奥さんと子供には早くに死に別れ、
仕事もクビになってしまいました。
そんなわけで毎日ハアーッハァーッと
ため息ばかりついていると、
どうもあの人といると、こっちまで暗くなる、
運が逃げていくよということで、友達も一人去り、二人去り…
とうとう一人ぽっちになってしまいました。
家族もいない、仕事も無い、友達もいない。
じゃあ毎日何をしていたのか?
お墓参りをしてたんですね。死んだ奥さんと子供のお墓参り。
毎日です。おじいさんは毎日、お墓参りをしてました。
「はあ…。こんなになって生きていても仕方ないよ。
どうしてワシだけ残して先に逝っちゃったんだ。
早く迎えに来ておくれ」
そんなことを言って、
何時間もお墓の前でぶつぶつ言ってました。
そして家に帰るとお酒です。
ひとりぽっちが胸に迫る。ツライお酒、
こういうお酒は体にも悪いですよね。
健康も損なわれていきます。
その日もおじいさんは墓参りの帰りに、
ふところから取り出したお酒をちびちび飲みながら
家への道を歩いていました。
すると、
鬼は外、福は内、
鬼は外、福は内、
楽しそうな声が聞こえてきます。
「おお、今日は節分じゃったか」
家族も友達もいない、ひとりぽっちのおじいさんです。
季節ごとの行事なんかも、すっかり忘れていました。
ふんワシには関係ないことじゃと半ばふてくされて、
家に帰ってまたお酒を飲みます。
ところが、周りが楽しくしてる時ってのは
特に孤独がこたえますよね。普段はそんなに考えないのに、
こういう節分とか、お祭りの時っていうのは
はあ、俺一人ぼっちなんだなあと、つくづく感じるってことが、
あるじゃないですか。
(昔は、家族みんなで豆まきをして、
鬼のお面をかぶって、にぎやかだったなあ)
鬼は外、福は内
孤独なおじいさんの耳に、容赦なく、豆まきの声がつき刺さります。
家族のよろこび、家庭のあたたかさをみせつけるように。
鬼は外、福は内
耳をふさいでも、ヤケ酒をきゅーと流し込んでも、
容赦なくその声は耳に、心に、グサグサとつき刺さります。
おじいさんは、だんだんムカムカしてきました。
い、いい加減にしろーッ!!
ガターンと立ち上がって、
何が鬼は外だ、福は内だ、ふんっ!
シアワセそうにしやがって。何言ってやがんだ。
こっちなんか、鬼は内だ。そうだとも、鬼?
ああ、どんどん来るがいい。鬼はー内、
鬼はー内、
鬼はーー内!!
すると、
からからっ、扉が開いて
「どうも」
赤いのがひょっこり顔を出します。
「お、なんじゃお前は」
「はい、わたし、鬼です」
「鬼じゃと?」
見ると、ツノがあって、肌が赤くて、
シマシマパンツで、なるほど、見るからに、鬼です。
「鬼が何の用だ」
「や、なにしろ節分ですからね。
どこへ行っても鬼は外鬼は外と追い出されて、
肩身が狭かったですよ。
そこへ、あなた様が鬼は内とおっしゃった。
あっ、これはありがたいということで、
無礼は承知の上で、おたずねした次第なんです」
少し酔いがさめてきたおじいさんは、
鬼の礼儀正しい態度に感心します。
(若いのになかなかシッカリした鬼だ)
ああそうでしたか。それは大変でしたな。まあ上がってください。
年寄りの一人暮らしでロクなものはありませんが。
酒なんかも、もう少し用意してればよかったんだが…。
「酒ですか?酒なら、ありますよ。ちょっと待ってください。
おーい、お前たち」
鬼が外に呼びかけると、
「どうも」「お邪魔します」
青い鬼、黄色い鬼、緑鬼、大きい鬼、小さい鬼、
いろんな鬼がゾロゾロと入ってきました。
鬼たちはお酒や食べ物をドッサリ広げて、
「さあ、今夜はおおいに楽しみましょう!」
ワーッと宴会がはじまります。
トトトトとおじいさんのおちょこにお酒が注がれます。
さ、めしあがってください。や、どうもどうも。
いやしかし、こうやって誰かにお酌してもらうというのも、
久しぶりのことです。いいもんですな。
にぎやかっていうのは。
鬼たちはすぐに酔っ払って、立ち上がって、
踊りはじめます。
「ほっ!」「あ、それ」
景気のいい声を上げながら、
お囃子にあわせて鬼たちは踊ります。
見ているおじいさんも、だんだん楽しくなって、
体がうずうずしてきました。
「さあ、おじいさんも、一緒に踊りましょう」
「や、わしは…そんな、とてもとても…」
なんて言いながらも、ではお言葉に甘えてなんて言って、
誰よりもノリノリで、おじいさんは踊りまくるのでした。
「いいぞ!」「じいさん日本一!」
鬼たちは気合の入った掛け声を上げ、宴会は一晩じゅう盛り上がりました。
次の朝、鬼たちは来年の節分もまた来ると約束して、
帰っていきました。
おじいさんは奥さんと子供のお墓の前に行って、
つぶやきました。
「ワシは、もうちょっとだけ、がんばって生きてみるよ。
そっちに行くのはちょっと遅くなりそうじゃ。
来年の節分も会おうって鬼たちと約束したからのう」