京の人は根は|しわい《ヽヽヽ》が、口先だけは世辞がよい——と、そしることば。客が来て、帰りかけようとすると、「何もないけど、お茶漬けでも……」と、お愛想を言って引き止めはするが、実際には、ごちそうする気など全然ない。「なんなら茶漬」「京のいにしなの茶漬挨拶」などということわざも、同じ意味のことわざ。こうしたことは、何も京にかぎったことではなく、繁昌の地ならどこでも行なわれたことだったらしく、「浜松茶漬」「有馬の茶漬」「鞆《とも》のお茶漬」「福山の門鑵子《かどがんす》」「大道湯漬」(陸前)などと、枚挙にいとまのないほどです。
京の人たちには、なんでもない客あしらいの一つで、言うほうも、また言われるほうも、そのつもりで言い流し、聞き流してすませる社交辞令なのに、生まじめな田舎の人たちはこのことばを真に受け、仕方なく話し込んでいるが、いつになっても昼ごはんの気振りも見えない——そんな苦い体験を何度か重ね、京の人たちの言うことは口先だけで当てにならない、京の人たちの言う世辞は、額面通り受け取ってはならない——という意に使われるようになりました。
「朝|粥《がゆ》昼とび夕雑炊」ということわざも、京の人たちをはじめ、関西人の食事のつつましさを皮肉ることばですが、事実、つい先ごろまで、朝がゆや茶漬けは、奈良の農家や京の町家の日常食でした。幕末のころ、京に遊んだ石川明徳は、京の人たちの飲食のつつましさを、次のように書き残しています。
「洛中おほむね朝は宵の飯、茶にて粥を炊き香の物ばかり、昼は飯を炊き菜の物と一品拵ひ、夕は又茶漬にて香の物ばかり。味噌汁は月に二三度位。右は粥を食すれば米に過半し益あり。且つ商人の力業致さずば身のこなしによし。又飯を昼炊けば、朝に違い暖なる事故、薪によほどの益あり。菜なければ食事の沢山すすまず、併せて食事晩致す時は香の物ばかりにてうまく食す。」
京の町の人たちのつつましい食事も、言ってみれば生活の知恵ということができます。
かゆや茶漬けなどというと、粗飯のように考えられがちですが、これにもピンからキリまであり、洛東、南禅寺のほとりにある料亭で夏にかぎって食べさせる朝がゆなどは、一流レストランのフルコースにまさるともおとらぬほどかかる|こった《ヽヽヽ》ものです。
家庭用の茶漬けには、ごま塩、焼きのり、塩こぶ、みそ漬け、つくだ煮、干ダラ、塩ザケ、たくあんなど、なんでもあり合わせの材料で、飯も冷温いずれでも結構ですが、茶だけは熱湯にかぎり、生鮮魚菜、たとえばマグロ・タイ(刺身)、車エビ(天ぷら)、ウナギ(蒲焼き)、ハモ・アナゴ(焼きもの)、ちょっとぜいたくして、京のゴリ(つくだ煮)茶漬けなどは、熱めしの上にわさび、つけじょうゆを加え、酒とごま塩とで好みに調味したところへ、熱湯か番茶をそそぎ、しばらくふたをして、魚肉などが霜降り状に白く|ほとびれる《ヽヽヽヽヽ》ころ合いを食べかげんとして召し上がれば、この上ないうまさに、感極まること請合《うけあい》です。志のある方は、京都に行かれた折にでも、料理屋に命じてゴリをしょうゆで煮つめさせ、一つゴリ茶漬けを試みられてはいかが……。
京の人たちには、なんでもない客あしらいの一つで、言うほうも、また言われるほうも、そのつもりで言い流し、聞き流してすませる社交辞令なのに、生まじめな田舎の人たちはこのことばを真に受け、仕方なく話し込んでいるが、いつになっても昼ごはんの気振りも見えない——そんな苦い体験を何度か重ね、京の人たちの言うことは口先だけで当てにならない、京の人たちの言う世辞は、額面通り受け取ってはならない——という意に使われるようになりました。
「朝|粥《がゆ》昼とび夕雑炊」ということわざも、京の人たちをはじめ、関西人の食事のつつましさを皮肉ることばですが、事実、つい先ごろまで、朝がゆや茶漬けは、奈良の農家や京の町家の日常食でした。幕末のころ、京に遊んだ石川明徳は、京の人たちの飲食のつつましさを、次のように書き残しています。
「洛中おほむね朝は宵の飯、茶にて粥を炊き香の物ばかり、昼は飯を炊き菜の物と一品拵ひ、夕は又茶漬にて香の物ばかり。味噌汁は月に二三度位。右は粥を食すれば米に過半し益あり。且つ商人の力業致さずば身のこなしによし。又飯を昼炊けば、朝に違い暖なる事故、薪によほどの益あり。菜なければ食事の沢山すすまず、併せて食事晩致す時は香の物ばかりにてうまく食す。」
京の町の人たちのつつましい食事も、言ってみれば生活の知恵ということができます。
かゆや茶漬けなどというと、粗飯のように考えられがちですが、これにもピンからキリまであり、洛東、南禅寺のほとりにある料亭で夏にかぎって食べさせる朝がゆなどは、一流レストランのフルコースにまさるともおとらぬほどかかる|こった《ヽヽヽ》ものです。
家庭用の茶漬けには、ごま塩、焼きのり、塩こぶ、みそ漬け、つくだ煮、干ダラ、塩ザケ、たくあんなど、なんでもあり合わせの材料で、飯も冷温いずれでも結構ですが、茶だけは熱湯にかぎり、生鮮魚菜、たとえばマグロ・タイ(刺身)、車エビ(天ぷら)、ウナギ(蒲焼き)、ハモ・アナゴ(焼きもの)、ちょっとぜいたくして、京のゴリ(つくだ煮)茶漬けなどは、熱めしの上にわさび、つけじょうゆを加え、酒とごま塩とで好みに調味したところへ、熱湯か番茶をそそぎ、しばらくふたをして、魚肉などが霜降り状に白く|ほとびれる《ヽヽヽヽヽ》ころ合いを食べかげんとして召し上がれば、この上ないうまさに、感極まること請合《うけあい》です。志のある方は、京都に行かれた折にでも、料理屋に命じてゴリをしょうゆで煮つめさせ、一つゴリ茶漬けを試みられてはいかが……。