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今日からマ王8-11

时间: 2018-04-29    进入日语论坛
核心提示:     11 |怪《あや》しい探検隊、シマロンを行く。「怪しいというより|胡散《うさん》臭《くさ》いですよね、自分ら」「
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      11
 
 |怪《あや》しい探検隊、シマロンを行く。
「怪しいというより|胡散《うさん》臭《くさ》いですよね、自分ら」
「むう……海の勇者、海戦の闘将《とうしょう》、海坊主《うみぼうず》恐《おそ》るべしとまで呼ばれたこの私が、こんな異国の陸上で、こそ泥行為《どろこうい》とは。とほほー」
「何言ってんスかサイズモア|艦長《かんちょう》。こそ泥じゃなくて|潜入《せんにゅう》工作ですよ、潜入工作。|綺麗《きれい》で立派な任務じゃないですかぁ。自分なんか昔は赤い|悪魔《あくま》の実験台までやってたんですよ、魔族も落ちるところまで落ちれば、大抵《たいてい》のことは平気になっちゃうもんスよう」
 先頭を歩いていた銀の髪《かみ》の女が、ダカスコスとサイズモアを振《ふ》り返る。
「しっ! 見回りよ。いい? いくわよ。声を合わせて」
 |怒《おこ》ったような顔の巡回《じゅんかい》兵士とすれ違《ちが》う。
「毎度ー、飲物屋でーす! 貴賓室《きひんしつ》のお客様に、冷たい飲物をお届けに参りまーす」
 彼等は薄緑《うすみどり》の布で覆《おお》われた箱を持ち、大シマロン王都ランベールの神殿《しんでん》を歩いていた。|隣接《りんせつ》した|巨大《きょだい》な闘技場では、今まさに知・速・技・総合競技、勝ち抜《ぬ》き! 天下一|武闘会《ぶとうかい》の最終部門、つまり決勝戦が行われている。|熱狂《ねっきょう》する観客の|叫《さけ》び声は、煉瓦《れんが》造りの建物の中まで届いていた。
「……よかった、怪しまれなかったみたいだわ。大きさが保冷箱と同じなのね、きっと」
 箱は小型の棺桶《かんおけ》程度。男二人で|充分《じゅうぶん》運べる大きさだ。調べられたときの対策として、中には本当に葡萄酒《ぶどうしゅ》の瓶《びん》が詰《つ》めてある。高級な物から庶民《しょみん》の手軽な嗜好品《しこうひん》まで、金に糸目をつけない作戦だ。
「それにしても私とダカスコスはともかく、フリン殿《どの》まで飲物屋に化けさせてしまうなんて。カロリアの奥方様ともあろうお方に、こんな作業衣を着させて申し訳ない」
「いいのよ。船に居ろって言われたのに、無理やりついてきたんですもの。それに私は元々貴族のお姫《ひめ》様じゃないわ。平原組のじゃじゃ羊|娘《むすめ》だったのだから、裾《すそ》を踏《ふ》みそうな豪華《ごうか》な服よりも、こちらのほうがずっと動きやすい」
 フリン・ギルビットが兵隊養成組織・平原組のお嬢《じょう》さんだったお陰《かげ》で、神殿への潜入はかなり容易に果たされた。大陸全土に広がる兵士の中には、平原組で鍛《きた》えられた者達が大勢いる。この建造物の衛兵も例外ではなく、アフロに育てられた中年兵士だった。
 飲料配達業にまで身をやつしたフリンを見ると、何の疑いもなく通してくれた。泥団子スープの|涙《なみだ》の味を|一瞬《いっしゅん》にして思い出したのだろう。
「それにしても、猊下《げいか》も困難なことをお命じになる。あの『箱』を模造品とすり替《か》えてこいなどと……船上でヨザックが作っておったのは、この模造品だったのだな」
 磨《みが》き上げられた床《ゆか》に箱を置き、サイズモアは思い切り腰《こし》を伸《の》ばした。ダカスコスは頭を覆っていた布を取り、額の|汗《あせ》を|拳《こぶし》で拭《ぬぐ》う。
「ですねえ。んでも猊下は陛下が優勝しないと予想されてるんスかね。そのほうが堅実《けんじつ》といえば堅実ですが、自分としちゃあカロリア優勝一点買いだな。当たれば夢のような配当だし、お三人の中にヨザックさんがいる以上、無いとは言い切れない目ですよ」
「うーむ、グリエといえば数少ないアルノルド還《がえ》り、ルッテンベルク師団でも一二を争う使い手であるしな」
「ね? 陛下と閣下のお手を煩《わずら》わすまでもなく、ヨザックさん一人で敵方三人抜いちまいそうでしょ?」
 敬称《けいしょう》や地名の連発に、フリンだけが一人で困っていた。知りたいような知りたくないような、確信を持ちたいような、うやむやにしておきたいような。とうとう|我慢《がまん》が限界に達し、男二人の会話を|遮《さえぎ》る。
「待って。このままだとユー……ええとクルーソー|大佐《たいさ》とロビンソンさんの氏素性《うじすじょう》が、私に全部|筒抜《つつぬ》けになってしまうのだけど。あの人達それは了承《りょうしょう》しているのかしら《ち》」
 返ってきたのは、まだ気付いていなかったの!? という驚《おどろ》きの眼だった。彼女だって薄々|勘《かん》づいてはいる。けれど本人からはっきりと聞かされない以上は、知らないことにしておくのが礼儀《れいぎ》ではなかろうか。それに……。結《ゆ》い上げていた髪が一房《ひとふさ》落ちてきた。人差し指で弄《もてあそ》ぶ。
 この人達は、私がどんな恐ろしいことをしたか、まだ知らない。フリン・ギルビットがどれほど身勝手で、冷酷《れいこく》な女か気付いていない。
「私みたいな女の前で、母国の話や大切な方の話をしては|駄目《だめ》よ。あとでどんなことになるか判らないわ。秘密を売るかもしれないでしょう」
 自分は、カロリアを取り戻《もど》すためならどんなことでもする。海を、港を、土地を、人々を、夫と自分の愛した小さな世界を取り戻すためなら、あえて神にも背《そむ》くだろう。これまでもずっとそうだった。今さら善人には戻れない。戻りたいと望んでも。
 死にたくなるほど後悔《こうかい》しても。
「なにを悪女ぶってるんですかフリンさん。サイズモア艦長は違いますが、自分はしがない雑用兵ですよ。聞かれて困るような重要|事項《じこう》は自分のとこまで回ってきませんて」
「雑用兵?」
「いえまあそういう部署があるわけじゃないんスけど、やってることが雑用ばっかの下っ|端《ぱ》兵士なもんで」
「なのにクルーソー大佐とあんなに親しいの?」
 ついつい以前の癖《くせ》がでて、ダカスコスは頭部に手をやった。当然そこに髪はない。つるりと肌《はだ》を撫《な》で上げる。
「あー、陛下は、っと今はクルーソー大佐と名乗ってらっしゃるんで? 大佐は特別ですよ。あの方は将校だろうと下っ端だろうと関係なしだ。あの方は……|誰《だれ》とでも気さくにお話しになる、どんな相手とでもすぐに親しくなる。身分なんかお気になさらない。いつでも皆《みな》と一緒《いっしょ》なんです。自分らと同じ高さに立たれてる。対等の存在として見てくれるんですよ。不思議な御方《おかた》だ。実に不思議な方なんです」
 頭頂部の薄毛《うすげ》が見えるのも厭《いと》わず、サイズモアが大きく|頷《うなず》いている。
「地位や身分の高い方々にも、あんな素晴らしい方がいらっしゃるんですね。貴族や王族の方々って、みんなもっと威張《いば》り散らしてるもんだと思ってましたよ、陛下には本当にかないませんやね。あの方は本当に特別です」
「そうなの」
「その陛……おおっと大佐がね、大佐が親しくおつき合いされてるご婦人なんですから、フリンさんが悪い人のはずないじゃないスか」
 ダカスコスは照れたように|眉《まゆ》を下げ、境界線が判別できない生え際《ぎわ》まで赤くなった。サイズモアは剃《そ》り上げられた頭皮を見詰め、羨《うらや》ましそうに溜《た》め息をつく。
「楽ちんそうであるな、その髪型《かみがた》は」
「これですか? いいですよ楽ですよー? 艦長も思い切っていかがです? 毛髪《もうはつ》量を気に病《や》まずに済むし、男ぶりも案外あがります。顔のついでにつりゅんと洗えて経済的だし。何より|女房《にょうぼう》の罵《ののし》り文句が『このハゲ!』以外はなくなりますぜ」
 声をあげて笑うダカスコスにつられ、フリンは頬《ほお》を緩《ゆる》ませる。
「私が悪い人間じゃないだなんて……」
 こんな罰《ばつ》が与《あた》えられようとは思わなかった。憎《にく》まれ嘲《あざけ》られ蔑《さげす》まれるはずだったのに。そうされることを承知の上で、自分は魔族の貴人を敵国に売り渡《わた》そうとしたのに。
「……そんな苦しいことを言って」
「どうされました、フリン殿」
 |大柄《おおがら》な海の男のサイズモアが、腰を屈《かが》めて覗《のぞ》き込む。フリン・ギルビットは一度ぎゅっと目を瞑《つぶ》り、それからゆっくりと顔を上げた。
「いいえ、いいの。なんでもないわ。早く目的の部屋を探しだして、これを本物とすり替えましょう。私達がうまく『風の終わり』を手に入れたら、きっと大佐も驚くわ。彼がどんな顔するか今から楽しみよ、ね?」
 自らの弱った心に言い聞かせるよう、彼女は殊更《ことさら》明るく言った。男二人が模造品を持ち上げて、再び石の道を歩きだす。箱が本当に神殿にあるとしたら、もっと警備が厳重な最奥《さいおう》部だろう。運良く目的地を|探《さぐ》り当てたとしても、部屋に侵入《しんにゅう》できるかは判らない。だが、誰も|諦《あきら》めようとは口にしなかった。
 三度目の階段を登りきると、これまでとは明らかに異なる空間に入った。磨き込まれた石だった床面が、毛足の長い黄土の絨毯《じゅうたん》に変わっている。足の裏が|沈《しず》むような心地《ここち》よさだ。疲《つか》れた|膝《ひざ》が|崩《くず》れかかる。五つの豪華な|扉《とびら》のうち、二つは開け放たれていた。部屋の片側は全面が硝子《ガラス》張りで、居ながらにして闘技場《とうぎじょう》全体を見渡すことができる。
「これは見事だ!」
「どうやら本当に貴賓《きひん》席に来ちゃったみたいですよ。飲物屋の信頼度《しんらいど》は抜群《ぱつぐん》なんだなあ」
 フリンは窓際に駆《か》け寄ると、震《ふる》える指で硝子に触《ふ》れた。下を見るのが恐《おそ》ろしい。
 もしも受け入れがたい悲劇が起こっていたら? 
「あ、|艦長《かんちょう》、フリンさん、閣下ですよ閣下! 一回戦が終わったとこですかね。大変だ、立てない。脚《あし》をやられたのかも。ああこーいうときに軍曹殿《ぐんそうどの》がいればなあ」
「大佐がいないわ」
「あそこの窪《くぼ》みにチラッと見えますよ。選手の待機場所じゃないスかね」
「よかっ……」
「こんな処《ところ》にまで害虫どもが入り込んでいようとは!」
 安堵《あんど》の息をつき終える前に、背後から聞き覚えのある声がした。
 窓際にいた二人よりも先に、海の勇者サイズモアが行動していた。最短|矩離《きょり》で敵に駆け寄り、薄い剣《けん》の切っ先を胸に向ける。
 だが、相手はもっと早かった。入り口から一歩も動くことなく、銀の光で宙に波を描《えが》く。指先から放たれた煌《きら》めく糸は、離《はな》れた目標を|過《あやま》たず捕《と》らえた。
「く……」
 フリンが苦しい息を吐《は》き、指が白い喉《のど》を引っ掻《か》いた。爪《つめ》の先で糸を探ろうとするが、皮膚《ひふ》に食い込んで掴《つか》めない。ようやく振《ふ》り返ったダカスコスが、|倒《たお》れかかるフリンを支えようとする。
「動くな! 動けば女の首が飛ぶぞ」
 中腰《ちゅうごし》に剣を構えたまま、サイズモアも迂闊《うかつ》に動けない。
「剣を鞘《さや》に。ゆっくりと|足下《あしもと》に置け。でないとご婦人が苦しむことになる。見たくはないだろう? 女性の醜《みにく》い死に方を。醜く、汚《きたな》い死に姿をな」
「……マキ、シーン……何故《なぜ》ここ、に」
 フリンが苦しい息の下で、冷酷な男の名を吐きだす。ナイジェル・ワイズ・マキシーンは|慎重《しんちょう》に部屋に入り、彼女との距離を|徐々《じょじょ》に詰《つ》めた。
「何故? それはこちらが伺《うかが》いたい。どこかで目にした銀の髪だと思えば、かの高名なカロリアの奥方様ではないか。|被災《ひさい》した土地では民衆が喘《あえ》いでいるというのに、領主の妻女が飲物売りで小銭|稼《かせ》ぎ、しかも隙《すき》をみて武闘会観戦とは、民《たみ》もさぞや嘆《なげ》き呆《あき》れることであろうな」
 フリンが口を大きく開き、奪《うば》われた酸素を取り戻そうとした。マキシーンが糸を僅《わず》かに引き絞《しぼ》ると、首から上がたちまち朱《しゅ》に染まった。男は彼女の顎《あご》に親指をかけ、後ろから押さえて仰《の》け反らせる。
「ど、したのかし、ら……その、形《な》りは……っ」
 |途切《とぎ》れ途切れに絞りだす言葉には、嘲る調子が聞き取れる。命を|握《にぎ》っている相手に対し、フリンは気丈《きじょう》にも屈《くっ》しない。
 平素の彼からは想像もつかないほど、マキシーンはくたびれ果てていた。小シマロン軍隊公式の髪は解《ほぐ》れ、傷の残る痩《や》せた頬に貼《は》り付いている。数ヵ所が|擦《す》り切れた軍服には、ところどころ血が滲《にじ》んでいる。鋭利《えいり》な|凶器《きょうき》という印象は焦《あせ》りと疲労《ひろう》で薄れていた。話し方にも威圧感《いあつかん》が不足して、老人のような嗄《か》れ声だ。
「どうしただと? しらを切るな! 奥方、いやフリン・ギルビット。貴様の連れの、あの|忌々《いまいま》しい|魔族《まぞく》のお陰《かげ》だよ。どこぞの餓鬼《がき》のような顔をしてからに、奴《やつ》にはすっかり|騙《だま》された」
「おい! 口の|利《き》き方に気をつけることだ。陛下を貶《おとし》める発言は、月も星もお天道《てんとう》様も私も許さぬ。おぬし如《ごと》きを|斬《き》るに躊躇《ちゅうちょ》はないぞ。|普段《ふだん》なら、気は|優《やさ》しくて力持ちであるがな」
「艦長、自分で言ったら意味ないです……」
 マキシーンは左手でフリンの腕《うで》をねじ上げ、喘ぐ顔を厚い硝子に押しつけた。怒《いか》りが限界を超《こ》えたのか、普段の冷静さも欠いている。
「一体どこであんな魔族を手に入れた、ええ!? ご|自慢《じまん》の|美貌《びぼう》でたらし込んだのか!? あの野郎《やろう》、こっちがせっかく引き入れた神族を唆《そそのか》して、馬車まで奪い取っていった。くそ、思い出すだけで腹が立つッ」
「……放し……っ」
「ようやっと闘技場まで辿り着いてみれば、カロリア風情《ふぜい》が大シマロンと決勝だと!? 笑わせるな! ちんけな商港しか持たぬような、南の僻地《へきち》の小国が。お前等ごときに勝負などさせてやるものか。おい、そこのハゲ!」
「なんだヒゲ!」
 ナイジェル・ワイズ・マキシーンは、刈り込み顎髭で布の掛《か》かった箱を示した。
 
 
 
 グラウンドレベルでは予想外のことが起こっていた。
 もちろん、フォンビーレフェルト卿の実力を疑っていたわけではない。だから彼が危なげなく二刀流を避《よ》け、わずか五分程度で敵の喉に剣先を突《つ》きつけたからといって、腰を抜《ぬ》かしてべンチに座り込んだりはしなかった。決して。ええもう決して。ちょっと、やや、少しばかり|驚《おどろ》いたけど。手に握っていた|汗《あせ》が乾《かわ》いちゃったけど。
 シマロン側の|熱狂《ねっきょう》的な応援団《おうえをにん》(ようするに客席全部)は、あまりにもあっけない幕切れに激怒《げきど》した。カップや紙くず、菓子袋《かしぶくろ》に座布団《ざぶとん》もどきまで、あらゆるゴミが雪の上に投げ込まれていた。つまり、予想と期待を裏切られたのは、おれたちではなく大シマロン側だったのだ。
「マナー悪《わり》ィなあ」
 判官《ほうがん》晶屓《びいき》なんて考えは、シマロンでは通用しないらしい。
 体格的な不利をも覆《くつがえ》し、完全勝利をおさめたフォンビーレフェルト卿は、抜き身の剣を担《かつ》いで鼻息|荒《あら》く、意気|揚々《ようよう》とダグアウトまで還《かえ》って来……。
「うわーヴォルフっ!」
 途中で、彼は派手に転んだ。踏《ふ》み締《し》められて固くなった雪で足を滑《すべ》らせ、腰と右脚《みぎあし》を強《したた》かに打った。
「なにコケてんだよっ? |大丈夫《だいじょうぶ》か」
 おれとヨザックは慌《あわ》てて途中まで迎《むか》えに出て、ヴォルフラムを|両脇《りょうわき》から持ち上げる。気の毒に、自力では歩けないようだ。果然《ぼうぜん》と天を仰《あお》いでいる。
「……く、屈辱《くつじょく》……」
「平気だよ気にすんな、気にすんなって。最後のワンシーンは見なかったことにしてくれるって。今んとこ女の子のハートはお前に|釘付《くぎづ》けだってば」
「人間の女になど釘付けされても嬉《うれ》しくない」
「大丈夫ですよ閣下、場内は女人《にょにん》禁制だから。惚《ほ》れるのは男|臭《くさ》い野郎どもばっかよん」
「また追い討《う》ちかけるようなことを」
 スタジアムに轟《とどろ》くどす黒い|歓声《かんせい》。あまりファソに欲しいタイプではない。座ってからも美少年魔族は痛みに顔をしかめ、頻《しき》りに腰をさすっている。少しでも動くとひびくようだ。
「ちょっと|挑戦《ちょうせん》してみようか、おれのなんちゃって|治癒《ちゆ》能力」
「やめろ試合前に。無駄《むだ》に|消耗《しょうもう》するな。どんな突発《とっぱつ》事項《じこう》が待ってるか判《わか》らないんだぞ」
 |怒《おこ》られた。それでも先手を取った安心感からか、べンチ内のムードは悪くはない。
 ところが、予想外の展開には続きがあったのだ。
 指|双眼鏡《そうがんきょう》を意味なく目に当てて、向こうのベンチを窺《うかが》っていた村田健が、いきなり頓狂《とんきょう》な声をあげた。
「あっりゃーぁん?」
「どうした村田、珍妙《ちんみょう》な声だしちゃって」
「……どうやら先様が二回戦に送り出すのは、僕等と顔見知りの男みたいだよ」
「顔見知り? まさかマキシーン? そんな馬鹿な。あいつは競技続行不可能だろ。いや待てよ|双子《ふたご》の弟がいるってのもありかもしれない」
 久々に目にする新巻鮭《あらまきざけ》型の武器を杖《つえ》にして、敵の次鋒《じほう》が姿を現した。こついが上等な革《かわ》の軍靴《ぐんか》が、積もった雪の白い部分を踏み締める。
 |松明《たいまつ》の炎《ほのお》で|眩《まぶ》しい|金髪《きんぱつ》と、少々左に傾《かたむ》いてはいるが、高く立派な鷲鼻《わしばな》。白人美形マッチョにありがちな、レントゲン写真でも割れてる顎。|肩幅《かたはば》、|胸板《むないた》、男の世界。ミスター・デンバー・ブロンコス。こっちが動揺してる間に、向こうが声を掛けてきた。
「よう。どうした、へなちょこ陛下。羊が生肉|喰《く》らったような顔をして」
 ご丁寧《ていねい》な|挨拶《あいさつ》だ。
「なん、で、こんなとこにアメフトマッチョが!? そんでもって羊に生肉ってどういう顔だ」
 ヴォルフラムが座ったまま伸び上がろうとし、腰の痛みのせいで失敗した。アーダルベルト・フォングランツは、闘技場《とうぎじょう》の中央に仁王立《におうだ》ちだ。新鮮《しんせん》な太刀魚《たちうお》みたいな剣《けん》を雪に突き刺《さ》し、右肘《みぎひじ》で柄《つか》に凭《もた》れている。おれがこの世界に初めて来たとき|魂《たましい》の襞《ひだ》とやらを弄《いじく》って、言葉の|記憶《きおく》を引きずり出した男。反魔族の危険思想を隠《かく》しもせず、|同胞《どうほう》を平然と裏切った男だ。
 ようやく敵の姿を確認したヴォルフラムが、驚きと怒りの混ざった声をあげた。
「アーダルベルト! あいつがどうして大シマロンに!?」
 突然、乾いた笑い声が響《ひび》いた。長い斧《おの》を手にしたヨザックが、オレンジの髪を振り乱すほど可笑《おか》しがっている。
「|傑作《けっさく》だ、グランツの若大将。由緒《ゆいしょ》正しい名家の純血魔族サマが、よりによってシマロンの軍門にくだるとは!」
「何のために? どうしてシマロンなんかに……」
 あの男は魔族を憎んでいる。それは知っている。だがシマロンと手を組むほど、人間を信用しているとも思えない。おれの困惑を察してか、ヨザックがまだ笑いの残る口調で言った。
「|恐《おそ》らく陛下の出場を、どっかで小耳に挟《はさ》んだんでしょうよ。代表に決まってた戦士をぶっ倒《たお》すくらい、グランツの|旦那《だんな》なら片手仕事だ。そんな|面倒《めんどう》なことをしてまで、陛下をどうにかしたいらしい。|厄介《やっかい》なのに狙《ねら》われちゃいましたね、奴の|執着《しゅうちゃく》は|凄《すご》いんだから」
「どど、どうにかって。すす、凄いって」
 五万以上の大観衆が見守るスタジアムで、宿敵をこてんぱんに伸《の》したいのだろうか。一回裏の|攻撃《こうげき》でスタメン全員安打とか、打者三人連続ホームランとか? 嫌《いや》な思い出が甦《よみがえ》ってきた。
 どうやって痛みを堪えたのか、ヴォルフラムがベンチから腰を浮かす。
「ぼくが」
「いーや|坊《ぼっ》ちゃん、そりゃあ|了解《りょうかい》できませんね」
 だが、ヨザックが指一本で肩を押すと、顔をしかめて動けなくなってしまう。
「奴とはオレがやります。こんな機会は|滅多《めった》にない」
 そう広くないダグアウト内で、彼は武器を二回ふり下ろした。|喋《しゃべ》る言葉には楽しげな調子が含《ふく》まれているのに、|瞳《ひとみ》の奥は零《れい》コンマ一ミリも笑っていない。
「純血魔族の選良民がシマロン代表だってんなら、魔族代表は絶対にオレでなきゃね。十二までここの荒《あ》れ地で転がってた、そこらの人間の子供でなくては。オレたちは忠誠心の欠片《かけら》もないそうだから、この機会に派手に斬り合って、血の色をきちんと見といてもらわないと」
「待った、待ったヨザック、おれはあんたの気持ちを疑ったりしてないよっ」
「そんなこたぁとっくに存じてます。けど、行くならオレでしょ、陛下」
 当初の順番はそう決まっていた。ただし、勝ち抜き! 天下一|武闘会《ぶとうかい》なのだから、先鋒戦を制したヴォルフラムが引き続き戦っても規定|違反《いはん》ではない。だが彼の腰の様子を見ると、ゴーサインは出せない。なにしろ相手はアメフトマッチョだ。
「カロリア側、急ぐように」
 よく似た二人の|審判《しんぱん》が、同じトーンで急《せ》かしてきた。アーダルベルトは重量級の剣に寄り掛かったまま、おれが|狼狽《うろた》える様を眺《なが》めている。三男は胸の前で腕《うで》を組み、黙ってベンチに座っていた。武人としての意地なのか、痛そうな素振《そぶ》りは見せていない。ヨザックはやる気満々だ。逸《はや》る気持ちを抑《おさ》えぎれず、両肩《りょうかた》を勢いよく回している。
「ごめんヴォルフ。お前が強いのは判ったけどさ、今回はやっぱヨザックに行ってもらうわ」
「ふん」
「|怒《おこ》るなよ。また本調子のときにでも、再戦申し込めばいいじゃないか」
「ぼくは別に奴《やつ》と闘《たたか》いたいわけじゃない」
「え? 前に悔《くや》しい目に遭《あ》ってるから、因縁《いんねん》の勝負にけりをつけたいんだと思ったら……じゃあ何故《なぜ》、自分が行くなんて志願したんだよ。あらぬ誤解をしちゃったじゃないか」
 会場中が|一斉《いっせい》に沸《わ》いて、大物二人の試合開始が告げられた。ヴォルフラムは腕組みをしたままで、できるだけ感情を排《はい》して言った。湖底を思わせるエメラルドグリーンの瞳が、真《ま》っ直《す》ぐにチームメイトを見詰《みつ》めている。
「掛《か》け値なしに判断して、グリエとアーダルベルトの実力は互角《ごかく》だと思う。だからこそぼくが先に行き、相手を消耗させるのが賢明《けんめい》かと思ったんだ」
 誰がいつ彼にフォア・ザ・チームを|訴《うった》えたのか。おれが渡《わた》した鞘《さや》に剣を収めながら、わがままプーだった美少年は|淡々《たんたん》と語っている。
「勝ちが獲《と》れるという保証は少なくとも、グランツをいくらか疲《つか》れさせ、苛立《いらだ》たせることは可能だろう。その間にグリエが平静さを取り戻《もど》せるし、敵に余分な体力を使わせれば、こちらも楽に渡り合えると……何をしているユーリ、額から手を離せ」
「んー、いやあちょっと熱でもあるんかなと……」
 ベンチの入り囗の|扉《とびら》から、十代の少年が顔をのぞかぜた。赤土色の髪《かみ》はかなり短い。明らかにシマロン兵士ではなく、球場係員見習いだ。|黙《だま》り込んでいた村田健が、勢いをつけて|壁《かべ》から離れた。少年の所まで歩いていき、二、三言話してから預かり物を受け取る。
「それ、いいチームプレイだね、フォンビーレフェルト|卿《きょう》。でも事態はもっと深刻な状況《じょうきょう》になりそうだよ」
 眼鏡《めがね》をかけていない瞳が、コンタクトの奥で黒く|輝《かがや》く。ワインボトルを片手で掴《つか》み、おれに差しだした。濃茶《こいちゃ》の|瓶《びん》に深紅《しんく》のラベル。余白には太く大きな文字で、短い文章が書かれていた。
「読んでくれ。ただでさえカリグラフィーみたいで読みづらいけど」
「だからぁ、文字読むの苦手なんだって。なんですかー? んー、上を見ろ……おん、女をー……死なせ、たくなかったら……負けろ……誰かに知れたらこの女を殺……これ脅迫《きょうはく》!? でも女って誰よ。なんだこりゃ、配達|間違《まちが》いだ。さっきの少年掴まえないと。まだそう遠くには行ってないはずだから。おーい」
 慌《あわ》てて入り口から首を出し、廊下《ろうか》の左右を見渡した。だが村田は思いのほか深刻な表情で、おれの服の背中を引っ張った。
「渋谷、間違いじゃないかもしれないよ。サイズモア|艦長《かんちょう》とダカスコスが、もうそろそろ|到着《とうちゃく》してるはずだ。もしそこにフリンがついて来ていたら……」
「はあ、なんでフリンが!? 船で待ってろって言ったじゃん」
「でも彼女は、黙って待ってるような人かな。カロリアの名誉《めいよ》がかかってるんだぞ」
 ほんの二秒くらいの間にフリン・ギルビットのこれまでの行動が頭を過《よ》ぎった。他人の人生を走馬《そうま》燈《とう》だ。
 結論。来そう。
「あああヤバイよヤバイよヤバイって! 上を見ろって、上ってどこだ?」
 おれたちはベンチから飛び出して、雪の降りしきる黒い空を見上げた。雲の奥には月が、ぼんやりと浮かんでいる。
「あそこだッ」
 村田が先に見つけた。神殿《しんでん》説が有力だった建物だ。三階以上は窓が極端《きょくたん》に大きく、何組かの優雅《ゆうが》な金持ち客が、硝子《ガラス》越《ご》しに観戦しているのが見えた。VIP席ということか。恐らくバーかラウンジか、もっと贅沢《ぜいたく》な個室になっているのだろう。その中の一室の窓際《まどぎわ》に、ワインボトルを届けた相手が陣《じんど》取っていた。
「ああっフリン! 船に居ろって言っただろうがーっ」
 案の定、内緒《ないしょ》で併走班に潜《もぐ》り込んでいたらしい。遠目ではっきりとは判断できないが、喉《のど》を押さえて仰《の》け反っている。かなりつらそうだ。硝子に押し付けられたフリンの背後には、見慣れた髪と髭《ひげ》の男がいる。ナイジェル・ワイズ・悪党・マキシーンだ。
「あいつなんで……あんなとこに。まずいぞ村田、死なせたくなかったら負けろって言ってるんだよな?」
「そう」
 おれは視線をグラウンドに戻した。アーダルベルトの新巻鮭剣《あらまきざけけん》を、うちの選手が斧で右に払《はら》う。柄《え》を地面に垂直に跳《は》ね上げて、敵の顎《あご》すれすれを掠《かす》めた。ヨザックの長斧の使い方には、棒術みたいな優雅《ゆうが》さがある。彼は全身|全霊《ぜんれい》をかけて試合中だ。
 勝負を楽しんでいるようにも見えた。
「マキシーンとアメフトマッチョがグルってことか。そういやあの二人、フリンの館《やかた》では連《つる》んでたし。なんか|怪《あや》しいと思ったら……不適切な関係だったのでしょうか」
 腰痛で登録|抹消《まっしょう》中のヴォルフラムが、怪訝《けげん》そうに|眉《まゆ》を顰《ひそ》める。
「アーダルベルトは我々|魔族《まぞく》を裏切った男だが、そこまで|卑怯《ひきょう》な手を使うとは思えない」
「いずれにせよ試合を止めなきゃならないよ。おーい審判、おーい!」
「渋谷! 審判に|抗議《こうぎ》なんかして、まさか脅迫されてることを話すんじゃないだろうな」
「え、それを報告するのもNGか……くそっ、じゃあどうすりゃいいんってんだ! どうしたら周囲に怪しまれずに、わざと負けるなんてことが……」
 グリエ・ヨザックの実力の程《ほど》は、おれたち全員が知っている。彼ほどの腕とセンスがあれば、審判と観客の目を欺《あざむ》いて、故意に試合を落とすことも可能だろう。どうにかヨザックを説得して、それらしく持っていってもらうしかない。だがベンチを出ていく前の彼を見ていると、負けてくれとは告げづらい。
 ヴォルフラムがおれの首筋を掴み、俯《うつむ》きがちな顔を正面に向けた。
「いいかユーリ、聞いておけ。これがぼくの意見だ。あんな女のために勝負を投げ出すことはない。グリエに存分にやらせるべきだ! どうだ?」
「……お前らしいよ」
「だろうな。更《さら》にこれもぼくの意見だ。どうせお前はへなちょこだから、ぼくの言葉どおりになど動かないだろう」
 おれは心の中で|誰《だれ》かに詫《わ》びた。たとえ一時的なこととはいえ、悪意の脅迫者に屈《くっ》する我等のチームをお許しください。多分、スポーツマンシップの神様だ。続いて|逆襲《ぎゃくしゅう》とばかりにヴォルフラムの首に手を回し、ぐっと引き寄せて彼にも詫びた。
「ごめん、おれがへなちょこなばっかりに。本当にすまないと思うよ。負傷してまで一本先取してくれたのに。お前の努力が水の泡《あわ》になるかもしれないんだ」
 ヴォルフラムは大袈裟《おおげさ》に溜《た》め息をつぎ、芝居《しばい》がかった囗調でまったくだ、と言った。
「それもこれもお前がへなちょこなせいだ。だが、そんなへなちょこと知りながら、ぼくが何故お前に付くか判《わか》るか?」
「判りません」
 フォンビーレフェルト卿は襟《えり》の|釦《ぼたん》を一つ外した。|瞳《ひとみ》の緑が雪に照らされていつもより明るい。
「ぼくがお前を見捨てる前に、自分の頭で考えろ」
 おれはヨザックに詫びるべく、審判にタイムアウトを申し出た。
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