店の主人の五郎は貧乏ですが、近所でも評判の正直者で、お金を払えない人にはただで餅をわけてあげました。
そのため、五郎はますます貧乏です。
ある日の事、五郎が餅を店に並べていると、前の道に何か白く光る物が落ちていました。
「何だろう?」
不思議に思いながらそばへ行ってみると、何と銀のさじが六本も落ちていたのです。
「こいつは、大変なお宝だ」
五郎は六本のさじを拾い上げると、あわてて辺りを見ました。
しかし、どこにも人影はありません。
(どうしよう? 落とした人は、さぞ困っているだろう)
五郎はさっそくさじを持って、落とした人を探しに出かけました。
「誰か、このさじを落とした人はいませんか? わたしの店の前に落ちていたのです」
近所の人たちに尋ねても、みんなは知らないと首を横に振るばかりです。
正直者の五郎は店を休んで、村から村へと落とし主を探し歩きました。
そして十日ほどたって、ようやく落とし主が見つかりました。
それは町で古道具屋を開いている、仁兵衛(じんべえ)だったのです。
「やれやれ、見つかって良かった」
そこで五郎は仁兵衛の店へ銀のさじを届けに行ったのですが、ところがこの仁兵衛は、とても欲の深い人で、わざわざ拾って届けてくれた正直者の五郎から少しでもお金を巻き上げようと、こう言ったのです。
「確かに、この銀のさじはわしが落とした物だ。だが、さじは七本あったはず。どうして六本しかないのだ?」
「そんな事を言われても困ります。わたしが拾ったのは、六本だけです」
「それなら、残りの一本はお前が取ったに違いない。どうしても返さないと言うのなら、その一本分の代金を払って貰おう!」
そう言って仁兵衛は、高いお金を要求したのです。
「そんな。わたしには、そんなお金はありません。せっかくここまで届けに来たのだから、受け取って下さいよ」
「いや、受け取れん! 代金を払わないのなら、残りの一本を返せ!」
五郎さんは、すっかり困ってしまいました。
そこで奉行所へ訴え出ると、幸運な事に、名裁きで有名な大岡越前がじきじきに裁いてくれるというです。
五郎と仁兵衛が、お白州(おしらす→裁判を受ける場所)に入ると、越前が尋ねました。
「五郎に尋ねるが、お前が拾った銀のさじは、六本しか無かったのだな?」
「はい、お奉行さまにお預けした通り、六本だけです」
「では、仁兵衛に尋ねる。お前が落としたのは、七本であったな」
「はい、七本です。それなのにこの男は六本しか返さず、一本をネコババしたのです。そこで仕方なく、お金でゆずってやると言っても承知しないのです」
仁兵衛が、胸を張って言いました。
「そんな、ネコババなんてしていません! お奉行さま、銀のさじは六本しかなかったのです。信じてください!」
「何を言う、この盗人め! 品物を返さないのなら代金を払う。当然の事だろう!」
「おら、盗人じゃねえ!」
「いいや、この盗人め!」
二人はとうとう、言い合いを始めました。
二人の態度を見ていると、越前には仁兵衛がうそをついているのは明らかなのですが、証拠がない以上、うそと決めつけるわけにはいきません。
しばらく考えていた越前は、二人に言いました。
「ともかく、二人とも黙れ! いいか、お前たちはわたしに裁きを求めて来た。どんな裁きであろうと、反論する事は許さぬぞ」
「はい」
「はい」
五郎は、もしかすると自分がお金を支払わなければならないと思うと、心配でたまりません。
一方、仁衛兵の方は、最悪でも落とした銀のさじが自分の元に戻ってくるし、うまくいけば余分にお金をもらえると余裕です。
越前は、そんな二人にこう言いました。
「仁兵衛が落としたのは、『七本のさじ』。五郎が拾ったのは、『六本のさじ』である。よって、五郎の拾ったさじは、仁兵衛の物ではない。仁兵衛は、自分が落とした『七本のさじ』が出てくるまで、待つがよい。そして五郎の拾った『六本のさじ』は、持ち主が現れないものとして、拾った五郎の物とする。よいな!」
それを聞いて、仁兵衛はびっくりして、
「そ、そんな馬鹿な。お奉行さま、あのさじはわたしの物です。実はあのさじは、最初から六本・・・」
と、言いかけて、慌てて口を押さえました。
それを見て、越前は怖い顔で仁兵衛に言いました。
「ほほう。最初から六本と言う事なら、あのさじはお前に返してやろう。しかし、おかみに嘘をついた罪として島流しを命ずるが、それでも良いのだな!」
「・・・いえ。わたしの落としたのは七本のさじなので、五郎が拾った六本のさじは、五郎の物です」
仁兵衛は、泣きそうな声でそう言いました。
越前は、そんな仁兵衛をにらみつけると、にっこり笑って五郎に言いました。
「五郎よ。聞いての通り、お前が拾った六本のさじは仁兵衛の物ではない。落とし主が分からぬゆえ、遠慮なく貰って帰るがよいぞ」
「はい。お奉行さま。名裁きをありがとうございます」
こうして六本の銀のさじは正式に五郎の物となり、五郎は大喜びで家に帰って行ったのです。
「うむ。これにて、一件落着!」