日语童话故事 日语笑话 日语文章阅读 日语新闻 300篇精选中日文对照阅读 日语励志名言 日本作家简介 三行情书 緋色の研究(血字的研究) 四つの署名(四签名) バスカービル家の犬(巴斯克威尔的猎犬) 恐怖の谷(恐怖谷) シャーロック・ホームズの冒険(冒险史) シャーロック・ホームズの回想(回忆录) ホームズの生還 シャーロック・ホームズ(归来记) 鴨川食堂(鸭川食堂) ABC殺人事件(ABC谋杀案) 三体 失われた世界(失落的世界) 日语精彩阅读 日文函电实例 精彩日文晨读 日语阅读短文 日本名家名篇 日剧台词脚本 《论语》中日对照详解 中日对照阅读 日文古典名著 名作のあらすじ 商务日语写作模版 日本民间故事 日语误用例解 日语文章书写要点 日本中小学生作文集 中国百科(日语版) 面接官によく聞かれる33の質問 日语随笔 天声人语 宮沢賢治童話集 日语随笔集 日本語常用文例 日语泛读资料 美しい言葉 日本の昔話 日语作文范文 从日本中小学课本学日文 世界童话寓言日文版 一个日本人的趣味旅行 《孟子》中日对照 魯迅作品集(日本語) 世界の昔話 初级作文 生活场境日语 時候の挨拶 グリム童話 成語故事 日语现代诗 お手紙文例集 川柳 小川未明童話集 ハリー・ポッター 新古今和歌集 ラヴレター 情书 風が強く吹いている强风吹拂
返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 日本名家名篇 » 喬林知 » 正文

今日からマ王9-8

时间: 2018-04-30    进入日语论坛
核心提示:     8 フリン・ギルビットは|半狂乱《はんきょうらん》になっていた。「しっかりしてあなた、ノーマン! 鳴呼《ああ》
(单词翻译:双击或拖选)
      8
 
 フリン・ギルビットは|半狂乱《はんきょうらん》になっていた。
「しっかりしてあなた、ノーマン! 鳴呼《ああ》どうか、どうか神よ、私の夫をお救いください」
「……は?」
 絹の|手袋《てぶくろ》をはめた指をぎゅっと組み、天を仰《あお》いで神に祈《いの》った。おれの好きな青いドレスのままだ。
「もぐううう」
 担架《たんか》に乗せられて運ばれて行くのは、銀のマスクを|被《かぶ》ったままのたうち回るノーマン・ギルビットだ。ヴォルフラムが担架を先導し、フリンと村田とヨザックが、患者《かんじゃ》の脇を走ってついていく。
 乱れた銀の髪《かみ》が風になびいた。
「うわ大変だ、|旦那《だんな》さんが急病なんだー。奥さんお若いのに災難ねー……って、はあ!? ちょっと待てーっ」
 一目会ったその日から覆面《ふくめん》領主の花咲《はなさ》くこともある、ということで今日までノーマン・ギルビットを演じてきたのは、他《ほか》ならぬおれ、演技派の渋谷ユーリである。だが時の流れは早いもので、第二代覆面領主ノーマン・ギルビットは、|先程《さきほど》正式に卒業した。
 なのに今、猛《もう》スピード担架で搬送《はんそう》されている男は、見覚えのありすぎるマスクを被っている。
「ちょっと待てフリーン、そいつ誰よ!? 一体その男は何者だー!?」
 もしかして三代目を襲名《しゅうめい》済みなのか。
 一行を追いかけて部屋に入ろうとすると、廊下に集まった野次馬のうち、最も若いご婦人が教えてくれた。
「あらあなた、あの奥様と踊ってらした青年将校ね?」
「青年しょ……」
「あの奥様と……関係にあるのでしょ」
「何関係ですって?」
「だから……関係よ。|不倫《ふりん》。不倫よ、不倫関係よ」
 わざわざ小声にしておきながら、強調して三度も繰《く》り返してくれる。
「そーよねーそれはそーよねーあの奥様お|綺麗《きれい》だものねえ。愛人の一人や二人お持ちよねえ。でも良かったわねあなたあなたおめでとう。もしかしたら正式に夫になれるかもしれないわ」
 おれたちの関係が終わったことなどつゆ知らず、ご婦人は|自慢《じまん》げにスキャンダル情報を披露《ひろう》し続ける。
「あのね決勝戦で旦那のノーマン・ギルビット氏が頑張《がんば》ったでしょ。頑張って優勝したけど怪我《けが》したでしょ。どうもその傷が悪化して、ついに倒れたらしいのよ。生死の境を彷徨《さまよ》ってるらしいのよ」
「倒れたー!?」
 待てよ、ノーマン・ギルビットはおれだろ、だったらそのマスクの中身は誰なんだよ。
「フリン!」
 おれは大急ぎで部屋に入り、秘密が漏《も》れないようにとドアを閉めた。フリンと村田とヨザックとヴォルフラムの、八つの|瞳《ひとみ》が集中する。
「なんでおれ以外のノーマン・ギルビットが死にかけてんだ?」
「しーっ」
 四人|一斉《いっせい》に人差し指を立てる。仮面の男は相変わらず悶絶《もんぜつ》していた。決勝で傷つけられた首ではなく、|膝《ひざ》を抱《かか》えて転げ回っている。
 肩《かた》に積もった雪を払《はら》いながら、村田が|悪戯《いたずら》を企《たくら》む顔をした。
「身分の高い人間の遺体が必要なんだ。正確に言うと、棺桶《かんおけ》がね。そのために皆《みな》で一芝居《ひとしばい》打ってるところさ。まあ彼の場合は……」
 ノーマン役はベッドの上で藻掻《もが》き苦しんでいる。
「あながち演技ともいえないけどね」
「そりゃそうですよ」
 ヨザックは既《すで》に|呆《あき》れ顔だ。お子様達の奇抜《きばつ》な作戦には、とてもついていけないと言いたそうだ。
「雪で滑《すべ》って膝の皿を割ってからに、中年兵士が三日間|履《は》いた脱《ぬ》ぎたて|靴下《くつした》を、猿《さる》ぐつわがわりに突っ込まれてるんですから」
「うっ」
 なんという恐《おそ》ろしい簡易猿ぐつわだろう。それはもうほとんど拷問《ごうもん》に近い。迫真《はくしん》の演技にも|納得《なっとく》がいく。
「じゃあこの人は今から亡《な》くなる予定なんだ……」
「そういうこと」
「ろーれもいいれふけろ、へめてはるふつわふらいはほっへふらはーい」
 重病人役の青年は、不明瞭《ふめいりょう》な言葉で嘆願《たんがん》した。
「ひらろへらもひたみろめふれるっへひったひゃらいれふはー」
「あーあーはいはい、痛み止めね。それから猿ぐつわ外したいのね」
 覆面を外すとごく|普通《ふつう》の青年だった。正規の兵士ほど髪は長くないし、|戦闘《せんとう》するぜ! という厳《いか》つい顔つきでもない。どこか芸術家風な|雰囲気《ふんいき》をまとう、年上女性にモテそうな優男《やさおとこ》だった。
「はー……口の中がまだ臭《くさ》い気がしまーす。金額面でも合意したのに、靴下出してくれなかったのはひどいでーす」
 痛み止めも貰《もら》ってやや機嫌《きげん》を直した彼は、ベッドに腰掛《こしか》けて水を飲んだ。
「なんだか勤勉な留学生みたいな|喋《しゃべ》り方だなあ」
「あー、ワタシ、ガーディーノといいまーす。絵と|芝居《しばい》勉強しに上京してきましたー。でも学生なのでお金足りませーん。だから警備隊で臨時兵士でーす。絵と芝居もっと勉強したいのですがー、上級学校には学費が高くてすすめませーん」
「やっぱり留学生みたいな喋り方だな」
 若きガーディーノは|拳《こぶし》を|握《にぎ》り締《し》め、燃える瞳で金勘定《かねかんじょう》をした。
「提示された額だけ貰えれば、ワタシニ年間上級学校通えまーす。しかも毎週一度なら、脱いでくれる女の人も雇《やと》えまーす……頑張ります頑張ります頑張りますヨー? 全身|全霊《ぜんれい》をかけて死体役の演技しますヨー? ミナサンワタシの死にざま見ててくださいねー!」
 これまた|随分《ずいぶん》、個性派俳優を雇ってしまったようだ。恐らく仮面は被ったままだから、呼吸にだけ気をつけていればいい話だろうに。
「ふん。芸術方面でどの国よりも秀《ひい》でているのは、我々|眞魔《しんま》国の王立芸術団だ。あそこは猫《ねこ》も演技が出来るし、亀《かめ》の天才|画伯《がはく》もいる」
 何事も魔族イズナンバーワンなヴォルフラムが、|凄《すご》いことをサラリと言った。亀の天才画伯。見たい、とても見たい。でも一作|描《えが》き上げるまでに、何百年もかかってしまう危険が。
「すごーい、そこに留学したいでーす……けどなんだか眠《ねむ》くなってきましたー……」
 痛み止めが効き始めたバイトくんをベッドに寝《ね》かせ、フリンは気合いを入れて泣く準備をする。まとめていた髪を解《ほど》いて掻《か》き乱し、化粧《けしょう》を落としてやつれた感じをだす。
「……ひゃー、やっぱ美人は何しても綺麗だねぇ」
「いやね陛下、何言ってるの」
 おれは甘いとも酸《す》っぱいともいえない、|奇妙《きみょう》に切ない気分になった。人の感情とは不思議なものだ。もう恋《こい》には落ちないと決めた途端《とたん》に、殺し文句が照れずに言えるのは何故《なぜ》だろう。
「でも何で棺桶なんか必要なんだ? ノーマン・ギルビットの|葬式《そうしき》なら、国に帰ってからじっくりやればいいじゃん」
「あれー? もしかして|誰《だれ》も渋谷に話してなかったの?」
「何だよそれ、おれだけ除《の》け者かよ。一体きみたちはおれを誰だと思って……」
「はーい、ではこれより第二幕、ノーマン・ギルビットの死に入りまーす。泣き屋の皆さんしっかり|涙《なみだ》お願いしまーす」
 真相の説明を受ける前に、ヨザックが部屋のドアを開けてしまっていた。
 髪を振《ふ》り乱し、泣き腫《は》らした赤い目のフリンが、祈りの言葉を口にしながら廊下《ろうか》に出て行く。
「おお神よォ、あなたが私に与《あた》え給《たも》うた試練が、これほど辛《つら》いものだとはァー!」
 自らが夫に成り代わり、何年も務めてきたとは思えぬ大根ぶりだ。
「|皆様《みなさま》、今月今夜この時刻に、夫、ノーマン・ギルビットは身罷《みまか》りました!」
 
 葬列《そうれつ》は最初はしめやかに、次にそわそわと、最後には逃《に》げるように進んだ。
 大シマロン王都にいるうちは、大物の葬儀《そうぎ》らしく振る舞《ま》わなければならなかった。
 なにしろ今やノーマン・ギルビットは、小シマロン領カロリア自治区の委任統治者ではない。カロリアは大シマロンが主催《しゅさい》する「知・速・技・総合競技、勝ち抜《ぬ》き! 天下一|武闘会《ぶとうかい》」に史上初めて主催国以外の優勝を果たし、正式に独立を認められたのだ。
 独立国家の主《あるじ》は、尊敬をもって送られるべきだ。遺体を収める棺桶ひとつとっても、軽々しく扱《あつか》われてはならない。
 たとえその中に鎮座《ちんざ》しているのが、もう一回り小型の箱だとしても。
 聞けば聞くほど|驚《おどろ》くべき作戦だった。
 その巧妙《こうみょう》さに舌を巻くということではなくて、国の救い主とも称《しょう》される双黒《そうこく》の大賢者《だいけんじゃ》様が、このような子供じみた作戦を思いつくなんて! という驚きだ。
 船上の日曜大工で作った模造品とすり替《か》え、大シマロンの|神殿《しんでん》から「風の終わり」を持ち出したはいいが、それを安全な場所まで運ぶ手だてがない。白く塗《ぬ》ったら少年用の棺桶にそっくりだから、葬式を装《よそお》って運ぼうかとも考えた。だが、検問で兵士に|見咎《みとが》められた場合、蓋《ふた》を開けて中を|確認《かくにん》させるわけにはいかない。
 ではもうワンサイズ大きい箱に入れて、中身を見られないようなもっともらしい理由をつけてはどうか。
 蓋を開けられずに済む理由……うってつけの「故人」がいる。
 テンカブで傷を負ったばかりのノーマン・お前は既に死んでいる・ギルビットだ。
 大シマロンは「カロリアの巨星《きょせい》、墜《お》つ」なんてキャッチまでつけて、ノーマン・ギルビットの仮葬儀をしたがった。破れてもなお、勝者に敬意を表する国家として、度量の広さを見せつけたかったのだろう。
 ガーディーノはびくりとも動かぬ見事な死体役を演じた。ただし寝息《ねいき》がうるさかったので、脇《わき》にいる誰かが終始話し続けなければならなかった。フリン・ギルビットは悲しみを堪《こら》え、夫に寄り添《そ》う悲劇の妻として、王都中の女性の同情を得た。ヴォルフラムとヨザックは共に闘《たたか》った故人のチームメイトとして、ノーマンとの死を越《こ》えた友情を詩人に謳《うた》われた。本人とは一度も会ったことがないのに。
 村田は過去の|記憶《きおく》を総動員し、経験豊富な冠婚《かんこん》葬祭《そうさい》部長として立ち回った。彼が細かな案を次々出さなければ、異国での|嘘《うそ》つき仮葬儀など絶対に不可能だっただろう。
 立場がなかったのはおれだ。
 闘技《とうぎ》場でゴーグルは着用していたが、銀のマスクは|被《かぶ》っていなかった。従って観戦していた一部の貴婦人と男連中には「ノーマン・ギルビット顔」認定をされている。逆に、パーティーに招待されていた女性達からは、フリン・ギルビットの若い愛人扱いだ。結局、ゴシップ好きなお嬢《じょう》さん方の想像から、カロリアの女主人は夫によく似た若者を|寵愛《ちょうあい》しているという、結構な|噂《うわさ》が立ってしまった。
 お急ぎで染めた栗色《くりいろ》の髪《かみ》と、度無しコンタクトの茶色の|瞳《ひとみ》。それが本物のノーマンと似ているかどうかは知りたくもない。けれどおれが啜《すす》り泣くフリンの傍《そば》にいるだけで、弔問《ちょうもん》に来た女性達は皆《みな》、囁《ささや》いた。ほらあれが噂の、ギルビット夫人の愛人よ。
 愛人どころか実生活では恋人もいないよ。
 棺《かん》の蓋を閉めてからは、もう二度と中を改める役人はいなかった。独立直後とはいえ一国の主の葬列だ、疑うこと自体が|不謹慎《ふきんしん》だった。
 実際には、豪奢《ごうしゃ》な棺桶《かんおけ》で運ばれているのは遺体ではなく、布にくるまれた「風の終わり」だったのだが。
 王都を抜けたあたりから、おれたちは|大慌《おおあわ》てで逃げ始めた。
 宝物庫から盗《ぬす》まれたのがゾウ頭の魔王像だったので、今のところ箱のすり替えには気づかれていない。だが、ひとたび事が露見《ろけん》すれば、疑われるのは目に見えている。気づかれる前にとっとと逃げちまえ。こっちには最速羊軍団がついているのだ。
 Tぞう率いるチーム・シツジの車には、棺とおれとフリンと村田が乗った。故郷では羊飼いをしていたというガーディーノが、喜び勇んで|御者《ぎょしゃ》席に座っている。
 どうしてこの男がついてくるのか判《わか》らない。
 ツェリ様はファンファンとシマロンに残った。次の野望は自由|恋愛《れんあい》世界一周旅行らしい。もちろん足元にはシュバリエが、いつものように控《ひか》えている。
 ヴォルフラムとヨザック、サイズモア、ダカスコスは、併走《へいそう》班の馬を使った。困ったことに馬と羊は日本でいう犬猿《けんえん》の仲で、|互《たが》いに凄いライバル意識を持っていた。隣《となり》に並べれば負けまいと無意味に突《つ》っ走り、どちらかを後方に回せば不満で|糞尿《ふんにょう》をまき散らした。羊は超《ちょう》朝型なので、昼間は機嫌が悪いのだ。
 やむを得ず羊車と馬車の間隔《かんかく》を開けたが、これでは敵に|攻撃《こうげき》を仕掛《しか》けられたときに弱い。
 馬とシツジがこんなに仲が悪いなんて、購入《こうにゅう》するときに誰も教えてくれなかったじゃないか。
「それにしても、ちょっとばっか引っかかるんだけどさ」
「うん?」
 おれは御者席の隣に陣取《じんど》り、荷台で揺《ゆ》れる村田に問いかけた。
「お前はヨザックに船上で箱の模造品を作らせてたよな」
「うん。彼の趣味《しゅみ》は日曜大工だからね」
「知らなかった……じゃなくてェ、ということはあの段階で、箱をすり替えようと計画してたんだよな?」
「うん」
「てことは、てことはだぜ? お前はチームの補欠として行動を共にしながらも、おれたちが優勝できないと踏《ふ》んでたわけ!?」
 村田は頭の後ろに手をやって、やははと|爽《さわ》やかに高笑いをした。
「やだなあ、そんなこと思ってないってェ。絶対に優勝すると信じてたって」
「だったらなんで試合前どころか行きの船中から、負けたときの準備を始めてるんだよ」
「あれは負けたときの準備じゃないよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃない。ああなると思ってたんだ」
 フリンが幌《ほろ》から身を乗り出し、冬の風に銀の髪を嬲《なぶ》らせた。
 大賢者と呼ばれる友人は、|罰当《ばちあ》たりなことに金貼りの棺に寄りかかり、危険な中身を宥《なだ》めるように撫《な》でた。
「優勝しても、きみは箱を希望しないだろうって思ってたんだよ」
「……なんだよそれ。あの|双子《ふたご》の預言みたいなこと言っちゃってさ」
「預言じゃないよ。僕にはそんな便利な超能力ないからね。だいたい日本で超能力者っていったって、エスパー伊東《いとう》くらいしかいないだろ? ただこう思っただけ。ヨザックに|魔剣《まけん》の話を聞いてね。きみならガガフッ」
 車が轍《わだち》を乗り越えた。荷物共々大きく揺れる。
「ひてて、ひたかんしゃったろ……きみなら『風の終わり』を公然とカロリアに持ち帰るのが、どんなに危険か気づくだろうって」
「ンモふっ?」
 Tぞうがおれを振《ふ》り返った。方角合ってますかと|訊《き》きたそうだ。
「あたってるよ」
 人よりずっと目のいいはずの羊達が、急に乱れて走りを止《や》めた。おれは慌《あわ》てて魔動|遠眼鏡《とおめがね》を取り出し、はるか前方を確認する。
「お前等、どうし……うおっ」
「どうした渋谷?」
「兵隊だ! 馬で、しかも三十|騎《き》以上だ。ガーディーノ、車を森側へ寄せろ。くそ、馬の連中はどれだけ離《はな》れてるんだ!?」
 肉眼では見えなかった茶色い点があっという間に大きくなった。蹄《ひづめ》の音と地響《じひび》きをともなって、正面から三十騎ほどが駆《か》けてくる。ろくに装備もない状態で、馬に乗った連中に囲まれたことなどない。しかも一騎や二騎ではなく、制服組まとめて三十人だ。
 制服組と呼んではみても、どこの国の兵士なのかは不明だった。見慣れた黄色と茶、白ではないし、国境を越えた向こう、小シマロンの水色と灰色の軍服とも違《ちが》う。
 揃《そろ》いの濃緑《のうりょく》の服以上に、もっと目立つ共通点があった。
 赤と緑で隈《くま》取《ど》られた不気味な仮面。
 おれはそれを目にしたときに、全身の血が|沸騰《ふっとう》するのを感じた。|全《すべ》てはこの仮面の連中から始まったのだ。
 おれの目の前でギュンターを射落とし、コンラッドの腕《うで》を|斬《き》り落とした男達。ノーマン・ギルビットの館《やかた》の窓辺で、おれを暴走させた男達。その毒々しい赤と緑の仮面を覚えている。濃緑の、はためく服を忘れてはいない。
 彼等は羊車を遠巻きに取り囲み、昼の日差しに抜《ぬ》き身の剣をギラつかせた。一頭が焦《じ》れて嘶《いなな》くと、隣へ隣へと伝染する。
 一歩前に進み出た男が|叫《さけ》んだ。
「カロリアの一行かっ!?」
 なるほど、これで荒《あ》れ野の盗賊《とうぞく》団という疑いは晴れた。確かに標的を選んで襲《おそ》っているようだ。それも|特殊《とくしゅ》な標的を。
「そうだと答えるべきなのかな」
 御者席の隣に陣取《じんど》ったまま、おれは村田に囁いた。馬車組が|遅《おく》れるからこういうことになる。
 非《ひ》|戦闘《せんとう》員ばかりの車が、プロの殺人集団に囲まれるのだ。もっとも後方隊が今すぐ|到着《とうちゃく》しても、三十対四では勝ち目はない。
「ンモモモふーっ!」
 Tぞうが四肢《しし》を突っ張り身を低くした。ごめん、お前を数に入れてなかったよ。
「もう一度訊く! カロリアの一行かーっ!?」
「だったらどうしようってんだ」
「知れたこと、命をいただくまでよ!」
 返事なんてするもんじゃない。
 おれは荷台に駆け込み武器を漁《あさ》った。かろうじて攻撃を食い止められそうな、貧弱な|棍棒《こんぼう》を発見した。もっとこう、鉄球とかないもんかね、鎖鎌《くさりがま》とか。
 車内を見回すおれの眼に、金貼りの棺が飛び込んでくる。
 ……この中には最強にして最悪、最終兵器たる木の箱が……。
 良からぬ考えを振り払《はら》うように、おれは|拳《こぶし》で強く頭を叩《たた》いた。いかんいかん、一度|蓋《ふた》を開けてしまえば、どうなるのかは|誰《だれ》にも判らないのだ。発動するのか沈黙《ちんもく》するのかも明らかではないし、本物の|鍵《かぎ》以外では何に反応するのかも突き止められていない。更《さら》には雑魚《ざこ》キャラを吐《は》きだして、大陸半分に大打撃を与《あた》えることもある。
 こんな兵器を使うことは、たとえ|一瞬《いっしゅん》でも考えてはいけない。
 ではまだ|僅《わず》かながらにコントロール可能な、魔王陛下の超絶魔術はどうだろうか。これまでは発射ボタンの押しどころが把握《はあく》できなかったが、今回はムラケンという確実な起動装置がある。
「馬組が来るまで時間を稼《かせ》ぎたいとこだけど、来たからといって|互角《ごかく》に戦える頭数じゃないしなあ。でも、四人の到着を待たずに|玉砕《ぎょくさい》して、屍《しかばね》となって迎《むか》えるのも空《むな》しいし……」
「えーい村田、ロダンポーズで悩《なや》んでる場合じゃねーよ!」
 おれは村田の襟《えり》を掴《つか》み、危機感に欠ける顔を引き寄せた。
「頼《たの》みがあるんだ」
「あいよ」
「おれに力を貸してくれ」
「それは、僕にスイッチオンしろってこと?」
「そ……」
「|駄目《だめ》だ」
 返事も最後までさせてもらえずに、おれの提案は却下《きゃっか》された。
「燃料|補充《ほじゅう》を|一切《いっさい》しないままで、何度も|爆発《ばくはつ》してどうするんだよ。そのうち燃やす物が足りなくなって、ついには自分自身を壊《こわ》すことになる。今のきみは明らかにレッドゾーンだ。ガソリン不足でメーターの針はエンプティーなんだよ」
「この状態でどうにか生き延びるには、どう考えたって他《ほか》に方法がないだろ!?」
「それでも駄目だ! 悔《くや》しかったら|MP《マジックポイント》 満タンにしてみな。きみの場合、宿屋に泊《と》まったくらいじゃ回復しないけどね」
「っあーっもうッ」
 いつでもどこでも起動装置・村田くんは、とんでもない説教機能つきだった。しかもおれより確実に弁が立つ。
「……しょーがない、助命|嘆願《たんがん》の説得してみるか。お前のが頭いいんだから手伝えよ……」
「そういうことなら喜んで」
 フリンと留学生を残して車から降りる。三六〇度、赤と緑の|隈取《くまど》りに囲まれて、トーテムポールの中身にでもなったみたいな気分だ。
「えー、今からー、人として当然の権利を主張するーぅ」
 軽く|握《にぎ》った右手は顎《あご》の下に。空想マイク。
「悲しいことにー、命をいただかれるからにはー、それなりの理由がなくてはならなーい」
「なくてはならなーい」
「悲しいことにー、逃《のが》れられないならばーぁ、死ぬ前にその理由を知りたーい」
「知りたーい」
「飯はうまくつくれー」
「つくれー」
 いつも|綺麗《きれい》でいろー……主張の趣旨《しゅし》が変わってきてしまった。
 この恐《おそ》ろしく無関係な命の引き延ばし作戦にも、隈取り仮面の|殆《ほとん》どはピクリとも反応しない。
 十人以上の集団なら、必ず一人はくだらないギャグにはまる奴《やつ》がいるものだが。
 リーダー格の男だけが、明瞭《めいりょう》簡潔な返事をした。
「答える必要はない」
 それだけかよ。
「我等はカロリアの一行を抹殺《まっさつ》するよう命を受けた。気の毒だが|諦《あきら》めろ」
「待て、おれたちがカロリア人じゃないって可能性も考え……」
 音高く空を切って来た何かが、仮面組の一人の胸に突《つ》き立った。続いてもう|一撃《いちげき》、次には馬の足元に。泡《あわ》を食った小心な動物は、|恐怖《きょうふ》と興奮で棒立ちになる。二人が雪の残る濡《ぬ》れた地面に落ちた。だがすぐに立ち上がって剣を掴む。
「中に入ってろ!」
 フリンと留学生を怒鳴《どな》りつけると、おれは|咄嗟《とっさ》に矢の放たれた方角を見た。|凍《こお》りかけた泥水《どろみず》を跳《は》ね上げて、大小取り混ぜた集団が突っ走ってくる。|騎馬《きば》兵が僅かに三人いるが、それ以外は薄汚《うすよご》れた格好の男達だ。
「……誰だ、あれ?」
 非力な棍棒で頭上からの剣を避《よ》けながら、おれは村田の無事を|確認《かくにん》する。
「お前も中入ってろ! 頭|潰《つぶ》されたらもったいないだろ!?」
「ンモーッ、モタマニモフーっ!」
 革《かわ》のベルトを引きちぎり、クィーン・オブ・シツジが参戦した。馬の|踝《くるぶし》に噛《か》みついては、敵を地面に落としてゆく。横を向いてぺっ、と血を吐き捨《す》てた。お、男前だ。
 どこから来たのか判《わか》らない援軍《えんぐん》が、文字では表現できない|奇声《きせい》を発して乱入してきた。その頃《ころ》になってようやく馬車組が間に合い、血相を変えたサイズモアとヨザックが躍《おど》り出る。
「ユーリ!」
「ここだ」
 おれの反応に安堵《あんど》の表情を見せて、ヴォルフラムが駆《か》け寄ってきた。
「こいつらは何者だ、というかあいつらも何者だ!?」
「そんな難しいことをいっぺんに|訊《き》かれても」
 三十対十五……六? 七くらいの戦闘は、どちらかというと少数派が優勢に見えた。馬上の剣士《けんし》が二人しかいないので、恐ろしく小回りが|利《き》くらしい。しかも服も武器もバラバラの集団は、戦い方が汚《きたな》……いや|狡猾《こうかつ》だ。一対一で迎え撃《う》つ者は一人としていないし、正々堂々と斬り合う者もいない。
 おれはヴォルフラムとTぞうの後ろにやられ、泥で濡れた車輪に背中を預けていた。
 世界は広いというけれど、羊に護衛された男はおれしかいないだろうなあ。なにやらとてもトホホな気分だ。
「……コンラッド……?」
 一番遠くで|騎乗《きじょう》したままの二人組のうち、一人の影《かげ》がどうしてもウェラー|卿《きょう》に思えた。もう一人は恥《は》ずかしいほど派手な服装だが、コンラッドらしき人はシマロンの軍服姿だ。
「なあヴォルフ、あれ……コンラッドだ」
「なに!? あのバカどうしてこんなところに……確かに似てるな」
 実弟《じってい》にもお墨付《すみつ》きを貰《もら》い、どうにかそっちへ行こうと試みるが、命が惜《お》しくて動けない。それでも眼《め》だけは彼の動きを追っている。
 昼の陽光を反射して、鋼《はがね》の銀が弧《こ》を描《えが》く。あの居合いに似た無駄《むだ》のない軌跡《きせき》は、確かにウェラー卿コンラートだ。隣《となり》にいる派手な服の男は誰だろう。原色ばかりいくつも並べて、目がチカチカしたりしないのだろ……。
「ユーリ!」
「うわ、はお」
 気を抜《ぬ》いたのはほんの数秒だったのだが、背後の幌《ほろ》にナイフが刺《さ》さっていた。耳からほんの数センチだ。目前で何かにぶつかって方向が逸《そ》れたように見えた。誰かが石でも投げてくれたのだろうか。
「はおって返事はないだろう、はおって返事は!」
 ヴォルフラムは結構、|言葉遣《ことばづか》いに厳しい。
 赤緑の隈《くま》取《ど》り仮面の一団が、急に馬の方向を変えた。半分かそこらに数は減っているが、全速力で北に向かっている。
「逃《に》げた? 敗走してんの?」
 おれはなるべく地面を見ないように、高い位置に視点を置いていた。荷台から這《は》い出てきた村田健が、不自然な目線に気づいて何をしているのかと訊いた。
「あーほら、下にはいろいろあるから」
「あ、なるほど。首とかね」
 車を跳《と》び降りたフリン・ギルビットは、血に染まる雪と泥水に溜《た》め息をついた。
「……なぜ狙《ねら》われたの」
「カロリアを独立させるのが、今になって惜しくなったんだよぉ」
 その美少女アニメ声は。
 おれと村田とヴォルフとヨザックは、ぎょっとして声の主を見た。原色を並べたポンチョみたいな派手な服に、不健康な黄色い肌《はだ》。病的に痩《や》せた|右腕《みぎうで》には、細身の剣が握られている。
「ベラール四世陛下……」
「やあ! 皆《みな》さんとはどこかでお会いしたねぇ? 表彰式《ひょうしょうしき》かなそれとも舞踏会《ぶとうかい》かなぁ」
 えらの張った顎とマッシュルームカットは、返り血を浴びて赤く染まっている。そんな外見で|微笑《ほほえ》まれて、おれはリプリーに睨《にら》まれたエイリアンみたいな気持ちになった。
「アハハ伯父《おじ》上の作戦を|邪魔《じゃま》するのはアハ本当に気持ちがいいねぇ、これで皆さんのカロリアはちゃんと独立するし、また伯父上の評価が下がっちゃうよねえ。あはは権力者が|狼狽《うろた》える姿を見るのは、ほんと楽しくてやめられないよぉ」
 楽しげに間延びした語尾《ごび》の後に、ベラール四世陛下は一言だけ|呟《つぶや》いた。
「……早く消えればいいのに」
 おれはもう、|眉《まゆ》が八の字になってしまい、鳥肌《とりはだ》が耳の中まで|侵攻《しんこう》していた。恐ろしい、人間って恐ろしい。
「あ、気にしなくていいよぉ、死体や|怪我《けが》人はシマロン側が引き受けるからぁ。元を辿《たど》ればこのひとたちもウチの国の兵士なんだもぉん。春まで放置したりはしないからねー」
「陛下!」
 おれとベラール四世が同時に振《ふ》り向いた。だがすぐにどちらが呼ばれたのか判る。
 ウェラー卿はもう、おれのことを陛下なんて呼ばない。彼は|一緒《いっしょ》に|眞魔《しんま》国に戻《もど》ってはくれないのだから。
「戻りましょう陛下。あまり長く王宮を空けていると、二世|殿下《でんか》に|怪《あや》しまれます」
「そうだねぇ」
 シマロン軍の制服を身に着けた男は、新しい主《あるじ》を促《うなが》して背中を向けた。今のおれの惨《みじ》めさを紛《まぎ》れさせてくれるなら、禁酒|禁煙《きんえん》をやめてもいい。
 よほど情けない顔をしていたのか、ヴォルフラムが軽く肘《ひじ》に触《ふ》れる。|普段《ふだん》よりずっと口調が|穏《おだ》やかだ。
「ぼくがお前に言ったことを覚えているか」
「どれだよ。色々言われすぎて判んねぇよ」
 彼は血を拭《ぬぐ》った剣を鞘《さや》に収める。かちん、と|戦闘《せんとう》の終わる音がした。
「……愚《おろ》かなのはコンラートのほうだと」
 そういえばさっきからフリンは挙動|不審《ふしん》な女と化していた。荷台や生きてる羊毛の陰《かげ》に身を隠《かく》し、ちらりちらりと激戦の跡地《あとち》を窺《うかが》っている。見つかって困ることでもあるのかと、おれが声をかけようとした時だった。
「うおぅっ、おっじょーぅぉさぁーん!」
「ああっ」
 銀の髪《かみ》が一瞬《いっしゅん》、逆立った。しゃがみ込んで敵兵の身体《からだ》を触《さわ》りまくっていた男が、フリンを見つけて|嬌声《きょうせい》を上げたのだ。顔中が口になる程《ほど》の、動物的な喜びようだ。やんちゃ盛りの大型犬かというスピードで、憧《あこが》れのお嬢《じょう》さんに突っ込んでくる。
 耳とか垂れちゃって大変だ。
「おじょーさん、おじょーさん、おじょーさんじゃー! 皆の衆、おじょーさんじゃー!」
「あっああっ|嘘《うそ》っ、ちょっと待って、ちょっと待ちなさ……ぎゅむん」
 端《はた》で見ていてセクハラ臭《しゅう》を感じないのは、やはりお嬢様と|下僕《げぼく》という人間関係を知っているせいだろうか。次々とアタックしてきた男達によって、フリンはスクラムで潰された選手みたいになってしまった。
「ラグビーも相当激しいよねー」
 サッカー好きがピントのずれた発言をする。
 山の|天辺《てっぺん》から二メートルは軽く超《こ》そうかという|大柄《おおがら》な男が立ち上がった。芝刈《しばか》り状態の頭部には、X型の傷がある。胸に抱《いだ》くは丸い石……ん? この艶《つや》テリは石ではなく、長年|可愛《かわい》がられた|頭蓋骨《ずがいこつ》ではないか。
「山脈隊長!?」
 磨《みが》き込まれて飴色《あめいろ》につやめく球体は、山脈隊長のスウィートハート、テリーヌさんだ。隊長|殿《どの》が殺《や》った亡骸《なきがら》の中から、一人だけ連れてきたことになっている。メンバーの皆からもテリぽんテリぽんと好かれているが、しかし実は「生まれた時から骨姿」でおなじみ骨飛族の、身体の一部なのは内緒《ないしょ》である。
 駆けつけてくれた援軍の大半は、平原組の卒業生達だった。皆、薄汚《うずよご》れた格好はしているが、以前に着ていたピンクの|囚人《しゅうじん》服ではない。
「山脈隊長達、どうして大シマロンにいるんだ? ああまずはテリーヌさんにあいさつだよな。こんちわテリーヌさん、今日もお肌つやつやだねえ」
「テリーヌしゃんは毎日お手入れに余念がないんでしゅよねえ。基礎化粧《きそけしょう》品は卵白なんでしゅよー」
「……山脈隊長も変わってないね」
 この悪辣《あくらつ》な|坊主頭《ぼうずあたま》の人間山脈は、テリーヌしゃんを通してしか会話をしないのだ。
 やっとのことで男どもを退《ど》かしたフリン・ギルビットは、カロリアの新国主である立場も忘れ、ヒステリックに|叫《さけ》んでいる。
「ああもうあなたたちと来たらッ! どうしていつもいつも子供じみた|挨拶《あいさつ》しかできないの? 一度くらい気品のある紳士《しんし》的な態度で、ご|機嫌《きげん》いかがですかって|訊《き》いてみてちょうだいよー」
「おっじょーさん、俺等ごきげんじゃーん」
「そうそう、俺等ごきげんじゃーん」
「いぇーい、俺等ゴキブリじゃーん」
 フリンは|礼儀《れいぎ》作法の指導を|諦《あきら》めた。
「……それからね、戦場で倒《たお》した敵兵の懐《ふところ》を|探《さぐ》るのはおよしなさい。もし後日、遺族に渡《わた》すのでなければ、あれはとても恥ずかしい|行為《こうい》よ」
 冷静な口調で窘《たしな》められ、平原組卒業生達はしゅんとした。フリンのこういう点は|凄《すご》い。
 同じ一国一城の主として、見習わなければならないと思う。
 これまでおれは村田のことを、いじめられっこの眼鏡《めがね》くんだと思ってきた。だがその|偏見《へんけん》に満ちた村田観は、このところの男前ぶりと現在の勇敢《ゆうかん》さにおいて一八○度転換《てんかん》した。現在、彼が何をしていたかというと……|襲撃《しゅうげき》者の遺体に屈《かが》み込んで、丹念《たんねん》に死因を調べていたのだ。戦闘で命を落とした亡骸なんて、テレビか写真でしか見たことはない。こっちの世界に来るようになってからは、様々な|衝撃《しょうげき》体験にも慣れてはきたが……それでも自分から傷を調べるなんて、検死官にでもならない限り不可能だろう。
「何も刺《さ》さってない」
 顔を覆《おお》った指の|隙間《すきま》から、村田と|犠牲者《ぎせいしゃ》をチラ見する。なにが、と訊く声も籠《こも》る。
「矢だよ。確かに矢が飛んできて突《つ》き刺さったのに、傷があるだけで|矢尻《やじり》も残ってないんだ」
「だからそれがなにっ」
「僕の|見間違《みまちが》いか……弓じゃなかったのかな。だったら他《ほか》に|誰《だれ》が僕等に味方してくれたんだ」
 そういえばおれも、援軍《えんぐん》の|騎馬《きば》の数を、最初は三騎|確認《かくにん》していた。しかしベラール陛下とコンラッドが去ったときには、他に味方の馬はいなかった。残る一騎はどこへ消えたのか。
 離《はな》れた場所からの視線を感じ、おれは荒《あ》れ野とは逆の森へと首を向けた。木々を数本過ぎた所……日差しが薄《うす》くなる境目に、先日よりずっとましになった|金髪《きんぱつ》の男が、馬から降りもせずに留《とど》まっていた。
「よう」
 走るおれの様子に青い|瞳《ひとみ》を|眇《すが》めながら、アーダルベルト・フォングランツは抑《おさ》えた声を出す。
「元気そうだな」
「あんたも……一昨日《おととい》よりは大分マシになった……その、手と脚《あし》は……?」
 彼は骨折した片手片脚を、ギブス状の白い道具で固めていた。
「お前を楽しませちまったな。武人のこういう姿なんぞ、|滅多《めった》に見られるもんじゃねぇぞ」
「あんたなのか?」
「何が」
「弓矢みたいだけど……そうじゃないもの撃《う》ったり、おれの顔面に刺さりそうだったナイフを、見えない石で外してくれたのは」
「さあな」
「だからー、そういう力が残ってるんなら、自分の身体を治してからにしろって!」
 アーダルベルトは理不尽《りふじん》な説教を受けたような顔になったが、すぐに「まあいいか」と自分で打ち消した。
「これであの晩の借りは返したからな。覚えておけ、次に会うときは……」
 その先を言わずに馬を走らせる。不安だけ残すやり方は、以前とまったく変わらない。
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%