おばあさんがたった一人いるだけでしたが、とても親切そうなおばあさんだったので、時々とまっていく人がいました。
ところが不思議なことに、宿屋にとまった人は、みんな姿を消してしまうのです。
そしてその宿屋では、お百姓仕事もしないのに、牛を何頭も飼っていました。
ある時、一人のお坊さんがこの宿屋にとまりました。
「よくきてくれました。さあ、ゆっくり休んでいってください」
おばあさんは、一生懸命お坊さんをもてなしました。
(ほほう。見かけは悪いが、なかなか親切な宿屋だ)
お坊さんはとても喜んで寝床につきましたが、その真夜中、ごそごそと音がするので目がさめました。
(はて、何の音だろう?)
お坊さんは起きあがって、音のする方の部屋をこっそりのぞいてみました。
すると、どうでしょう。
おばあさんがいろりのまわりに、せっせとごまの種をまいているのです。
(おや? あんなところにごまの種をまいて、いったいどうするつもりだろう?)
不思議に思いながら見ていると、床の上にみるみるごまの芽がのびてきて大きくなりました。
おばあさんはそれをつみとり、なにやらあやしげな粉と混ぜ合わせて、おいしそうなまんじゅうをつくりました。
(これは面妖な。しかしあのまんじゅうを、どうするつもりだろう?)
お坊さんは怖くなって逃げ出そうと思いましたが、こんな真夜中では、どこへ行ってよいかわかりません。
しかたなく部屋にもどって、夜が明けるまでがまんしていました。
すると朝早く、おばあさんがお皿にまんじゅうをのせて持ってきました。
「お客さん、朝ごはんのかわりに、まんじゅうを食べてください」
(ややっ。これは、あのまんじゅうに間違いない)
そう思ったお坊さんは、
「いやいや。ゆうべごちそうをいただいたから、まだお腹がいっぱいです」
と、言って、ことわりました。
するとおばあさんは、がっかりして部屋を出ていきました。
その時、近くの部屋で、
「モー」
と、いう、牛の鳴き声がしました。
お坊さんがびっくりして駆け付けてみると、部屋からおばあさんにひかれた牛が出てきました。
「これはいったい、どうしたのです?」
お坊さんがたずねると、
「なに、わたしの飼っている牛が、部屋に上がりこんでしまったんですよ」
と、おばあさんはにこにこしながら、牛を庭の方へ連れていきました。
その時、牛の出ていった部屋をのぞいてみると、お客さんの荷物がおいたままです。
(わかったぞ。あのまんじゅうを食べると、牛になるんだ)
お坊さんの思った通り、おばあさんは宿屋にとまったお客を牛にして、牛買いに売っていたのです。
(なんて、おそろしいことを)
でもお坊さんは、何くわぬ顔で、
「すまんが、今夜もとめてもらいます」
と、言って、宿屋を出ていきました。
そしてお坊さんは町で本当のまんじゅうを買うと、その日の夕方、宿屋へもどってきました。
すると、おばあさんは、
「お腹がすいたでしょう。すぐに夕ごはんをつくりますから、それまでこのまんじゅうでも食べていてください」
と、言って、牛になるまんじゅうを出しました。
するとお坊さんは、町で買ってきたまんじゅうをその横へおき、
「いや、わたしもまんじゅうを買ってきたところです。おばあさんのまんじゅうもおいしそうだが、こっちも食べてみてくださいよ」
と、言いながら、牛になるまんじゅうと素早くすりかえて、おばあさんにわたしました。
「それなら、先にあなたのまんじゅうをいただきましょうか」
そう言っておばあさんは、お坊さんにわたされたまんじゅうを食べました。
するとそのとたん、おばあさんの姿はみるみる牛になってしまったのです。
こうしてお坊さんは、恐ろしい宿屋の主人を退治したのでした。