前の失敗にこりて無益な用心をする愚かさを言います。あつものは熱い汁、なますは細かく切った生肉——冷菜。熱い吸いものを吸って口をやいたことのある人は、冷たいなますを見て警戒して吹きさまそうとします。フランスにも「一度口をやいたものは常にスープを吹く」ということわざがあります。
ものの味わいのうまいまずいは、材料や調味料の関係以外に、そのときの食べものの「温度」が、かなり重要な役割を担《にな》っています。それだけに、その材料にもっともふさわしい温度で食べたとき、「ウン、これはうまい」と、思わず感歎の声を上げたくなるわけです。みそ汁がぬるくなって、みそが底のほうに沈んでいたり、湯どうふがさめかかったり、なまぬるいお刺身、なま温かいビールでは、およそ興ざめです。
千利休の故事を引くまでもなく、「あったかいものはあったかく、つめたかるべきものはつめたく」なければ、料理のすべてが水泡に帰する場合だってあるのです。
この温かい冷たいの温度感覚は、私たち人間の体温を一応の基準として、口に入れられた飲食物の温度が三七度Cに近いほど、なま温かく感じられ、不快感を催しますが、これよりも温かいか冷たいかであると快く感じます。もっとも、この温度にも上限と下限があり、八○度C以上と○度C以下では、温冷感よりもまず痛みの感じが襲い、食べものとしては不適格です。
屈原《くつげん》(楚の詩人)の詩に由来するこのことわざの熱羮《ねつこう》も、おそらく限度いっぱいの九〇度C以上あったのではないでしょうか。ただし、一回に口に入れる分量が|ほんの《ヽヽヽ》少しの場合は、口に入れてから温度が急にさめるのでその割ではありませんが、汁ものの場合など、熱さかげんがほどよいものと錯覚して、ガブ飲みしたのではたまりません。不愉快をとおり越し、思わず「無礼な」とどなりたくなりましょう。
こうした温度感覚も、人によって嗜好がちがい、中には熱いものが好きな人もおれば、猫舌《ねこじた》と言われ、熱いものは全然受けつけない温《ぬる》好きの人もおり、さまざまです。それだけに「味覚と温度」は切っても切れない関係にあるわけで、家庭料理のよさの一面は、自分の好みの温度で食べたり、食べさせてもらえるところにある——とも言えましょう。
こってりした材料や濃厚なうま味をもったものは熱いほうがよく、みそ汁、肉類の調理などは容器をも温めて食膳に出しましょう。これとは逆に、風味や舌ざわりというふうなデリケートな味を楽しむもの、酸味を有する飲食物(くだもの、清涼飲料、酢のもの)などは冷たくしたほうがおいしくいただけます。このように味覚は、温度によって、それぞれちがった感じ方の変化をしますので、最初申し上げたように「あったかいものはあったかく、つめたかるべきものはつめたく」して食べることが、ものをおいしく食べるコツと言えましょう。
箸涼しなまくさぬきの胡瓜もみ 万太郎
ものの味わいのうまいまずいは、材料や調味料の関係以外に、そのときの食べものの「温度」が、かなり重要な役割を担《にな》っています。それだけに、その材料にもっともふさわしい温度で食べたとき、「ウン、これはうまい」と、思わず感歎の声を上げたくなるわけです。みそ汁がぬるくなって、みそが底のほうに沈んでいたり、湯どうふがさめかかったり、なまぬるいお刺身、なま温かいビールでは、およそ興ざめです。
千利休の故事を引くまでもなく、「あったかいものはあったかく、つめたかるべきものはつめたく」なければ、料理のすべてが水泡に帰する場合だってあるのです。
この温かい冷たいの温度感覚は、私たち人間の体温を一応の基準として、口に入れられた飲食物の温度が三七度Cに近いほど、なま温かく感じられ、不快感を催しますが、これよりも温かいか冷たいかであると快く感じます。もっとも、この温度にも上限と下限があり、八○度C以上と○度C以下では、温冷感よりもまず痛みの感じが襲い、食べものとしては不適格です。
屈原《くつげん》(楚の詩人)の詩に由来するこのことわざの熱羮《ねつこう》も、おそらく限度いっぱいの九〇度C以上あったのではないでしょうか。ただし、一回に口に入れる分量が|ほんの《ヽヽヽ》少しの場合は、口に入れてから温度が急にさめるのでその割ではありませんが、汁ものの場合など、熱さかげんがほどよいものと錯覚して、ガブ飲みしたのではたまりません。不愉快をとおり越し、思わず「無礼な」とどなりたくなりましょう。
こうした温度感覚も、人によって嗜好がちがい、中には熱いものが好きな人もおれば、猫舌《ねこじた》と言われ、熱いものは全然受けつけない温《ぬる》好きの人もおり、さまざまです。それだけに「味覚と温度」は切っても切れない関係にあるわけで、家庭料理のよさの一面は、自分の好みの温度で食べたり、食べさせてもらえるところにある——とも言えましょう。
こってりした材料や濃厚なうま味をもったものは熱いほうがよく、みそ汁、肉類の調理などは容器をも温めて食膳に出しましょう。これとは逆に、風味や舌ざわりというふうなデリケートな味を楽しむもの、酸味を有する飲食物(くだもの、清涼飲料、酢のもの)などは冷たくしたほうがおいしくいただけます。このように味覚は、温度によって、それぞれちがった感じ方の変化をしますので、最初申し上げたように「あったかいものはあったかく、つめたかるべきものはつめたく」して食べることが、ものをおいしく食べるコツと言えましょう。
箸涼しなまくさぬきの胡瓜もみ 万太郎