ある日の事、きっちょむさんが川のほとりを散歩していると、一人の侍が釣りをしていました。
するとそこへのら犬がやって来て、釣りをしている侍の足元で片足を持ち上げると、ジャージャーとおしっこをしたのです。
それに気づいた侍は、びっくりです。
「無礼者め! 犬のぶんざいで、武士に小便をひっかけるとは!」
侍はかんかんに怒って、刀に手をかけました。
それを見つけたきっちょむさんが、あわてて侍にかけよります。
「お侍さま、どうぞ、どうぞお待ちください!
犬の事なので、きっとお侍さまの足を木とかん違いしたのでしょう」
「いや、かんべんならん! この場で切りすててくれるわ!」
「そこを何とか! 犬に代わって、あやまりますので」
「だめだ! あやまるのなら、その犬にあやまらせろ!」
犬にあやまらせるなんて無理な話ですが、侍は聞き入れません。
するときっちょむさんは犬のそばに近よって、犬とひそひそ話をはじめました。
そしてそれがすむと、侍に言いました。
「お侍さま。実はこの犬が、どうしてもあやまらないと言っています」
「なんじゃと! けしからん! なぜじゃ!」
「はい、犬が言うには、犬が片足を上げて小便をするのは、神さまへの恩返しだからだそうです」
「神さまへの、恩返しだと?!」
「犬の話しによると、犬にはむかし、三本しか足がなかったそうです」
「ほう」
「三本足では、何かと不自由です。
それで神さまがあわれと思って、犬にもう一本の足をくださったそうです」
「なるほど、それで四本足になったというのか?」
「はい。それで神さまにもらった方の一本に小便をかけては申し訳ないと、犬は片足を上げて小便をするようになったとのことです」
「うむ」
「恩を忘れぬのが、人の道。小便をするにも神さまの恩を忘れぬ犬は、まことに立派な心がけです」
それを聞いた侍は、ニヤリと笑いました。
「なるほど、お前がうわさのきっちょむか。
それを聞いては、犬を切るわけにはいかんな。
わかった。
小便もかわいた事だし、犬を許してやろう」
侍は機嫌をなおすと、また釣りをはじめたということです。