か》いでしまってから、村田は鼻の前で右手を振った。
「何かの間違いで他の地域が勝ち上がってきたら、徹底《てってい》的に叩《たた》きのめされるのを望んでるんだ。渋谷、ここはアウェーなんだよ。野球でいったらビジターなんだって」
「……ビジターでも敵の攻撃中は静かに見守るさ。パ・リーグならね。それが応援マナーってもんだろ?」
「やーれやれ。渋谷、きみはスポーツマンシップに則《のつと》りすぎ」
「スポーツマンからスポーツマンシップを取ったら、ただの|野獣《やじゅう》になっちゃうじゃん」
「野獣も最近は可愛《かわい》いよー? バラエティーばんばん出ちゃってさ」
「それで坊ちゃんたち、結論はでましたかっ!? 優勝しちゃっていいのか|駄目《だめ》なのか」
「するさ!」
 そのために来たんだ。ヨザックは|了解《りょうかい》のしるしに、|御者台《ぎょしゃだい》の脇《わき》で鞭《むち》をならした。Tぞうが|素早《すばや》く反応して、チームメイトを短く|一喝《いっかつ》する。
「ンモウっ」
 ちょっとお袋さんみたいだ。
 走れシツジ、シツジは走った。今度はちょっと太宰治《だざいおさむ》みたいだ。
 最後の直線を走りきると、そこに石造りのゲートがあった。一面茶色の煉瓦|壁《へき》の中央に、ぽっかりと半|楕円《だえん》の口を開けている。この頃《ころ》には投げつけられる物もバラエティーに富んできていて、おれたちは卵や果物以外にも、海草や熟したトマトも避《よ》けなくてはならなかった。
「ああ思いだすなあ、トマト投げ祭り。五代前の所有者はスペインのパン職人でさー」
「ムラケンさんちのおじーちゃん、こんなときに昔語りは|勘弁《かんべん》してくだサイ」
 Tぞうとメリーちゃんの羊達は、全速力でゲートに駆け込んだ。不意に地面の雪が消え、橇が石畳《いしだたみ》で音を立てる。羊は急には止まれないの標語どおりに、勢い余って薄暗い通路を突《つ》き進んでしまう。やっとブレーキが効いたときには、人々の|怒声《どせい》も遠くなっていた。
 太く重い柵《さく》が降りてきて、ゲートを完全に封《ふうさ》鎖した。追い縋《すが》ってきたチーム・マッチョメンが、|鈍《にぶ》い音と共に|激突《げきとつ》する。
「ナイスマッチョ! でも痛そ」
「同情している場合じゃないよ。相手は待ってはくれないらしい」
「え、でももうおれたちが一位でゴールインしたんだからさ……」
 ふと見下ろすと「軽くて夢みたーい」号の周囲は、十人以上の大シマロン兵で取り囲まれていた。厳しい天候にもかかわらず、髪《かみ》の毛は全員ふわふわだ。嫌々ながら順位を告げる。
「貴様等は速部門で優勝し決勝戦に進む権利を得た。降りろ、そしてきりきり立ちませい!」
「怒鳴らなくても降りるって。ちぇ、なんだよ|審判《しんぱん》、横暴だな。それが勝者に対する態度かよ。国際審判連盟に|抗議《こうぎ》するぞ」
「やめときな。現地ボランティアの皆《みな》さんかもしれないから」
 屋根の下に入って雪が当たらなくなった|途端《とたん》に、不快感が戻《もど》ってきた。風邪《かぜ》の引き始めに似た感覚。早めに葛根湯《かっこんとう》を飲んどかないと、今晩あたり熱に悩《なや》まされそうだ。寒空のほうが調子がいいなんて、おれの前世はシロクマかペンギンだろうか。
「……なんか、おれ、もしかして羊酔いしちゃったかもよ……」
「なに、言って、るんだ、すぐに、決勝、だぞ」
 自分も頭を揺《ゆ》らしながら、ヴォルフラムが立ち上がる。絶好調とはいい難《がた》い。
「え、ちょっとくらい休ませてもらえねーの? だって今着いたばっかなんだぞ? トライアスロンじゃないんだからさぁ。会場で待ってただけの地元チームはいいかもしんないけど、こっちは何泊《なんぱく》も野宿してんだから。いい加減、疲労《ひろう》もピークだろ」
「それが狙《ねら》いなんですよ」
 先頭をきって御者台から飛び降りたヨザックが、おれに右手を差しだした。そんなに具合が悪そうに見えるのだろうか。
「間違ってもオレたちに勝たせるわけにはいきませんからね。少しでもこちらを不利にして、確実に叩きのめさないと。なにしろ|占領地《せんりょうち》に優勝されたひにゃ、どんなことを要求されるか判《わか》ったもんじゃないし」
 おれたちの願いは一つだけだ。
 ハコカエセ、ハコモドセ!
 カロリア代表からそんな要望がだされるとは、大シマロンも思いもしないだろう。
「早くしろ! 知・速部門の首位が|到着《とうちゃく》したことは既《すで》に会場に伝わっているんだ。長くかかれば二万もの客が暴動を起こしかね……いや、陛下をお待たせするわけにいかんだろうが!」
 黄と茶の制服組のうち、リーダー格の男が声を荒《あら》げる。陛下というのはおれではなく、この国の|偉《えら》い人のことだ。村田が|僅《わず》かに|眉《まゆ》を顰《ひそ》め、彼等に聞こえないように鼻を鳴らした。
 それにしても二万以上の観衆とは、平日の西武ドームより賑《にぎ》やかそうだ。果たしてあんなざわめきと視線の中で、緊張《きんちょう》せずに闘《たたか》えるだろうか。
 軽く痛む関節をさすりながら、窓のない通路を急《せ》かされて進む。ここはいわゆるバックステージで、選手用の控《ひか》え室らしき|扉《とびら》があった。横三列の若造達を前に行かせ、ヨザックは背後から目を光らせている。安全面を考えれば、サイズモア班の到着を待ちたいところだ。だが併走《へいそう》していたとはいえ、コースはおれたちと全く違う。到着時間の予測もできないので、結果的に護衛は一人となり、ヨザックの負担は増えている。
 選手通用ゲートに近づくにつれ、場内の|熱狂《ねっきょう》が大きくなった。頭上も客席になっているのか、怒声が|振動《しんどう》となって|天井《てんじょう》を這《は》う。姿を現さないおれたちに焦《じ》れて、人々が足を踏《ふ》みならす。決まったリズムで壁が揺れ、足の裏まで痺《しび》れてきた。
 ロッカールームはメジャー風のオープンタイプで、扉もなければ仕切もない。中央に置かれた長いテーブルには、|物騒《ぶっそう》な物がずらりと並べられていた。
「まずい、早いとこ着替《きが》えないと……腹筋の割れ具合にいまいち自信がないんだけどさ、この際そんなこと言っちゃいられねーよな」
 潔《いさぎよ》くボタンを外すおれを見て、何故《なぜ》かシマロン兵が|大慌《おおあわ》てだ。
「待て選手、いきなりなんということを!」
「え、だってどうせ客も審判も男だけなんだろ? だったら恥ずかしがってうじうじしてもしゃーないじゃん。野郎《やろう》どもが全裸《ぜんら》で競い合うのがルールなら……」
「|馬鹿《ばか》なことを言うな! 陛下の御前《ごぜん》だぞ!?」
「渋谷ぁ、古代オリンピックじゃないんだからさ」
「これだからお前は慎《つつし》みがないというんだ」
 村田が|呆《あき》れて眉を下げた。ヴォルフラムはいつもどおりに|憤慨《ふんがい》して、おれのボタンを|全《すべ》て填《は》めた。
「いいか。|魔族《まぞく》の貴人たる者が、人前でそうそう肌《はだ》をさらすな。脱ぐのはいざというときだけだ!」
「いざ、ってお前……。それにしてもなんだよ、同性相手にセクハラでもないだろうにな。だったらユニフォームかグラウンドコートよこせってんだ」
 仮にも地域の代表選手として、スタジアムに堂々の入場をするのだ。防寒に着ぶくれた私服姿では、ファンの皆様に顔向けができない。カロリア応援《おうえん》団がいるかどうかは|怪《あや》しいものだが。
「服はそのままでいい! それよりも早く、武器を選べ」
 係員役のシマロン兵は、中央に並べられた|凶器《きょうき》の山を指した。|眩《まぶ》しいほどに焚《た》かれた|松明《たいまつ》の炎《ほのお》で、どれも銅色に光っている。
「ぼくには自分の剣《けん》がある。敵国の武具など使えるか」
「そうはいかん、規定に則ってだな……」
「おいおい、まさか」
 |恐《おそ》らくこの場で最も腕《うで》の立つ男が、斧《おの》を手にして冷たい口調で言った。
「劣《おと》ったエモノをあてがって、さっくり負けさせようって|魂胆《こんたん》じゃないでしょーねーェ?」
 兵士達の顔色が変わる。
「口のききかたに気をつけろ! 下等な占領民どもめ。ろくな道具も持てぬだろう下々の民《たみ》へと、陛下のご厚情で|揃《そろ》えられた物だぞ。いずれも我が国の名工が|鍛《きた》えた最高級の逸品《いっぴん》……」
「そんなご|自慢《じまん》の品でもないけどね。ま、平均点ってとこですか」
 刃《やいば》を光に翳《かざ》していたヨザックが、相手の言葉を遮《さえぎ》った。長く重そうな鋼《はがね》の斧を、頭上で何度か回してみせる。近くにいた兵士が慌てて身を引いた。
 村田はというと、自分は数に入らないにもかかわらず、一振《ひとふ》り一振り手にとって検分している。
「規定があるなら仕方がないよ。こんなとこで無意味にいちゃもんつけて、失格にでもされたら元も子もない。サイズも種類も一通り揃ってるみたいだし、ここから選んでもいいんじゃないの。どれ使う? 渋谷。残念だけど銃《じゅう》はない。せっかくガン=カタ教えてやろうと思ったのになー」
「それはまた……新しいガンダムですカ」
 武器なんてろくに持ったことはない。だからといって格闘《かくとう》系キャラでもないから、|拳《こぶし》や|膝《ひざ》の鍛錬《たんれん》も怠《おこた》っている。
 ヴォルフラムとの決闘|騒《さわ》ぎのときだって、軽くて扱《あつか》いやすい物をコンラッドが選んでくれたのだ。あとは花の出る仕込《しこ》み杖《づえ》だったり、持ち主によって態度を変える|魔剣《まけん》だったり。まっとうな武器にはとんと縁《えん》がない。
 その件に関しては二万四千日あまりの長《ちょう》がある三男が、おれの二の腕をさすりながら言った。
「まあまあの筋肉だな。弓はどうだ? 走る者を狙って刺《さ》すのが得意だって以前言ってなかったか?」
「ランナーを刺すのとはわけが違うよ。あれは走者を狙うんじゃなくて、ベースカバーのグラブ目がけて投げるんだから」
 会場係の兵士が、弓は禁止だと騒いでいる。なるほど、御前《ごぜん》試合で飛び道具使用を許可すれば、王様を狙う狼藉者《ろうぜきもの》が現れるかもしれない。
「じゃあ|槍《やり》はどうだ。構えてみろ」
 鈍《にぶ》く光る鉄の棒を渡《わた》される。片手で扱える重さではなかったので、柄《え》の後方を右肩《みぎかた》に載《の》せた。連れ三人が同時に、落胆《らくたん》の溜《た》め息。
「ちょっと畑で一仕事、って感じだな」
 銃刀法をぎちんと守ってきたので、使い慣れた武器などあるわけがない。こんなことになるなら野球|三昧《ざんまい》ではなく、剣道部か弓道部に入っておくべきだった。それが無理なら槍部《やりぶ》か杖部《つえぶ》か、木こり部か……鎖鎌《くさりがま》部なんかも面白《おもしろ》そうだ。並んだ道具のグリップを順番に握《にぎ》ってみる。ヴォルフラムが細身の剣を抜《ぬ》いてみせた。
「長さからしてこれでいいだろう。どのみちユーリは戦う必要はない。頭数を合わせるためにいるようなものだからな」
「あ、そうなの」
「当たり前だ。お前に戦闘|行為《こうい》をさせるくらいなら、骨飛族に剣を持たせるほうがずっとましだ。危なっかしくてとても見ていられない! 先に二勝すればいいだけの話なんだから、ぼくが二人分勝ち抜いてやる」
 彼の後ろでヨザックが、おどけた顔で頼《たの》もしいお言葉—と口だけを動かしていた。王子様の自信を少し分けて欲しい。
「あれ」
 握り慣れたグリップに巡《めぐ》り会って、おれは思わず|歓声《かんせい》をあげた。
「これどうだろ、これならいけそう! ちょっと奥さん聞いてくださいよ、これ金属バットと|殆《ほとん》ど同じなんですけどッ」
 もちろん重量は木製のバットどころか、マスコットバットよりもあるくらいだ。だがこの持ち慣れた太さと冷たさには抗《あらが》いがたい魅力《みりょく》がある。
「陛下それは……いかがなもんですかねえ」
 しかしヴォルフラムもヨザックも、ヴィジュアル的に問題ありと言いたげだ。
「大きな声では言わないが、仮にもお前は魔王だぞ。高貫なる者の武器が|棍棒《こんぼう》というのはどういう趣味《しゅみ》だ!? 歴代魔王に申し訳がたたない!」
 梶棒というより金棒だ。しかも表面にはイボイボつき。毎年節分の季節になると、鬼《おに》とセットで見られるやつだ。でも両手で握って前に翳《かざ》してみても、オープンスタンスで構えてみてもしっくりくる。試《ため》しに素振《すぶ》りをしてみたが、すっぽ抜けることもない。
「うん、いい感じだよ。見た目はこの際、二の次ってことで。日々の特訓に使いたい」
 他《ほか》の二人が渋《しぶ》い顔なのに対し、村田だけが含《ふく》み笑いで楽しそうだ。
「いいんじゃないのー? 舟《ふね》の櫂《かい》で宿敵破った剣豪《けんごう》もいるし。何か奇跡《きせき》が起こるかも」
「奇跡! 起きてくれ。相当なミラクルに頼《たよ》らないと、正直勝てる気がしない」
 やきもきしっぱなしの兵士に急《せ》かされて、おれたちは入場ゲートに向かった。|滑《すべ》りやすい石の階段を登り、両開きの分厚い扉《とびら》に立つ。冷たい鉄の中央を思い切り押すと、隙間《すきま》から場内の熱さが|雪崩《なだ》れ込んできた。
「うお」
 慌てて背中で閉じる。
「どうしたユーリ?」
「ご、五万だ」
 やばい。平日の西武ドームどころじゃない。人数も熱狂ぶりも敵愾心《てきがいしん》も、首位決戦の福岡ドーム並みだ。しかも全員むさ苦しい男。野次にも威力がありそうだ。
「……控《ひか》え室でもう一度、作戦会議を」
「何をいってるんだ、怖《お》じ気づいている|暇《ひま》はないぞ」
「|大丈夫《だいじょうぶ》だよ渋谷、客なんかジャガイモだと思えば」
「ジャガイモはあんな声ださねぇよ!」
「じゃあ陛下、モモミミドクウサギだと思やぁいいんですって。奴等《やつら》の鳴き声は破壊《はかい》的」
 腰を振っているピンクのウサギの姿が、やたらと目の前をちらついた。
 |両脇《りょうわき》から魔族二人に抱《かか》えられて、おれはドアの前に連行された。村田が扉を開け放つ。
 鼓膜《こまく》が破れるかという音量と、数え切れない橙《だいだい》の光。至る所で松明が焚かれ、場内を昼間の如《ごと》く照らしている。時間的にはもうすっかり夜なのだと、そのとき初めて気が付いた。
 入り口に続くブースに一歩|踏《ふ》み出した|途端《とたん》、熱い視線と冷たい空気に取り囲まれた。球場のベンチと同様に引っ込んでいる場所だから、客席からはあまり見えないはずだ。なのにこんな奥にまで、人々の目は敵を探して這《は》ってくる。
「渋谷、マスク」
 ゴーグルだけを|素早《すばや》く取り、キャップの上から銀に|輝《かがや》く仮面を|被《かぶ》る。三人一組の選手団のうち、一人は出場地域|籍《せき》でなくてはならない。そうだ、此処《ここ》でのおれは渋谷有利ではなく、カロリアの領主にして代表選手のノーマン・ギルビットだ。
「寒いと思ったらドームじゃなかったんだな」
 スタジアムには屋根がなかった。炎《ほのお》の届かない上空から、白いものが絶え間なく落ちてくる。もっとも闘技場に屋根というのも、激しく不似合いな気はするが。
 観客の熱でも雪は融《と》かせないのか、グラウンドにもかなり積もっている。
 おれは天の暗い場所を見上げた。
 星が倍になったみたいだった。
「不思議だなぁ」
「んー?」
「雪に当たると風邪《かぜ》がよくなる気がするよ……そんなはずないのにな。寒風に当たったほうが調子いいなんて、悪くなりこそすれ、治るはずがないのにさ」
 今まで悩《なや》まされていた後頭部の痛み、動悸《どうき》息切れ、吐《は》き気、悪寒《おかん》、関節痛、そういう鬱陶《うっとう》しい症状が、嘘みたいに引いてゆく。
「やっぱおれ、前世はシロクマかな。白い獅子《しし》じゃなくて非常に残念」
「雪はどこの国にも平等だから」
 意味深そうなことを|呟《つぶや》いて、村田はおれの背に手を置いた。
「この雪には法術に従う属性がない。異なる大陸からずっと旅をしてきた雲だから、どの土地に降っても中立なんだ」
「……なにそれ、どういうこと?」
「ま、きみは犬型ってことかな」
 炬燵《こたつ》で丸くなるよりは、喜び庭|駆《か》け回るタイプってことか。
 コロシアムは陸上競技場と同様に、|巨大《きょだい》な橋円《だえん》になっていた。ぐるりと一周|急斜面《きゅうしゃめん》の観客席があり、恐《おそ》らく北と思われる方向には同系色の建物が隣接《りんせつ》していた。管理事務所にしては立派すぎる。
「ホテルかな、ディズニーシーみたいに」
「さあ。神殿《しんでん》かもしれないよ? 戦士達の荒《あら》ぶる|魂《たましい》を神に|捧《ささ》げるって意味でさ」
 死ぬのかよ!? |縁起《えんぎ》でもない!
 ちょうど真正面、つまりどこよりも遠い場所に、ホームチームのためのダグアウトがある。薄暗《うすぐら》いベンチにはまだ人影《ひとかげ》がなく、対戦相手の体格さえ確認《かくにん》できない。
「ちぇ、おれたちはあんなに急かされたのに、あっちは優雅《ゆうが》に|遅《おく》れて登場か」
「待たされすぎて苛《いら》ついて、うっかり小次郎《こじろう》にならないようにしないとねー」
 うっかり小次郎……大河ドラマというよりは水戸黄門《みとこうもん》に出演してそうだ。
 おれたちを誘導《ゆうどう》してきた係員が、右手を上げて会話を制した。|妙《みょう》に神妙な面持《おもも》ちだ。
「静かに! 陛下のお出ましである」
 スタンドの客の七割くらいが|一斉《いっせい》に立ち上がり、北に向かって姿勢を正す。例の建物の屋上から、|煌《きら》めく箱がしずしずと降りてきた。管弦《かんげん》楽団が演奏を始め、場内はオトコゴエ合唱に満たされる。だが耳を凝《こ》らすと歌っているのは北側スタンドだけで、他《ほか》の連中は私語を慎《つつし》んでいるだけだった。どこの球場も同じようなものだ。
 村田が短く囁《ささや》いた。
「真の脅威はこの国じゃないかもしれないな」
 聞き取ろうとそばだてた耳は、兵士の漏《も》らした呟きを拾った。
「|殿下《でんか》……?」
 黄金《おうごん》のゴンドラで降りてきたのは、王様ではなく王子様だったらしい。多忙《たぼう》な親の代理だろうか、もしかして陛下がご病気だとか。大陸の半分を掌握《しょうあく》する大国といえど、悩みは抱えているらしい。
 遠くて顔立ちは判《わか》らないが、王子様の|素晴《すば》らしき衣装《いしょう》は堪能《たんのう》できた。
「こ……小林幸子《こばやしさちこ》……」
 もしくは美川憲一《みかわけんいち》。
 まさかこんな遠い異国で、紅白歌合戦が見られようとは思わなかった。白と黄と黄金の長い羽根が、殿下の全身を飾《かざ》っている。まるで人間サイズのダチョウ祭り。あまりの悪趣《あくしゅ》……派手さに目を奪《うば》われたままだ。ゴンドラはナンニャラ殿下を天覧席に残すと、来たときの数倍の速さで去っていった。
「あーあ、ゴンドラが飛んでいくよ」
「サイモン・アンド・ガーファンクルだねー」
「もうお前が何歳かは訊《き》かないことにした」
 我ながら賢明《けんめい》な判断だ。
 最低限のセレモニーが終わった頃《ころ》に、敵方にようやく動きがあった。|松明《たいまつ》に照らされた手前の試合場に比べ、向こうのベンチはずっと暗い。そのせいで容貌《ようぼう》も性別も見えないが、背格好だけは見当がつく。
 三人とも背が高い。三人とも|肩幅《かたはば》が広い。三人とも脚《あし》が長い。三人とも理想的なスポーツマン体型。
「ううちくしょー、どうせ三人とも男前なんだろうさ」
「なんでそんなことで泣くんだよ」
「まず間違《まちが》いなく顔ではこちらが勝っているぞ。グリエの件は差し引いて」
「あら失礼ね閣下、乳に関しては負けてないわよぉ」
「ああーなんかイロモノトリオな気がしてきたー」
 |劣等感《れっとうかん》てんこもりだ。試合開始前から心理戦で負けている。
 真っ白な雪を踏みしめて、|審判《しんぱん》らしき男が二人、中央に歩み出てきた。どちらも茶色の|綺麗《きれい》な髪《かみ》をしている。典型的なシマロン兵だ。おれたちに向かって指を一本立ててみせる、第一試合開始の合図だろうか。
「そうだ、順番決めねーと。|誰《だれ》が行く? おれとしてはまず弱い奴《やつ》から当たって、相手を疲《つか》れさせる作戦もアリかと」
「お前は最後だ」
「陛下は最後です」
 音は違えどまったく同じ意味。
 村田が脳天気な例をあげた。
「ほら渋谷、スポーツ漫画《まんが》でよく読むじゃん。柔道《じゅうどう》とか剣道《けんどう》で、弱い|先輩《せんぱい》はとりあえず大将に据《す》えとけっていう。前の強いやつがさっさと勝ち抜《ぬ》いちゃえば、大将戦までもつれずに済む」
「おれがワーストだってのは、もう決定|事項《じこう》なわけね……」
「当然だ」
 周知の事実だとしても、もう少し|優《やさ》しく言ってくれてもよさそうなものだ。王様に対するこの扱《あつか》い。|魔族《まぞく》は本当に合理主義だ。
「向こうの実力を計る意味でも、ここはオレが適任で……」
「ぼくが行く」
 断言されて、皆黙《みなだま》った。
「万に一つでもぼくがしくじったら、次がグリエだ。ユーリまでは回さない」
「……いいでしょう」
 ヨザックが薄く笑って|頷《うなず》いた。おれの意見など求められもしない。けれど自分が蚊帳《かや》の外だったことよりも、ヴォルフラムの言葉のほうが気にかかった。
 万に一つでもしくじったら。
 敗北の可能性を考えるなんて、これまでの彼からは想像もできない。かといって眼前の敵に怯《おび》えるわけでもなく、いつもどおりに自信満々だ。|傲慢《ごうまん》不敵な三男|坊《ぼう》に、誰が|謙虚《けんきょ》さを教えたのだろう。
「ヴォルフ」
 おれは|壁《かべ》に立て掛《か》けてあった剣を掴《つか》んだ。彼の選んだ武器は見た目よりもずっと重く、柄《つか》も太くて|握《にぎ》りにくい。
「おや、王自らが」
「茶化すなよ。こんな重くて|大丈夫《だいじょうぶ》なのか?」
「重い? 自分のものに一番近い型を選んだつもりだが」
 おれの手から|慎重《しんちょう》に受け取ると、フォンビーレフェルト|卿《きょう》は銀に|輝《かがや》く剣を抜き放った。左手に残った飾り気のない茶色の鞘《さや》を、躊躇《ちゅうちょ》なくおれの胸に押しつける。
「これは陛下に」
「なん……」
「気にするな。単なる気合いの問題だ」
 雪のグラウンドに出るために、片足を軽く段にかけた。ざわめきがすぐに|歓声《かんせい》の渦《うず》となり、ボルテージが一気に|上昇《じょうしょう》する。敵方の先鋒《せんぽう》も姿を現した。遠目で美醜《びしゅう》は判らないが、やはり片足を段にかけたまま、口に何かをくわえている。
「ありゃ、髪を後ろで縛《しば》ってるよ。ラーメン屋でよく見る光景だよねー」
 村田は長閑《のどか》な感想を述べているが、おれはそんなに|悠長《ゆうちょう》ではいられない。男は黄色と茶色の軍服姿で、ごく|普通《ふつう》のシマロン兵という出《い》で立ちだ。だが問題は股《もも》の脇《わき》、両側に帯びている特殊《とくしゅ》な刀だ。
「二刀流だ!」
 弧《こ》を描《えが》く独特の形をしている。長さも殆《ほとん》ど同じに見えた。渡《わた》された鞘を胸に抱《かか》えたままで、おれはヴォルフラムの袖《そで》を引っ張った。声は見事に裏返っている。
「まずいぞ武蔵だ、武蔵だよ! 敵は日本放送協会を味方につけてるぞ!?」
「何の話だ」
「なあやっぱヨザック先のほうが良くないか? だってあっち二刀流で強そうだしっ、お前はそのー……二度、おれとさ……引き分けちゃっているわけだし」
 またその話かと言いたげに、|眉《まゆ》を顰《ひそ》めて顎《あご》を上げた。
「お前とああいう勝負をしているから、ぼくの腕《うで》に不安があるというんだな」
「いやそういうっ、そういうわけじゃ……」
「ぼくがあのとき、まったく手加減をしなかったと思っているのか?」
「う」
 それは本人にしか判らないことだ。確かに、おれは初心者だし、当時は非常に|珍《めずら》しい双黒《そうこく》の人間だった、怪我《けが》をさせたら大事になるから、手心を加えてくれたのかもしれない。
「教えてやる」
 彼は翠《みどり》の瞳《ひとみ》を|僅《わず》かに細めた。美少年らしからぬ笑《え》みを見せる。
「手加減はしていなかった。あれは確かにお前の勝ちだ。実戦で使うような効果的で汚《きたな》い技《わざ》は、敢《あ》えて自粛《じしゅく》していたつもりだが。心配するな、もちろん今はそんな親切なことをする気はない。相手に敬意を表する理由など、どこにも見あたらないからな」
 顔を近づけてそれだけ告げ、ヴォルフラムはこちらに背中を向けた。おれはというといきなり「勝ち」を認められて、不意打ちをくらったような気分だ。
「……なんだよ……なんだよ急に」
「置けば? それ」
 村田が鞘を指差している。
「言ったろ? フォンビーレフェルト卿は弱くなんかないって」
「でも敵は二刀流だぞ!? やっぱ心配だよ」
「バットを二本持ったからって、必ずしもホームラン打てるわけじゃないだろ。数撃《かずう》ちゃ当たるのは飛び道具の場合。少しは彼を信頼《しんらい》しなって。それより鞘、置いたらいいのに」
「……いや、いいよ」
 預かり物を地面に下ろす気にもなれず、おれは|呆然《ぼうぜん》とヴォルフラムの背中を見送った。向こうのベンチから出てきた大シマロン兵も、殆ど同時にスタジアムの中央に達する。ふと誰かの視線に曝《さら》されたような気がして、皮膚《ひふ》の神経が|緊張《きんちょう》した。
 北側スタンドのどこかから、敵対心のない温かい眼《め》を感じる。
「気のせいかな。なんか知ってる人のような。客の中に友達がいるわけねーし」
「きみかフォンビーレフェルト卿にときめいてる若くて可愛《かわい》いシマロンの乙女《おとめ》がいるんじゃないの?」
「だったら嬉《うれ》しいねえ。でもフリンが言ってたろ、テンカブは女人《にょにん》禁制」
「あ、そうか。じゃあ|渋《しぶ》くて厳《いか》ついシマロン男かな」
「嬉しくねえよ」
 花束抱えた長髪マッスルを想像して、頭の中がプロレス中継になってしまった。
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