前出の「秋《あき》なすびは嫁《よめ》に食《く》わすな」と同類のことわざで、五月に採《と》れるわらびのおいしさを形容したものです。
わらびはウラボシ科の多年草で、日当たりのよい平地の原野から、海抜二〇〇〇メートル前後の高山まで広く分布し、北は北海道から南は九州にまで及んでいます。採取時期は、低地では四月ごろから摘むことができ、雪解けのおそい北国では、七月ごろまで採ることができます。地中に横にはう黒色、肉質の根茎があって、早春に拳《こぶし》状に巻いた新葉を出します。これを早《さ》わらびと言い、淡い褐色の綿毛で覆われています。早わらびはやわらかく、風味があるので、早春にわらび狩をします。
早わらびで思い出される日本の古典と言えば、やはり、『源氏物語』�早蕨《さわらび》�の巻でしょう。すでに源氏の君は世を去り、薫の君は二五歳。うばそくの宮がかくれてから、中の君は姉の君にも遅れて独り嘆きに沈んでいます。折から、かねてうばそくの宮の帰依厚かった阿闍梨《あじやり》から、早蕨|土筆《つくし》など籠に入れて、
この春は誰にか見せむ亡き人の かたみにつめる峰《みね》の早蕨《さわらび》
の一首を添えて贈ってまいります。やがて如月《きさらぎ》の半《なか》ごろになると、匂宮は中の君を迎えて二条院の西の対に移り住み、薫ひとり物思いに沈みます。この一巻、阿闍梨の歌から�早蕨�の巻と呼ばれ、源氏絵の一つとして、大和絵にはよく描かれている場面です。
わらびは非常に|あく《ヽヽ》の強いもので、そのままで食べてもかえって野趣があっておいしいという人もおりますが、一般には|あく《ヽヽ》抜きをして料理に用います。|あく《ヽヽ》抜きに使う液は、わらびの分量四キロを基準にすると三・六リットル(二升)の水に○・○九リットル(約五勺)の灰を混ぜ入れ、よくかき回し、沈澱するのを待って、|うわずみ《ヽヽヽヽ》を静かになべに移し、これを煮立てて火からおろすときに、重曹を小さじ一杯加えます。そして容器に入れておいたわらびの上から注ぎ入れ、わらびが浮き上がらないように押しぶたをして、軽く重石《おもし》をのせ、そのまま一晩置きます。|あく《ヽヽ》が抜けたら、水に晒《さら》して調味します。都会では灰をさがすのに一苦労しなければなりませんが、そんなときは、重曹だけを少し使ってゆでてもかまいません。
|あく《ヽヽ》抜きしたわらびは、煮つけ、ひたしもの、わさびじょうゆ、酢のもの、汁ものの実などにします。若い人には薄味で下煮したものの汁をしぼり、蒸焼きした鶏肉や野菜とマヨネーズであえ、サラダ風にしても喜ばれましょう。いずれにしても、わらびは切り口のほうからすぐ固くなりますので、調理するときは、できるだけやわらかな部分を使うようにしましょう。
このほか、漬けものとして、塩漬け、きらず漬け、砂糖漬けなどにして賞味します。
わらびの成分中には石灰質が多いので、これを食べると歯や骨がじょうぶになります。カルシウム源に乏しい山村では、わらびはからだの薬になるよい山菜と言えましょう。
土を出て市に二寸の蕨かな 几董
わらびはウラボシ科の多年草で、日当たりのよい平地の原野から、海抜二〇〇〇メートル前後の高山まで広く分布し、北は北海道から南は九州にまで及んでいます。採取時期は、低地では四月ごろから摘むことができ、雪解けのおそい北国では、七月ごろまで採ることができます。地中に横にはう黒色、肉質の根茎があって、早春に拳《こぶし》状に巻いた新葉を出します。これを早《さ》わらびと言い、淡い褐色の綿毛で覆われています。早わらびはやわらかく、風味があるので、早春にわらび狩をします。
早わらびで思い出される日本の古典と言えば、やはり、『源氏物語』�早蕨《さわらび》�の巻でしょう。すでに源氏の君は世を去り、薫の君は二五歳。うばそくの宮がかくれてから、中の君は姉の君にも遅れて独り嘆きに沈んでいます。折から、かねてうばそくの宮の帰依厚かった阿闍梨《あじやり》から、早蕨|土筆《つくし》など籠に入れて、
この春は誰にか見せむ亡き人の かたみにつめる峰《みね》の早蕨《さわらび》
の一首を添えて贈ってまいります。やがて如月《きさらぎ》の半《なか》ごろになると、匂宮は中の君を迎えて二条院の西の対に移り住み、薫ひとり物思いに沈みます。この一巻、阿闍梨の歌から�早蕨�の巻と呼ばれ、源氏絵の一つとして、大和絵にはよく描かれている場面です。
わらびは非常に|あく《ヽヽ》の強いもので、そのままで食べてもかえって野趣があっておいしいという人もおりますが、一般には|あく《ヽヽ》抜きをして料理に用います。|あく《ヽヽ》抜きに使う液は、わらびの分量四キロを基準にすると三・六リットル(二升)の水に○・○九リットル(約五勺)の灰を混ぜ入れ、よくかき回し、沈澱するのを待って、|うわずみ《ヽヽヽヽ》を静かになべに移し、これを煮立てて火からおろすときに、重曹を小さじ一杯加えます。そして容器に入れておいたわらびの上から注ぎ入れ、わらびが浮き上がらないように押しぶたをして、軽く重石《おもし》をのせ、そのまま一晩置きます。|あく《ヽヽ》が抜けたら、水に晒《さら》して調味します。都会では灰をさがすのに一苦労しなければなりませんが、そんなときは、重曹だけを少し使ってゆでてもかまいません。
|あく《ヽヽ》抜きしたわらびは、煮つけ、ひたしもの、わさびじょうゆ、酢のもの、汁ものの実などにします。若い人には薄味で下煮したものの汁をしぼり、蒸焼きした鶏肉や野菜とマヨネーズであえ、サラダ風にしても喜ばれましょう。いずれにしても、わらびは切り口のほうからすぐ固くなりますので、調理するときは、できるだけやわらかな部分を使うようにしましょう。
このほか、漬けものとして、塩漬け、きらず漬け、砂糖漬けなどにして賞味します。
わらびの成分中には石灰質が多いので、これを食べると歯や骨がじょうぶになります。カルシウム源に乏しい山村では、わらびはからだの薬になるよい山菜と言えましょう。
土を出て市に二寸の蕨かな 几董