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今日からマ王11-1

时间: 2018-04-30    进入日语论坛
核心提示:     1 |突然《とつぜん》ですが、彼女ができました。 本当に突然。何の前触《まえぶ》れもなく。|恋愛《れんあい》予
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 |突然《とつぜん》ですが、彼女ができました。
 本当に突然。何の前触《まえぶ》れもなく。|恋愛《れんあい》予報も雨だったというのに。
 目の前に座ってニコニコしている相手と自分とが、これから|恋人《こいびと》として付き合っていくなんて、とてもじゃないけど信じられない。大体、モテない期間が長すぎた。十六年だよ、十六年。
 生まれてこの方、|完璧《かんぺき》な恋愛状態にいたって時期がろくにない。これはいけるかなと思ったときもあったが、結局最後は「あたしと野球とどっちが好きなの?」で終わる。
 ひとと野球は比べられないでしょうと弁解しても、比べてよ、と|迫《せま》られる。|嘘《うそ》でも即答《そくとう》しておけばいいんだと村田《むらた》は言うし、お袋《ふくろ》の助言はてんで参考にならない。ゆーちゃん、悩《なや》むと大きくなるわよーだとさ。そんなことで身長が伸《の》びるなら、とっくに一九〇は超《こ》しているはずだ。
 これまでの苦い経験から学んだのは、秋口のおれには恋愛は無理ということだけだった。
 だって八月、九月はペナントレースの天王山で、それが終われば日本シリーズが待っている。恋にときめいている心の|余裕《よゆう》などない。
 その点において、今回のタイミングはベストだった。
 時は十月末、すべての決着は既《すで》についている。
 おれは何もかもに絶望し、|魂《たましい》が抜《ぬ》けていて、野球の話を|一切《いっさい》口にしなくなっていた。春まで山奥に籠《こ》もって、テレビもラジオもない場所で静かに暮らそうかななんて、非現実的なことまで考えていた。
 それが良かったらしい。
 見かねた村田に呼び出された他校の学園祭で、中学時代の同級生に声をかけられたのだ。
「|渋谷《しぶや》くんでしょ」
 そう、おれの名前は渋谷|有利《ゆーり》だが、接尾《せつび》語として原宿《はらじゅく》不利《ふり》ではなく、くんを付ける同級生は|珍《めずら》しい。いや正確には「元」同級生だ。彼女は県北にあるミッション系女子校の制服姿だった。|偏差値《へんさち》で表すとおれより十は上、|微妙《びみょう》に劣等《れっとう》感を|刺激《しげき》してくれる。
「だ……」
「|誰《だれ》だっけ、って思ってるでしょ」
 隣《となり》にいた村田|健《けん》が、もしかして橋本《はしもと》? と|呑気《のんき》な声で|訊《き》き返す。
 模擬《もぎ》店従業員として労働中の彼は、家から持ち出した花柄《はながら》のエプロンをかけていた。
 中二中三とクラスが|一緒《いっしょ》の眼鏡《めがね》くんは、おれよりもずっと|記憶《きおく》力がいい。全国模試では必ず上位に名を連ね、現に今も都内有数の進学校に在籍《ざいせき》している。学校始まって以来の秀才《しゅうさい》と謳《うた》われていたくらいだ。
 しかも覚えているのは村田健としての人生だけではない。そのもっと前、もっともっと前の生き方までも、映画のあらすじを記憶するみたいに保存しているらしい。|脳《のう》味噌《みそ》の皺《しわ》と皺の間に。
 おれにとって村田はちょっと特別な存在だが、それに気付いている人間は身近にはいない。彼が二つの世界の歴史を知る|大賢者《だいけんじゃ》だなんて、言ったところで誰も信じないだろう。
 とにかく知らないことは村田に訊くべきだと思っていたし、|互《たが》いにその関係に慣れ始めていた。だからおれは友人に顔を向け、いつもどおりに|尋《たず》ねようとした。
「橋本って、だ……」
「あたしに直接訊けば?」
 ちょっと咎《とが》めるみたいに言われる。もっともな意見だ。そこでおれは正面切って質問した。
「橋本って何部だったっけ」
「ちょっと待って、最初の質問がそれ!? |普通《ふつう》、下の名前とかクラス訊かない?」
 まあいいや、と彼女は短い髪《かみ》に指を差し入れる。
「テニス部だったよ。アキレス腱《けん》やっちゃって辞《や》めたけど」
「ああ! 三階クラスの橋本|麻美《あさみ》かぁ。コーチにお姫《ひめ》様|抱《だ》っこされて運ばれたって|噂《うわさ》の」
「やだな、そんなエピソードで覚えられてるの?」
 だってそれは当時ものすごく話題になった事件だ。実際には他校との親善試合の最中に、アキレス腱を切った選手がいたというだけの話だ。コーチと顧問《こもん》を兼任《けんにん》していた数学教師が、病院まで自分の車に乗せて行った。指導教員として当然の|行為《こうい》だが、顧問は若くて独身で、まあまあ見た目も良かったから、一部の女子から|嫉妬《しっと》の対象にされたのだろう。
 おれが野球部の監督《かんとく》をぶん殴《なぐ》ったのと、ちょうど時期的には近かったが、噂の広まり方はまったく|違《ちが》った。コーチとできているだとか、挙げ句の果てには婚約《こんやく》したなんて尾鰭《おひれ》までつけられて、彼女としては相当|嫌《いや》な思いをしたはずだ。
「ごめん」
「何が? 別にいいよ」
「おれ、無神経なこと言ったよな」
「いいったら」
「いやよくねーよ、自分がそんな思い出し方されたら、おれだったら凄《すげ》え腹立つもん」
 橋本麻美は耳にかかった髪を払《はら》った。テニス部時代の習慣が抜けないのか、|襟足《えりあし》が見えるくらいのショートにしている。
「別に平気だってば」
「あー、お二人さーん」
 花柄エプロンの村田健が、PTAみたいに眼鏡のフレームに指を当てた。
「廊下《ろうか》で頭の下げっこせずに、そこらのかふぇーに入ってくださいよ、かふぇーに。うちの学祭の売り上げに貢献《こうけん》してくれる気はないのかなー?」
「かふぇー!?」
 数分前に再会したばかりだというのに、おれたちは息の合った突《つ》っ込みを入れた。
 超《ちょう》進学校の学園祭にはまるで覇気《はき》がなく、並ぶ模擬店もカフェどころか立ち食い蕎麦屋《そばや》みたいな|雰囲気《ふんいき》だったからだ。
「そうだよ、メイドかふぇー」
「メイドかふぇー!?」
 戸口から教室内を覗《のぞ》いてみても、コスチュームの従業員など一人もいない。慣れないエプロン姿の学生が数人、|暇《ひま》そうにぼんやりしているだけだ。
「そうだね、せっかくだから売り上げに貢献しないとね」
 スポーツ選手らしい大きな歩幅《ほはば》で、橋本は室内に入っていった。|途端《とたん》にその場の店員数人が、右手を挙げて口を開く。
「まいどー」
「……まいどカフェかよ」
「あたしカフェオレ。渋谷くんは?」
 |窓際《まどぎわ》の席を確保して、橋本はこちらを振《ふ》り返った。
「ああ、牛乳」
「牛乳ー? メニュにはさぁ、ホットミルクとか書いてあるんじゃない? まあ牛乳でもいいけど。渋谷くんらしいけど。じゃあカフェオレと牛乳ね。あ、あとこれ、『森の熊《くま》さんの手作り謎《なぞ》の物体』……ホットケーキかパンケーキじゃないの?」
「謎の物体だよ」
 エプロンのポケットからすかさず伝票を取り出した村田が、注文の品を書き込んだ。
「じゃあそれも」
 謎の物体と知りつつ頼《たの》むのか。想像以上にチャレンジャーで好ましい。スクール仕様の|椅子《いす》を引いて、おれは彼女の向かいに腰《こし》を落ち着けた。ぞんざいに掛《か》けられたテーブルクロスには、前の客のコップの跡《あと》が残っている。
「さて」
 橋本は両手を|膝《ひざ》に置き、|笑顔《えがお》のままで背筋を正した。同年代の女子と同席することが|滅多《めった》にないので、ひとつひとつの動作が新鮮《しんせん》だ。
「改めましてコンニチハ渋谷くん。久しぶり、元気だった?」
「ラジオのパーソナリティーみたいだな。おれは元気でしたよ、そっち……橋本は?」
「あたしも元気」
 問題はその先の会話だ。
 幸いにして現在のおれには、一方的に野球のことを捲《まく》し立て、相手を引かせるだけの気力はない。だからといって別に気の利《き》いた話題を提供できるわけでもなく、真正面の顔を|不躾《ぶしつけ》に観察しながら、手持ち無沙汰《ぶさた》に飲み物を待つだけだ。
 けれど、橋本はこれまでの女の子とは違った。自分で主導権を|握《にぎ》るタイプだったのだ。
「その制服。今時珍しいよね、学生服って。確か県立に行ったんだよね。どう? やっぱり校則少ない?」
「さあ、余所《よそ》を知らないからな。そっちは例のお嬢様《じょうさま》学校だろ、ごきげんようとか言ったりすんの?」
「そうそう、朝も帰りもごきげんようだよ。土曜はミサで第二外国語はフランス語だし」
「第二外国語!? まだ高校生なのに、英語以外もやんなきゃならないのか。偏差値の高いとこに行くもんじゃないな」
 |一般《いっぱん》高校生の|大袈裟《おおげさ》な|驚《おどろ》きように、彼女は声を立てて笑った。可愛《かわい》いけれど、とおれはひっそりと思う。
 可愛いけれど、男が一発で心を射貫《いぬ》かれるような、色っぽさとは縁《えん》がない。これまであっちの世界で会ってきた女性達とは異なり、|妖艶《ようえん》さや知性、慈愛《じあい》や健気《けなげ》さに満ちているわけでもない。その代わり彼女の薄《うす》い唇《くちびる》からは、歯切れのいい言葉が次々と生まれる。適度な長さの|睫毛《まつげ》の下では、一般的な日本人が持ち合わせている黒に近い|瞳《ひとみ》がくるくると動く。どこにでもあるような水色のブラウスとチェックのスカートは、彼女いない歴の長いおれを怖《お》じ気づかせない。
 成熟した女性の色気に欠ける分、モテない男でも安心して正面に座っていられた。
「フランス語の先生、マリアンヌっていってね、美人なのにすごい可笑《おか》しいんだよ。自分が学生の頃《ころ》には脇毛《わきげ》は生やしておくのがモードだったとか言うの」
「男?」
「ううん|違《ちが》うよ、女性女性。あんまりマダム・マリアンヌが濃《こ》いから、ついついフランス語研究会入っちゃった。渋谷くんはどう? なんか|面白《おもしろ》いことあった?」
「面白いことと言われても……」
 村田が口笛でも吹《ふ》きそうな顔でやってきて、おれたちの前にカップを置いた。
 面白いかどうかは判断つきかねるけど、奇想天外な体験なら数ヵ月前からしている。
 事の起こりは入学したての五月だった。
 帰宅|途中《とちゅう》の公園で災難に遭《あ》ってた村田を助けようとして、あろうことか洋式便器から異世界へGO! |超絶《ちょうぜつ》美形や金髪《きんぱつ》美少年、空飛ぶ骨格見本に取り囲まれた挙げ句、告白された衝撃《しょうげき》的な事実はこうだ。あなたは我が国の王様です。やっと|魂《たましい》のあるべき場所へとお戻《もど》りになられたのです、と。言ってみれば、おれの|帰還《きかん》。国中に多くの臣下を持つ、学生社長ならぬ学生指導者誕生というわけだ。
 しかもそんじょそこらの指導者ではない。女性のモテ度では島《しま》耕作《こうさく》に勝てないが、部下の数ではこちらの圧勝だろう。ごく普通《ふつう》の背格好でごく普通の容姿、頭のレベルまで平均的な野球|小僧《こぞう》だったはずなのに……。
 おれさまは、|魔王《まおう》だったのです。
 いきなり呼びつけられた異世界で告げられたジョブは、勇者でも予言者でも救世主でもなく魔王陛下だ。しかも人間側にしてみればおれは敵のラスボス。黒い髪《かみ》と瞳を持った|不吉《ふきつ》な存在として、恐《おそ》れられると同時に忌《い》み嫌《きら》われていた。
 なーんてことを言ったって、信じてもらえやしないだろう。シャツの上から胸に手を当てて、五百円玉サイズの石を握り締《し》めた。銀の細工の|縁取《ふちど》りに、空より濃くて強い青。名付親《なづけおや》に貰《もら》ったライオンズブルーの魔石の表面は、今は冷たく滑《なめ》らかだ。
「……特に|珍《めずら》しいことはなかったな」
 人生が激変するような経験を隠《かく》して、おれは曖昧《あいまい》に笑って返事をする。それでも以前よりは|随分《ずいぶん》楽になった。ある意味同志みたいな村田健と、夢じゃない秘密を分かち合えるからだ。
「嘘《うそ》」
「え?」
 ところが何に勘付《かんづ》いたのか橋本は、テーブルに両肘《りょうひじ》を突き、身を乗り出して顔を近づけた。
「色々あったって顔してる。だって表情が、渋《しぶ》くなったって言ったら悪いかなあ、何となく大人っぽくなったもん。中学の頃よりずっとね。何にもなかったはずないよ」
 声を小さくしてそれだけ言うと、すぐに姿勢を元に戻す。すとんと椅子に腰の戻る音がした。おれが|鼓動《こどう》を速くする暇もない。
「でも|訊《き》かない」
「橋本」
「ねえ、アドレス教えて」
「あ?」
 会話の展開の早さについていけず、おれは中途《ちゅうと》半端《はんぱ》に口を開けたまま返事をする。
「引っ越《こ》してないよ」
「引っ越し? やだ住所じゃないんですけど。じゃなくて、ケータイの番号とアドレス。メールするから、あたしのも登録して。なに使ってるの、やっぱり青?」
「ああ、そういうこと。だったら村田に訊いてくれ。おれ|携帯《けいたい》持ってないから」
「持ってないの!?」
 以前は使っていたけれど、水に濡れて|駄目《だめ》になってしまった。
 彼女は鮮《あざ》やかなピンクの器械を、白いテーブルクロスの上に置いた。ストラップとその他の愉快《ゆかい》な仲間達が、傘《かさ》を開くみたいに広がった。
「信じられない! じゃあ連絡《れんらく》とるには自宅に電話するしかないの? わーすごい新鮮、ていうかあたし、もうここ三年くらい|誰《だれ》かの家に電話してない気がする。親がでたらビビって切っちゃうかも」
「うん、だから、村田に電話してくれれば、大体うまいこと連絡つくから」
「なにそれー」
 二つ折りの機種を無意味に開いたり閉じたりして、橋本は細めの|眉《まゆ》を顰《ひそ》めた。困ったように。
「買えば? ないと不便じゃない? これから付き合ってくのにさ、|一緒《いっしょ》にいるときは平気だけど、そうじゃないときはメールしたいよ」
「普通に会えばいいんじゃ……ちょっと待った、おれたちって付き合うことになったんだっけ!? そんなこと何時《いつ》の間に決まったんだ?」
「だって渋谷くん、今、彼女いる?」
 おれは力|一杯《いっぱい》首を横に振った。
 いませんとも。いたら友人の学園祭に、野郎《やろう》一人で来てなどいませんとも。
 意外な展開に思考能力が一時停止した。血液が一気に頭に集中する。
 謎の物体を載《の》せた皿を持ってきた村田健が、勝手に会話に参加する。
「ここだけの話ですけどね、奥さん。渋谷くんたら二ヵ月前に失恋《しつれん》したばかりなんですよー」
「勝手に言うなよ勝手にっ!」
 橋本麻美は明るい声になり、白い両手を軽く握った。
「よかった! ちょうどあたしもフリー。ね、だから連絡用にブリペイドでもいいから。選ぶの付き合ってあげるから。因《ちな》みに渋谷くん、ネットはする? プロバのアドレスがあるんだったら……」
「い、一応、野球関連のサイトは回るけど、いつも親父《おやじ》か兄貴名義だから」
「なんかすごく平和な生活してんのね」
 成人向けお楽しみサイトを巡《めぐ》れないという点では、非常に健全なネット生活だ。橋本はストラップをじゃらつかせ、おれの顔にレンズを向けた。
「ネット楽しいよ。交友関係広がるし。顔は知らないけど色々話せる友達増えるし。あたしなんかアメリカの学生とメールしてるんだよ。アビーっていうの。アビゲイル・グレイブス」
「英語で? すげーな」
 そんなことないよーと片手を振《ふ》りながら、携帯の液晶《えきしょう》で時間を|確認《かくにん》する。
「今度日本に遊びにくるって……あ、大変、もう三時だよ」
「三時?」
 おやつの要求だろうか。だったら目の前に「森の熊《くま》さんの手作り謎《なぞ》の物体」が湯気を上げているのだが。
「ミスコン始まっちゃうよ、ミスコン。早く講堂行かないと。え、渋谷くんはアレ目当てじゃなかったの? びっくりするよ、本当に|綺麗《きれい》な子いるんだから」
 念のために繰り返すけど、村田の学校には男しかいない。
 野郎だらけのミスコンテストは、男子校特有の学園祭行事だ。だがおれは既《すで》に半端でなく美しい男達に遭遇《そうぐう》しているので、|今更《いまさら》なあという感じだ。例えば超絶美形とか、例えば我が儘《まま》プー美少年とか。
「おれはいいよ、他《ほか》に用があるから」
「そう? じゃあ五時にもう一度ここで会お。一緒に帰ろうよ」
 曖昧な返事をするおれに背を向けて、橋本は小走りに教室から出て行った。戸口で一度振り返ると、顔の横で小さく手を振った。唇が「あとでね」の形に動く。座った|椅子《いす》を後ろに反らせていたおれは、そのまま|倒《たお》れそうになった。
「お客さーん、お勘定《かんじょう》ーぉ」
 勝手に客の皿をつついていた村田が、目の前で伝票をヒラヒラさせる。けれどこっちはそれどころではない。たった今、我が人生において初めてのモテシーズンに突入《とつにゅう》したのかもしれないのだ。しかもちゃんと異性にだ、同年代の女子にだぞ。
「どどどどう思う村田ッ!?」
 エプロンの肩紐《かたひも》を引きちぎらんばかりの勢いで、おれは友人を問い詰《つ》めた。
「一体どんな切《き》っ掛《か》けで桃色《ももいろ》の|扉《とびら》が開かれたのだろうか。ていうか神様? 神様の気紛《きまぐ》れ? いやまあ神に頼《たよ》れる立場じゃないんですけどッ」
 村田が向かいの椅子に座った。
「落ち着けよ渋谷。なんだ、いやに冷静だと思ったら。必死でそれらしく振る|舞《ま》ってたのか。まあそんなに取り乱さなくても。いいんじゃないの、付き合えば。ここんとこ色々な意味で|沈《しず》んでたからね。気分|転換《てんかん》になるかもしれないよ」
「自分の気分転換のために、女の子を巻き込んでいいもんかな!?」
「巻き込んで、って。あっちから申し込んできたんだから」
 友人の冷静な|指摘《してき》に一瞬《いっしゅん》納得《なっとく》しかける。
「そう言われてみればそうだ……あっでも、好きだとか告白されてない気がするぞ。ああーうどうしよう、橋本がおれを好きなのかどうか判《わか》らない!」
「嫌いな相手と付き合おうって物好きはいないだろ」
 おれの脳を二時間ドラマが駆《か》け巡った。覗《のぞ》いて家政婦さん。そしてこっそり真実を教えて。
「ざ、財産目当てということも……」
「なるほど、きみの野球グッズコレクションを狙《ねら》ってね。あーはいはい、欲しい欲しいすごく欲しい。セ・リーグばっか出ちゃってがっくりな野球力ードとか、履《は》き古したスパイクとか」
 なんだその投げ遣《や》りな口調は。
「でもねえ、渋谷」
 友人はいつの間にか持ってきてあったコーヒーポットから、おれのグラスに残った牛乳に注いだ。生ぬるく出来上がったインスタントカフェオレを一口飲む。
「たまには全力で遊ぶとか騒《さわ》ぐとかして、短い時間でも憂《う》さを晴らしたほうがいい。気が紛《まぎ》れるっていうのなら、橋本と付き合ってみるのも一つの方法だよ。元々きみは思い詰めやすいタイプだけど、ここのところの落ちこみぶりは尋常《じんじょう》じゃない」
「それは、野球が終わっちゃったし……」
「じゃないだろ」
 眼鏡《めがね》をキラリと光らせそうな|雰囲気《ふんいき》だ。
「二学期始まってからこっち、何をしてても上の空だ。あれほど夢中だった草野球の練習にも気合いが入ってない。かと思うと時々、|切羽詰《せっぱつ》まったみたいな眼《め》でとんでもない場所を|凝視《ぎょうし》してたりする。池とか|噴水《ふんすい》とかさ。一緒に歩いてる友人が駅前の噴水に飛び込みやしないか心配する人間の身にもなれよ。聞いた話じゃ最近の|趣味《しゅみ》は銭湯巡りだそうじゃないか。きみんちのお袋《ふくろ》さんにも聞いたけど、自宅の便器に片足突《つ》っ込んでたこともあるらしいね」
 それは……頭を入れるのには|抵抗《ていこう》があったので。
 村田はグラスの中身を飲み干してしまうと、伝票にコーヒー1と書き足した。ちょっと待て、おれに払《はら》わせる気か。
「おい、なんでお前の分までおれが……」
「あっちのことが気に掛かるのは判るけど、うまく折り合いをつけないと|身体《からだ》にも心にも毒だ。きみは元々、地球育ちなんだから、こっちにいる間くらいは|穏《おだ》やかで楽しい生活を送って、英気を養わないと後で無理がくるんだよ。スーパーマンにおけるプランクトン星みたいなもんだ。あれ、エリック・クラプトン星だっけ? せっかく少しでも憂さを晴らせるようにって、気分転換のつもりでうちの学祭に呼んだのにさ」
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 いつもの彼とは|違《ちが》った真剣《しんけん》な口調で、村田はそこまで捲《まく》し立てた。
「どうせ今日も、スタート[#「スタート」に傍点]地点になりそうな場所目当てで来たんだろ?」
 伝説の大|賢者《けんじゃ》様には、何もかもお見通しというわけだ。
 おれは五本の指を開き、両手をテーブルクロスに|擦《こす》りつけた。|掌《てのひら》の下で固い木綿《もめん》が捩《ねじ》れる。
「悪かった、わーるかったよ! 確かにお前の言うとおりだ。学園祭目当てじゃない。もちろん男だらけのミスコン目当てでもない。おれもう美形には夢持ってないし。探しに来たってのは本当だよ。だって他ならぬ村田の通ってる学校だからさ、もしかしたらあっちと繋《つな》がりやすいかもしれないじゃないか。それに……」
 ちょっと俯《うつむ》いて上目遣《うわめづか》いに見上げる。慣れない真顔とぶつかって、正面からまじまじと村田の|瞳《ひとみ》を見た。本当に、感動的なくらいの黒だ。鏡で見た限りでは判らないけれど、おれも同じ眼をしているのだろうか。
「それに、ここのプールが最後の砦《とりで》かもしれないし」
「最後の砦ェ?」
 村田は小学校の保健の先生みたいにおれを見た。困ったとも|呆《あき》れたともつかない顔だ。それから一瞬|瞼《まぶた》を閉じて首を反らし、天を|仰《あお》ぐ仕種《しぐさ》をした。
「砦ってのは基本的に守るための物だろ。だけど……あーあ、まあどうせそんなことだろうと思ってはいたんだ……いいよもう、おいで。この時間なら|殆《ほとん》どの生徒が講堂に集まってる。今ならプールに人目がない」
「案内してくれんのか!? ありがとう。やっぱ持つべきものは話の分かる友だよな」
「その代わり」
 おれの頬《ほお》をぴしゃりと軽く叩《たた》いて、友人は勢いよく立ち上がった。知ってるか? それ|眞魔《しんま》国では|求婚《きゅうこん》の|儀式《ぎしき》なんだぜ。
「忘れんなよな渋谷、最後の砦発言。男に二言がないのなら、取り敢《あ》えず今回でラストにしておきなよ? 近いうちに行かなきゃならないにしても、うちのプールが|駄目《だめ》だったら、|諦《あきら》めて|暫《しばら》くは休息すること、いいね」
「ああ」
 どうせもう他《ほか》に思いつく場所もない。ここで駄目ならジ・エンドだ。
 
 狙いどおり晩秋のプールには人気がなかった。生徒も客も例のミスコンのために講堂に集中しているのだろう。見渡《みわた》す校庭にも人影《ひとかげ》はない。
 おれたちは開きっぱなしのゲートを抜《ぬ》けて、乾《かわ》いたコンクリートの階段を上った。茶色く萎《しな》びた銀杏《いちょう》の葉が、ひび割れたタイルを転がってゆく。
「場所の問題じゃないとは思うんだけどね」
「じゃあどんな問題? 教えろよ、仮にも大賢者様なんだからさ」
 村田は軽く肩《かた》を竦《すく》めた。
「まあ試《ため》してみなよ。それできみの気が済むんなら」
「ああ試しますよ、言われなくても試させてもら……やった、|奇跡《きせき》だ! まだ|綺麗《きれい》な水が入ってるよ。さっすが私立、お前んとこの学校って気前がいいね。ありゃ? 村田、何か貼《は》ってあるぞ」
 水を湛《たた》えたプールを囲むフェンスには、十枚近くの紙が貼られていた。薄《うす》い水色に堂々たる筆文字だ。
「水、水泳、男、深苦労《しんくろう》……書き初《ぞ》めかよ。あ、こっちは平仮名《ひらがな》だ。うおたー・|0《ゼロ》・ぼーいず……なんだそりゃ。うおたーゼロぼーいず?」
「どうもポスターみたいだねー。あっ!」
 当校の生徒である村田健には、思い当たる節があるようだ。
 |突然《とつぜん》、大|音響《おんきょう》でサイレンが鳴り、スピーカーからスポーツ行進曲が流れだした。ボリュームを上げすぎて高音が割れている。
「なにこれ、何が起こったの? 地震《じしん》、雷《かみなり》、ヒゲオヤジ!?」
「渋谷はヒゲが怖《こわ》かったのかー」
 靴下《くつした》を脱《ぬ》いだおれたちが立ち尽《つ》くしていると、曲に合わせて選手が入場してきた。背筋の伸《の》びた上半身|裸《はだか》の三人組と、ジャージを着込んだコーチ役が一人だ。チーム構成は痩《や》せすぎ、巨漢《きょかん》、中肉中背と、妙《みょう》にバランスがとれている。ただ一つ普通《ふつう》と違ったのは……選手の皆《みな》さんは老人だったのです。
「ど……」
「しまった、この時間にアレがあったとは」
 絶句するおれと舌打ちする村田を後目《しりめ》に、彼等は向こう岸に整列する。コーチ役のジャージがホイッスルを鳴らすと、三人は老いた肉体をくねらせて、片仮名のクの字のポーズをとった。
「ワシら陽気なうおたー・おーるど・ぼーいず!」
「校長」
「教頭」
「ふくこーちょー」
 かしまし爺《じじい》ではないわけね。あの0は、ゼロではなくオーだったのか。赤いスイミグキャップに赤い競泳パンツ。待て、やけに食い込みが際《きわ》どいと思ったら、ビキニでもTバックでもなく、年代物の競泳|揮《ふんどし》じゃないか!?
 足の裏に冷たいコンクリートを感じたままで、おれは村田に囁《ささや》いた。
「にしても、どうして|今頃《いまごろ》ウォーター・フンドシ・ボーイズだよ。ブームが去って久しいのに」
「理事長が男子シンクロ|発祥《はっしょう》校の出身らしいんだ。かといってうちみたいな進学校じゃ水泳部員が集まらないからさ、有志を募《つの》ったら毎年こういうことに」
「いえー。お客さんたち、今日は楽しんでいってのー」
 棒読み。たった二人きりの、それもちょっとしたアクシデントで見学者になってしまった不運なおれたちに向かって、とても元気のない棒読み。
 演目に入るとアップテンポな曲に変わり、校長教頭ふくこーちょーは水面に身を投げた。この寒いのに準備運動もなしだ。ジャージコーチの物悲しい笛に合わせて、筋張った脚《あし》を上げたり、つきでた腹を浮《う》かせたりする。キャップか褌、どちらかの赤が動き、結構なチラリズムを展開していた。
「|何故《なぜ》だろう村田、|涙《なみだ》で前が見えないよ」
「僕もだ。ああ、あれは犬神《いぬがみ》家の一族だね」
 三人が何度目かにシンクロナイズし、|一斉《いっせい》に水中に潜《もぐ》った時だった。|両脇《りょうわき》の痩せぎすと巨漠はすぐに頭を出したのだが、五〇メートルプールの中央にいた中肉中背が、十|拍《ぱく》待っても浮かんでこない。
「おい教頭、ふくこーちょーが上がってこないぞ!?」
「なんですと校長? ふくこーちょーがスポーンひょんなばひゃな」
 言葉が|怪《あや》しい。擬音《ぎおん》と共に入れ歯が発射されたようだ。
「ふくこーちょー!」
「ひゅくこーひょー!」
「ピプピーポー!」
 最後のはホイッスル語だ。校長と教頭は両手足をバタバタさせて、|沈《しず》んだきりの|同僚《どうりょう》に近づこうと足掻《あが》いている。だが重ねた歳《とし》のせいなのか、なかなか|傍《そば》まで辿《たど》り着けない。足が攣《つ》っただの水を呑《の》んだだの騒《さわ》いでいる。プールサイドのジャージコーチはというと、笛をくわえたまま真っ青になってしゃがみ込んでいた。
「まずいぞ村田、なんかヤバイことになってる! 言わんこっちゃない、準備運動もせずに泳ぐからだ!」
 おれは学ランの上着を脱ぎ捨てて、飛び込み台の角を蹴った。相手はか弱いお年寄りだ。早いとこ助け上げなくては命に関《かか》わる。寒いだろうとか冷たいだろうとか、自分もストレッチしてないだろうとかいうことは忘れていた。
 息を止めて薄青い世界に潜ると、水底近くで腕《もが》いている中肉中背の男が見えた。口からは大きな泡《あわ》が漏《も》れている。まだ|大丈夫《だいじょうぶ》だ。二かきで副校長に手が届いた。おれってこんなに泳ぎが達者だったろうか。
 暴れる身体《からだ》になんとか腕《うで》を回し、脇《わき》の下に手を入れて懸命《けんめい》に持ち上げる。境界を越《こ》える抵抗《ていこう》があって、副校長が勢いよく水上に出た。
「うおおおおー、リフト成功じゃー」
 り、リフトじゃねぇっつーの!
 ようやく歩み寄って来たチームメイトが、両側から副校長の肩を掴《つか》んだ。ていうか足がつくのかよ、ここ!? 一言ツッコんでやろうと、踵《かかと》に力を入れて立とうとする……が。
「がぼ」
 足の下にプールの底がない。薄青くザラつく底がなかった。それどころかまるで真下に吸水口でもあるみたいに、全身が勢いよく引っ張られる。踏《ふ》ん張ろうとしていた足首が、強く冷たい力に引きずられる。
 おれはパニックに陥《おちい》りかけ、|瞬間《しゅんかん》的に水を呑んでしまった。けれどすぐに気付く。
 もしかして、いやもしかしなくても、やっとチャンスがきたんじゃないのか? 最後の最後、たった一つ残されていた可能性に賭《か》けて、見事に欲しかったものをゲットしたんじゃないのか。
 カルキ臭《くさ》い水中に沈む|途中《とちゅう》で、村田が何か|叫《さけ》んでいるのが目に入った。ああそうだ、彼にはオフを取れと言われていたんだっけ。でも仕方がない、向こうではおれを喚《よ》んでるんだし、こっちだって一刻も早く行きたかったんだ。
 休むよ、約束する。次に戻《もど》ったら必ず休むよ。大丈夫、体力には自信があるし、精神的にだってくよくよ悩《なや》んでいるよりも、当たって砕《くだ》けてきたほうがずっといい。砕けると決まったわけでもないし。
 ガッツポーズでも決めたい気分で、おれは白と青に満たされた世界に吸い込まれていった。
 あとはもう、待ち望んでいたスターツアーズ。
 きっと彼等の元に辿り着ける。
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