鬼は毎日のようにふもとの村にやってきて、畑を荒らし回り、家にある食べ物を手あたりしだいに食べるのです。
「そのうちに、わしらも殺されてしまうかもしれない」
「なんとかしないと、村は全滅だ」
村の人たちはすっかり困ってしまい、畑仕事も手につきません。
そこで寺の和尚(おしょう)さんに相談して、鬼が来ると寺へ連れて行き、酒を飲ませて、ごちそうを食べさせることにしたのです。
おかげで畑は荒らされなくなりましたが、今度はごちそう作りが大変です。
村人たちが交代でごちそうを作り、酒を用意しなくていけないのです。
鬼は毎日寺へやってきて、大酒を飲み、腹いっぱいごちそうを食べたあと、本堂で大の字に寝て、ものすごいいびきをかきます。
それを見ていると、なさけないやらくやしいやら、いっそひと思いに殺してやろうとしましたが、
「まて、まて。いくら鬼とて、命あるものを殺すわけにはいかない。わしにまかせておけ」
と、和尚さんがいうので、村人たちは何とかがまんしていました。
ある日のこと、和尚さんが、
「今日は鬼に出すごちそうに、白い石を四角に切ったものと、竹の根を輪切りにしたものを用意するように」
と、いいました。
鬼は、いつものように地ひびきをたてながら、寺にやってきました。
「さあ、どうぞどうぞ」
和尚さんは鬼を本堂に案内すると、大きなおぜんの前に座らせて、
「今日は酒のさかなに、とうふと竹の子を用意しました」
と、いって、白い四角の石と竹の根を輪切りにしたものを出しました。
それから自分のおぜんの上には、本物のとうふと竹の子の煮物をおいたのです。
「ほう、これはうまそうだ」
鬼はいつものように酒を飲み、とうふといわれた白い石をほおばりました。
ガシン!
ところが、その石の固いこと。
必死になってかみくだいたら、鬼の歯がボロボロになってしまいました。
「なんて、固いとうふじゃ。・・・うん?」
ふと和尚さんの方を見てみると、さもおいしそうに、とうふを食べています。
和尚さんは続いて、竹の子の煮物を口に入れると、これまたおいしそうに食べました。
鬼も同じように竹の根の輪切りを口に入れましたが、固くて固くて、やっぱり歯がたちません。
それでも人間に負けてなるものかと、思いきってかみくだいたので、残っている歯もボロボロになってしまいました。
さすがの鬼もビックリして、和尚さんにいいました。
「こんな固い物を、よく平気で食べられるもんだ」
すると和尚さんは、にっこり笑っていいました。
「なあに、人間の歯は鉄より固く、何だってかみくだくことができる。なんなら、おまえさんの腕にかみついてみようか?」
「と、とんでもない!」
鬼は、あわてて手をふりました。
「そればかりじゃない。地面だってひっくり返す事が出来るぞ。あれを見てみろ」
和尚さんが、麦畑(むぎばたけ)の方を指さしました。
見ると、昨日まで黄色く実っていた麦は一本もなく、畑はすっかり耕されて、黒ぐろとした土になっていました。
(なるほど、人間というのは恐ろしい力を持っているものだ。そうとは知らずに畑を荒らしたり、ごちそうを食べていたりしていたが、もしかすると、わしを安心させて捕まえるためかもしれないぞ)
そう思うと鬼は急に怖くなり、そのまま山奥に逃げ込むと、二度と姿を見せることはなかったという事です。