どこにでもいるただのネコですが、そのネコのごはんを入れている茶わんが何とも素晴らしい茶わんで、目利きの人なら喉から手が出るほどです。
ある日、茶店で休んでいた金持ちのだんなが、それを見て驚きました。
(ネコに小判とは、よく言ったものだ。このばあさん、茶わんの値打ちがまるでわかっていない)
そこでだんなは、何とかしてネコの茶わんを手に入れたいと考えました。
だんなはネコのそばへ近寄ると、その頭をなでながら言いました。
「なんて、可愛いネコだ。実に素晴らしい」
「そうですか? 一日中ブラブラしている、何の役にも立たんネコですよ」
「いやいや。なかなかに、利口そうなネコだ。それに、毛のつやもいい。なんなら、わしにゆずってはくれないか?」
「まあ、可愛がってくれるなら、ゆずってもいいですよ」
おばあさんの言葉に、だんなはしめたと思いました。
後はネコと一緒に、あの茶わんもつけてもらえばいいのです。
「それで、いくらでネコをゆずってくれるかな?」
「そうですね。ネコの事ですから高くも言えませんが、一両でゆずりましょう」
「はっ? 一両(約七万円)も!」
(こんな汚いネコに一両も出せとは、とんだばあさんだ)
と、思いましたが、あの茶わんは、とても一両や二両で買える品物ではありません。
「わかった。一両出そう」
だんなは財布から一両小判を取り出して、おばあさんに渡しました。
ここからが、本番です。
「ところで、ついでにこの茶わんももらっていいかな? 新しい茶わんより食べなれた茶わんの方が、ネコも喜ぶと思うので」
そのとたん、おばあさんがピシャリと言いました。
「いいえ、茶わんをつけるわけにはいきません。これは、わしの大事な宝物ですから!」
(ちぇっ、このばあさん、茶わんの値打ちをちゃんと知っていやがる)
だんなはくやしくなって、思わず声を張り上げました。
「大事な宝物なら、なんでネコの茶わんなんかにするんだ!」
「何に使おうと、わしの勝手でしょうが! さあ、ネコを持って、とっとと帰っておくれ。この茶わんは、いくら金をつまれたってゆずりませんからね!」
だんなは仕方なく、ネコを抱いて店を出て行きました。
でも、もともとネコが好きでないだんなは、
「ええい、腹が立つ! お前なんか、どこへでも行け!」
と、峠の途中でネコを投げ捨てました。
ネコはクルリと回転して着地すると、そのまま飛ぶように茶店へと戻っていきました。
「よし、よし。よう戻って来たね」
おばあさんはネコを抱きあげると、何度も頭をなでてやりました。
「お前のおかげで、またもうかったよ。これで二十両目だね。ヒッヒッヒッヒッヒッヒッ」