広途にたたずんだまま惨劇《さんげき》を目《ま》の当たりにした人々は凍《こお》りついて動けなかった。馬に踏みにじられた子供は人垣《ひとがき》が作った空白の中に取り残されている。
助け起こしに行ってやりたい、と誰もが思ったが、随従たちが振り返るのが怖《こわ》かった。その随従が掲《あ》げた幢《はた》。——郷長の車である。郷長の名は昇紘《しょうこう》。昇紘の前で目立つということは、恐ろしい危険を意味した。この街に住む者は、誰もがそれを知っている。
くう、と子供が呻《うめ》き声をあげた。
——まだ、助かるかもしれない。けれどもせめて、昇紘の車が角を曲がるまでは。
子供は小さく頭を上げる。すぐにそれを血糊《ちのり》の中に落とした。
清秀はぴちゃん、というぬかるみの音を聞く。もう一度顔を上げて助けを求めようとしたが、もう首が上がらなかった。
途《みち》にたたずんで自分を注視する人々を、清秀は虚《うつ》ろに見た。
誰か助けてくれないのだろうか。起きあがりたいが、それができないでいるのに。
——痛いよ、鈴……。
間近の小途から人影がひとつ走り出てきた。その人影が驚いたように足をとめ、清秀に駆《か》け寄ってくる。
「——大丈夫か」
間近に膝《ひざ》をついた人影。どんな人物だかは分からない。もう、目がかすんでよく見ることができなかった。ただ、間近の膝を覆《おお》った布が赤い染《し》みをつけるのを見た。
「誰か——この子を運ぶものを」
声は言って、清秀の肩に温かな手が触れた。
「しっかりしろ。いま——」
「……おれ、死ぬの、やだな……」
「だいじょうぶだ」
「……鈴が……泣くから……」
——あいつ、泣くと、なかなか泣きやまないから。
すごく鬱陶《うっとう》しくて……かわいそうなんだよな……。
それきり、彼の思考は途絶えた。