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今日からマ王11-2

时间: 2018-04-30    进入日语论坛
核心提示:     2 ねえ、ゆーちゃん、ママ最近思うんだけど、ゆーちゃんにはちょっとフェロモンが足りないんじゃないかしら。ドラえ
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 ねえ、ゆーちゃん、ママ最近思うんだけど、ゆーちゃんにはちょっとフェロモンが足りないんじゃないかしら。ドラえもんでも21エモンでもなくて、フェロモンよ。あれをね、むんむん放出すると、何もしなくても女の子が群がってくるっていうじゃない?
 そこでね、ママはゆーちゃんのモテ人生のために、今日から毎晩フェロモン増強食を作ることにしたの。ううん、いいのよお礼なんて! ダイエットだってリハビリだって、本人のやる気と家族の協力が大切なんだものね。
 見て見てっ、早速《さっそく》今夜から超豪華《ちょうごうか》フェロモン増強定食セブンよ。えーとまずレバニラでしょ、モツ鍋《なべ》でしょ、上ミノでしょー?
 
「ううー……お袋《ふくろ》……そりゃホルモン……」
 おまけに七種類が混ざり合って、物凄《ものすご》い臭《にお》いになっていた。
 その時と同じ|臭気《しゅうき》が鼻腔《びこう》に流れ込んできて、おれは|一瞬《いっしゅん》で目を覚ました。信じられないほどの寝起《ねお》きのよさだ。
「何のにお……ごっ、ごえええぇ」
 両目の内側までヒリヒリする。吸い込んだ空気で肺まで汚染《おせん》されそうだ。一度はっきりした意識が、再び遠くなりかけた。痛みに耐《た》えて周囲を見回すが、真っ暗で自分の居場所さえ|確認《かくにん》できない。
 さっきまでおれは友人の学校の学園祭で、十月末のプールサイドにいた。秋の終わりの風は冷たかったが、午後の空は青く空気は澄《す》んでいた。それが今は真っ暗で、息をするのが憚《はばか》られるような臭いだ。世界が|違《ちが》う。まるで別世界。
 ということは答えはただ一つ。
「来られた?」
 成功したのか? やっと戻って来られたのか?
「やった、おれ遂《つい》に戻って来……いてっ」
 勢いよく立ち上がろうとして、後頭部を強《したた》かに打った。どうやら|天井《てんじょう》が低いらしい。ただでさえ少ない脳細胞《のうさいぼう》が、今の|衝撃《しょうげき》で八〇は減った感じ。
 やけに寒いと思ったら、背中と下半身が濡《ぬ》れていた。それも|綺麗《きれい》な水ではなく、ぬるつく汚《よご》れた液体でだ。それはおれの脚の間を、ゆっくりと不快に流れて行く。臭いと汚水《おすい》と狭《せま》さから考えると、下水道の中というところだろう。それなら真っ暗なのも肯《うなず》ける。
 そう思ってよくよく目を凝《こ》らすと、完全な闇《やみ》というわけではなかった。下水道の出口だろうか、遠くに一点の光が見える。更《さら》に、おれから一定の|距離《きょり》をおいて、無数の小さな赤い点がぐるりと周りを取り囲んでいた。
 まさか、ね、ネズミ?
「うわー、わくわくネズミーランド」
 自然と頬《ほお》が引きつった。こんなに沢山《たくさん》のネズミさんには、浦安《うらやす》の夢の国でも会えないだろう。おまけに地面だけでなく、天井付近にも赤い点が散らばっている。羽のある奴等《やつら》もいるらしい。
 とりあえず抵抗する意思のないことを報《しら》せようと、顔の脇に両手を上げてみた。今度は頭をぶつけないように恐《おそ》る恐る立ち上がる。
 異世界間移動スタツアにもいい加減慣れてきたし、とんでもない場所に落ちるのも|我慢《がまん》できる。しかし今回はあまりに酷《ひど》い。鼠《ねずみ》と蝙蝠《こうもり》の棲《す》む臭《くさ》い下水道なんて、これまでの中でも最悪だ。迷子《まいご》の鉄則と同じように、落下地点を動かずに迎《むか》えを待つのが安全だと判《わか》ってはいる。けどこの過酷《かこく》な|環境《かんきょう》では、とてもじゃないけど|黙《だま》ってしゃがんではいられない。
 だってこれ絶対ガス出てるよガス。メタンだかブタンだか知らねーけどっ。今ここでマッチでも擦《す》ろうものなら、マンホールの蓋《ふた》もふったぶ……じゃない、吹《ふ》っ飛ぶ大|爆発《ばくはつ》だろう。|駄目《だめ》だ、気力向上のための無理な|駄洒落《だじゃれ》さえ思いつかない。深刻な|状況《じょうきょう》だ。
 一刻も早くこの場を|脱出《だっしゅつ》しようと、おれはじりじりと進みだした。鼠や蝙蝠と戯《たわむ》れたくなければ、|慎重《しんちょう》に間合いを計らなくてはならない。ああ、こんなときにドラえもんがいてくれたら、おれの代わりに耳を齧《かじ》られてくれたろうに。
「助けてムラえもーん……そうだ、村田は!?」
 経験上、直前に一緒《いっしょ》にいたとしても、校長教頭副校長がこっちの世界に紛《まぎ》れ込まないのは判っている。堅気《かたぎ》の皆《みな》さんにはご迷惑《めいわく》をおかけしない、それがスタツアの掟《おきて》なのだ。けれど村田健は違う。彼は歴《れっき》とした関係者だ。へたをすればおれなんかよりもずっと深くこちら[#「こちら」に傍点]の世界に関《かか》わっている。
 この間だって飛ばされてきたくらいだし、渦巻《うずま》くプールに呑まれている可能性も高い。もしもまだ気を失ったままだとしたら、彼を残して脱出するわけにはいくまい。だが周囲は相変わらずの暗さだ。闇の中では|手《て》探《さぐ》り足探りで捜《さが》すしかない。
「村田……いるのか? いたら返事しろ。いるならハイ、いないならイイエでどうぞ」
「ひーへー」
 間髪《かんはつ》入れず足元付近で|怪《あや》しげな呻《うめ》き。
「いっ、今のはイイエか? イイエなのか!? 返事はもっと元気よく!」
「ひーへー」
 ヒーヘーじゃいるかいないか判りません。いるかのようだがクジラかもしれないし。
「どちらかといえばイイエに近いので、いないと見なして単独行動していいでスか?」
 ……それは人として駄目だろう。
「ひーへー」
 そのお返事は声というよりも、息が漏れたような音だった。このガスで喉《のど》をやられたのかもしれない。右足をそっと前に出すと、|爪先《つまさき》が生温かい物体に触《ふ》れる。親指と人差し指で摘《つま》んでみると、ツルリというよりヌルリという感触《かんしょく》だ。
 周囲に群がる赤い目の奴等を牽制《けんせい》しながら、|掌《てのひら》で慎重に探ってみる。
 脚《あし》だ。くの字に折れた二本の人間の脚だ。
「村田!? お前なんでズボン脱《ぬ》いでんの?」
 最後に見た時は制服のままだったけど……いや、今はそんなことどうでもいい。とにかくこの|地獄《じごく》の下水道から、何とか自力で抜《ぬ》け出さないと。
 どこが頭かも判らない暗さだったので、足首を掴《つか》んでえいやっと引きずり上げる。どうにか背負う格好になりながら、おれは闇の中をゆっくりと進み始めた。赤い点滅《てんめつ》で存在を主張する小さなお友達を刺激《しげき》しないように。ずっと向こうに見える白い点が、出口の光であることを祈《いの》った。情け深く香《かお》り高き下水道の神よ、もっと光を!
 やがて水が流れ落ちる音と共に、白い点は|徐々《じょじょ》に大きくなった。周囲の空気が新鮮《しんせん》になり、吹き込む風は昼間の日差しで暖められている。遠くから人の声が聞こえてきた。おれの名前を連呼している。澄んだ少年っぽいものと、持って生まれた美声も台無しの|鬼気《きき》迫《せま》る叫びだ。
「どこだユーリ!」
「陛下ーっ! 陛下、どこにいらっしゃるのですかーッ!? この私、フォンクライスト・ギュンターが、今すぐお側《そば》に参りますーっ! ああ思い起こせば、陛下に初めてお会いしたのは、国境近くの村でした。あの日から私は陛下の虜《とりこ》、七十代の乙女《おとめ》も同然の心には、ただただ陛下への畏怖《いふ》と尊敬の念ばかりが育ち……」
「やかましいぞギュンター、自分のことばかり延々と語るな!」
 この天然|漫才《まんざい》はヴォルフラムとギュンターだ。なんだか肩《かた》の力が抜けると同時に、少しだけ足どりが軽くなった。
 煉瓦《れんが》造りの下水道はそこで終わり、灰色の汚水は小川に注ぎ込んでいた。小規模で簡単な|堤防《ていぼう》があり、その先は日差しに|煌《きら》めく湖だ。周囲にはベンチやボート小屋があり、どうも公園になっているらしい。
 つまりここは、眞魔国汚水公園ということ?
 デートスポットにしてはあまりに酷い臭いだ。ただし昼飯に|餃子《ぎょうざ》を食っても絶対安心。
「おれはこっちだよーっ」
 おれは陽《ひ》の光の下《もと》に踏《ふ》み出し低い所にいた彼等に向かって|叫《さけ》んだ。
 過保護な教育係と自称《じしょう》・婚約《こんやく》者は、おれの声にほぼ同時に顔を上げた。一方は白鳥形のボートを覗《のぞ》き、一方はゴミ箱をひっくり返している。どうやら彼等は彼等なりに、必死に捜してくれていたらしい。だが、|捜索《そうさく》場所に問題が。
「ていうか、おれはゴミですか」
「ユーリ!」
「陛下っ」
 見慣れた顔、聞き慣れた声の二人が駆《か》け寄ってくる。フォンビーレフェルト|卿《きょう》ヴォルフラムの黄金色《きんいろ》の髪は、日差しを受けて輝《かがや》いている。湖面を思わせるエメラルドグリーンの|瞳《ひとみ》が、真《ま》っ直《す》ぐにおれに向けられた。開きかけた唇《くちびる》からは、今にも「おかえり」という単語が飛びだしそうだ。
 ああ、やっと戻《もど》ってこられたんだ。地球時間にして二ヵ月|離《はな》れていただけで、こんなに望郷の念が湧《わ》くなんて。
「ただいま、ギュンター、ヴォル……」
「|遅《おそ》いぞはなちょこ!」
 ちょっと待て。今、お帰りじゃなくて、へなちょこって言った? それどころか訛《なま》った? 張り詰《つ》めていた神経が音をたてて切れた。全身からがっくりと力が抜ける。
「……それが久々の再会の言葉かーぁ? ありがたくって背中の村田もズルッと……うわ、落としちゃったよごめん村田ッ」
 派手な汚水|飛沫《しぶき》をたてて、担《かつ》いでいた荷物が足元に落ちた。息を弾《はず》ませたフォンクライスト卿が、おれの後ろを指差して言った。
「なんと|珍《めずら》しい! 魚人姫《ぎょじんひめ》ですね!?」
 何? おれの友人はいつから姫などと呼ばれるようになったんですか。ぎょっとして振《ふ》り向くと浅い流れに転がっていたのは、人間ではなく|両脚《りょうあし》の生えたマグロだった。水面を尾鰭《おひれ》でビチビチ叩《たた》いている。活《い》きがいい。頭部には豊かなテングサの塊《かたまり》が。
「うお! ムラケンいつからそんな姿に!? ていうか脚が、魚に脚が生えてるッ」
「それはそうですよ陛下、海の貴族と称《しょう》される魚人姫ですからね。ああもちろん、この場合の姫とは出自を指すものではなく、男性なら王、女性なら姫と呼ばれるだけのことです。いずれも眞魔国においては陛下の忠実な民《たみ》ですから、魚と|勘違《かんちが》いしたからといってお気になさることはございません」
 マグロと間違えてすみません。
「人魚姫じゃなくて魚人姫とは……ん? 姫ってどうして判るんだ?」
「それは簡単。いい脚しておりますからね。ほーら、臑毛《すねげ》がないでしょう」
 と、自慢げな教育係。
「やれやれユーリ、お前は本当にへなちょこだな。魚人姫の抱《だ》き方も心得ていないとは。魚人姫の変化前は……ほらこうやって、お姫様抱っこするのが紳士《しんし》の嗜《たしな》みだぞ」
 言葉と共にヴォルフラムが見せてくれたのは、とれとれピチピチお魚抱きだった。それをしてロマンチックというのなら、大物を釣《つ》り上げた漁師さんは皆ダンディーだ。
 馬にまで鼻を背《そむ》けられつつ、汚水《おすい》まみれのまま城の裏口から入る。おれが下水道に出現したことは極秘《ごくひ》事項《じこう》なので、兵士達の仰々《ぎょうぎょう》しい出迎《でむか》えはなかったが、久々の血盟城《けつめいじょう》はやはり荘厳《そうごん》で、演奏されてもいないクラシック音楽が聞こえてきそうだった。石造りの建物の内部はひんやりとしていたが、その静謐《せいひつ》な空気を掻《か》き乱し、少女の声が高い|天井《てんじょう》に反響《はんきょう》した。
「ユーリだ! ユーリ、会いたかった!」
「グレタ! おれもだよ、おれの可愛《かわい》い天使ちゃー……ありゃ」
 満面の笑《え》みで駆け寄ってくる小さな|身体《からだ》を抱き締《し》めようと、おれはしゃがんで待ち受けた。ところが。
「ユー……くっさー」
 最愛の少女は|途中《とちゅう》で立ち止まり、小さな鼻を摘んで後退《あとずさ》った。娘《むすめ》なんて薄情《はくじょう》なもんだ。
「どうしたのユーリ!? 身体が腐《くさ》ってきてるみたいだよ」
「腐ってねえよ」
 だが、よく日に焼けた小麦色の肌《はだ》と細かく波打つ赤茶の髪の少女は、|一瞬《いっしゅん》だけ顰《ひそ》めた凜々《りり》しい|眉《まゆ》をすぐに下げて、おれの胸に飛び込んでくる。
「でも好きーっ!」
「うお」
 勢い余って尻餅《しりもち》をつき、|尾《び》てい骨を強《したた》かに打った。でも痛くない。愛する娘が慕《した》ってくれるのに、ケツの一つや二つがどうだというのか。
「うーん、クサーイ。もういっかーい。いいもん、愛の前では悪臭《あくしゅう》なんてむいみだもん。たとえユーリが腐ってゾソビになっても、グレタの愛は変わらないからねッ」
「だから腐ってねーって」
「でもほんとに」
 訳あっておれの養女になった異国の子供は、髪《かみ》が濡《ぬ》れるのも構わずに、服に頭を|擦《こす》りつけるようにして|呟《つぶや》いた。
「……心配したんだよ。だって急に消えちゃうんだもん。もう二度とあえ、会えないのかとっ、思って……お母様のときみたいに、またグレタひとりぼっちになっちゃうんじゃないかって」
 細い肩が震《ふる》えている。何てことだ! こんないたいけな子供を泣かすなんて。渋谷有利のバカ、原宿不利、幼女泣かせ! 謝れ、グレタに土下座して謝れ。
 おれは温かい背中に手を回し、身体全体でぎゅっと抱き締めた。
「ごめんグレタ。おれが悪かったよ。もう二度とあんな危ない|真似《まね》は……」
 そう言いかけて言葉を切った。例えばこの先、重大な局面に立たされたとき、決して|無謀《むぼう》な行動はとらないと約束できるか? その迷いを敏感《びんかん》に感じ取ったのか、グレタは懸命《けんめい》に明るい声を作る。
「うそばっかりー。今はそんなこと言ってても、ユーリまた消えちゃったりするんだよ。もういいもん、もうグレタも慣れたもん。そんなことでいちいち心配しないもん」
「ごめん、本当にごめんな」
「いいよ。ユーリが元気ならそれでいいの。急にいなくなってぴっくりさせられても、こうやって還《かえ》ってきてくれたらそれでいいよ」
「うん」
「でもね、ほんとはいっつも思うんだよ」
 少女は不意に声を低くした。
「……今夜は帰したくない、って」
「なにーっ!?」
 誰《だれ》だ!? 誰だグレタに妖《あや》しい台詞《せりふ》を教えたのは! 不覚にも心臓を撃《う》ち抜《ぬ》かれてしまったじゃないか。おれは咳《せ》き込みつつ謝った。しかも今夜じゃなくて今度だろう。
「ごほっ、ぐっ、グレタ……っいつも心配かけてすまないけど……」
「うん。でもね、おとーさま。それは言わない約束だから、グレタはひとりで|枕《まくら》を濡らすんだよー」
 動揺《どうよう》して天を仰《あお》ぐと、親指を突きだす三男|坊《ぼう》がいた。
「お前かヴォルフ! お前の入れ知恵《ぢえ》なのか。グッジョブじゃないだろうが」
「|違《ちが》うぞ、これはもう一押しの合図だ。可愛い娘にそこまで言われれば、いくら薄情な王でもこの国に骨をばらまこうという気になるだろう」
 眞魔国では散骨が標準なのだろうか。
 気忙《きぜわ》しい靴音《くつおと》と共に、長身の男が広間の扉《とびら》を潜《くぐ》る。グレタに乗られたまま転がるおれの姿を見つけると、腰《こし》にくる重低音が短く言った。
「やっと来たか」
「グウェンダル」
 部屋に|充満《じゅうまん》する|臭気《しゅうき》にはすぐに気付いたようだが、彼は眉間《みけん》の皺《しわ》を一本増やしただけで、鼻を摘《つま》んだり口を覆《おお》ったりするどころか、顔色一つ変えなかった。恐《おそ》らくこの程度の悪臭には、某実験で慣れているのだろう。さすが、人の上に立つ男は違う。半開きになった口からは、いつもの彼らしい冷静な言葉が発せられる。
「どうじだごどだ、ごどじおいば」
 なんだ、鼻呼吸を止めてただけか。ここまで嫌《いや》がられると、鈍感《どんかん》なおれでも多少は傷つく。
「ああ陛下、そんなに悲しそうなお顔をなさらないで。汚水の香《かお》りなど大したものではございません。その|証拠《しょうこ》にほら、このとおり、ギュンターは全く意に介《かい》しておりません」
「……あんたは鼻血全開だからね」
 おれの下水道スメル以前に、血生臭《ちなまぐさ》くて大変だろう。
「毎度のことながら落下地点に問題が……ていうかねえアンタたち、呼ぶのはいいよ、喚《よ》んでくれるのは! こう見えてもおれは一応、この国の王様だかんねッ。でもいい加減にワームホールを固定してくれないかなあ。もっと|普通《ふつう》の、安全な場所に落ちたいのよおれは」
「ぞればずばながっだな、ぺいが」
 特に済まないとも思っていない表情で、グウェンダルは言った。
 フォンヴォルテール|卿《きょう》「陛下」にはいつも含《ふく》みがある。たとえそれが|緊張《きんちょう》感のない鼻声であろうともだ。
 |魔族《まぞく》意外と似てるネ三兄弟の長男は、新前《しんまい》魔王であるおれに|全幅《ぜんぷく》の信頼《しんらい》を寄せてはいない。|排除《はいじょ》しようとまでは考えていなさそうだが、少なくとも弟達二人や熱心な教育係とは異なり、王として敬うような|素振《そぶ》りは決して見せなかった。
 もっともおれのほうとしても、誰かに傅《かしず》かれたいなんて思っちゃいない。ただ、信じて欲しいとは時々思う。
 あんたにとって、いまだにおれは単純で操《あやつ》りやすく、すげ替《か》えのきくトップというだけの存在かもしれない。けれど、心強い味方を一人失った今は、|全《すべ》ての身内の信頼を求めたくもなる。そう感じること自体が未熟だと、|冷徹《れいてつ》な言葉を返されるだけであっても。
 だから彼がおれの右手を取り、軽く|頭《こうべ》を垂れたときには正直いって|驚《おどろ》いた。フォンヴォルテール卿グウェンダルは、揶揄《やゆ》の色のない真顔でこう言った。
「カロリアでは申し上げることが出来なかったが、無事の|御帰還《ごきかん》を心より嬉《うれ》しく思う。また此度《このたび》のウェラー卿の不始末だが……愚弟《ぐてい》に成り代わり許しを請《こ》おう。どのような処断でも受け入れる|覚悟《かくご》だ」
「……ど……」
 おれ以上に弟であるヴォルフラムが、どうしちゃったのグウェン!? と隣で青ざめていた。それもそのはず、今のは確かに謝罪の台詞だ。些《いささ》か偉《えら》そうだとはいえ、おれみたいなへなちょこに許しを請うなんて、これまでの彼では考えられないことだったのだ。
 だが困ったのは頭を下げられたこっちだ。処断だなんて難しいことを|迫《せま》られても、|長兄《ちょうけい》に責任を問うつもりはないし。
 他《ほか》にかける言葉も見つからず、おれは思わず感想を漏《も》らした。
「大変だなぁ、兄貴やってくのって」
 グウェンダルは片眉を|僅《わず》かに上げ、|奇妙《きみょう》な表情でおれの右手を放した。声だけはいつもどおり低く、冷静だ。
「しかし望めるものならば、どうか今一時の猶予《ゆうよ》を願いたい。王を護《まも》る使命を投げだし他国へと遁走《とんそう》したコンラートと、またそれを未然に防げなかった私の罪は重く、生半《なまなか》な刑《けい》では怒《いか》りも静まるまいが」
「ちょっと待った、おれあんたに責任があるなんて一言も……」
「だが我が国は現在、外交面で|逼迫《ひっぱく》した|状況《じょうきょう》にある。陛下をお呼びしたのも火急の用件があればこそだ。見苦しく断罪を引き延ばすつもりはないが、今はまず国家の大事が先……」
「ちょっと待てってば! だから、他人の話を聞けよグウェン! 言ってんだろ? あんたが悪いなんて考えてないし、処分しようとも思わない。コンラッドのことだって……」
 苦いものを呑《の》み込む思いで、その名前を口にする。
「どこの国に行こうがどんな仕事に就《つ》こうが……それは彼の自由だろ。どうしても転職したいってんなら仕方がない。おれには止める権利はないよ。えーとなんだっけ、職業|選択《せんたく》の自由っていうの? いや、おれはちゃんと正しいことを言ってるはずだよ。そうだろ?」
 学問の自由とか信仰《しんこう》の自由とか自由の女神《めがみ》とかさ。少ないボキャブラリーの中から、使えそうな単語を引っ張りだした。
 フォンヴォルテール卿は尚《なお》も何か言いかけようとしたが、おれは遮《さえぎ》って|喋《しゃべ》り続けた。
「それより、謝らなくちゃならないのはこっちのほうだ。カロリアでは……シマロンでもだけど、勝手な行動をとってすまなかったよ。さぞ|怒《おこ》って……あー、ご立腹でしょうけどー……あのときはそうするしかなかった、他にいい案がなかったんだ。判《わか》ってる、判ってますって! 無謀だとか危険だとか、そうです、そのとおりです。ごめん! きちんと説教もお聞きします」
「説教はもう、ぼくが聞いた」
 ヴォルフラムがうんざりした顔で両手を挙げた。眉間に兄そっくりの皺を寄せている。
「カロリアでの一件は、お前をとめられなかったぼくとグリエの不《ふ》手際《てぎわ》だ。もう蒸《む》し返さないでくれ、思いだしたくもない」
 長身の二人に挟《はさ》まれて、重低音ステレオ叱責《しっせき》を受けている末弟《ばってい》を想像し、おれは申し訳なくも忍《しの》び笑った。
「それから、わざわざ|捜索《そうさく》隊まで出させちゃって……そのー、そんな大事になるとは思わなかったんだ。なんかお金も凄《すご》く使わせちゃった? ヘリ一機飛ばすのに幾《いく》らとかあるんだろ? 船まで出させちゃったら……うはあ、税金どれだけ使っちゃったんだろ。ホントすみません。おれが単細胞《たんさいぽう》なばっかりに」
 なにを|仰《おっしゃ》るんですか陛下ーぁ、とギュンターが|妙《みょう》に語尾《ごび》を伸ばした。怒りを通り越《こ》して|呆《あき》れているのか、美形の口は半開きだ。おれ一人の我が|儘《まま》のために、かなりの額の国家予算を無駄《むだ》にしてしまったようだ。頭を下げて済むレベルではないのだろうか。
「……でも、迎《むか》えに来てくれてありがとう……それで、非常に|訊《き》きづらいんだけど、あの|縁起《えんぎ》でもない箱はどうなったかな」
 その単語に全員が顔を上げ、場の空気が急に変わった。
 大シマロンから這《ほうほう》々の体《てい》で|脱出《だっしゅつ》してきたおれたちは、偽物《にせもの》とすり替えた『箱』を持っていたのだ。この世には、触《ふ》れてはならない物が四つある。そのうちの一つが、おれたちが運んでいた『風の終わり』だ。カロリアまでは確かに手元にあったのだが、船内の|厨房《ちゅうぼう》でスタツアってしまったおれには、箱の行方《ゆくえ》は報《しら》されていない。
 フォンヴォルテール卿は厳《いか》めしい顔に戻《もど》り、どことなく無礼な命令口調になった。いつもどおりの彼にむしろほっとする。
「その件も含め、重要な評議がある。円卓《えんたく》会議だ。もちろん陛下の御前《ごぜん》でな。だがいくら何でもその形《なり》ではまずかろう。大至急だ、大急ぎで風呂《ふろ》に入れ! それからアニシナの置いていった、大魔動|脱臭機《だっしゅうき》・ニオワナイナイくんを使え」
「に、ニオワナイナイくん!?」
 これまたヤバそうなネーミングだが、くんまで付けて呼ぶあたり、彼女への親愛の情が感じられる。おれを大浴場に押しやりながら、長男は苦い声で|呟《つぶや》いた。
「もう既《すで》に、会議は回り始めているのだからな」
 
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