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八墓村-第二章 疑惑の人(18)

时间: 2022-06-05    进入日语论坛
核心提示:さて、第一と第二の事件を見ると、犯人はいつも、けっして急いでいないことに気がつくのだ。祖父の丑松にしても兄の久弥にしても
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さて、第一と第二の事件を見ると、犯人はいつも、けっして急いでいないことに気がつくのだ。祖父の丑松にしても兄の久弥にしても、いつ犯人のすりかえたカプセルなり、薬包紙なりを口にするかわからないが、早晚飲むであろうことさえわかっていれば、犯人はそれで安心していられたのだ。つまり、犯人はいつも、いちばん無理のない、安全な方法をえらんでいるのだ。たまたま、ふたつの事件の際に、私がその場にいあわせたのはそれこそ偶然というべきだろう……。

こう考えてみると、この事件はかならずしも、私を中心として起こったものとも思われぬ。私はただ、不幸な偶然から、渦のなかにまきこまれて、キリキリ舞いをしている、あわれな捨て小舟にすぎないのだ。父の恐ろしい罪ざい業ごうのからを背負うているだけに、偶然も偶然とみなされず、いつの間にか、事件の中心へおしだされたかたちになっているのだ。だが、それならばそれで、私はいっそう警戒しなければならないのだ。

八つ墓村における私の味方といえば、美也子よりほかにない。しかし、その美也子にしたところで、女のことだし、また、彼女自身、村のひとから白眼視されているのだから、果たして、頼りになるかどうかわからぬ。こう考えてくると自分をまもるものは自分以外にないのだ。私は戦わねばならぬ。だが、だれと……? だれを相手に……?

私はまず、いつか私に脅迫状をよこした人物のことを考えてみた。しかし、その人物を探しだすことは、私のような新参者には、容易なことではないと思われる。では、私の素行品性を、調べてまわっていた人物はどうであろうか。友人の細君の話では、田舎のひとらしかったということだが、もし、それが八つ墓村の住人だったとしたら、それを調べるのはそう困難ではないと思われる。こういう田舎では、ひと晚、家をあけるような旅行をすれば、すぐ村じゅうに知れわたってしまうのだ。

そこで私はさりげなく、ちかごろこの村の住人で、旅行をしたものはないかと、姉の春代にきいてみた。姉の春代は閉じこもりがちで、めったに外へ出ることはないのだが、ちかごろ村をはなれたものは、丑松さんと美也子さん以外にないようだと答えた。彼女自身外へ出なくても女中のお島がきいてきて話をするから、何か変わったことがあったら、自分が知らぬはずはないと付け加えた。村ではそれほど話題が少ないのだ。

私はさらに、よりいっそうのさりげなさを装うて、ひょっとすると、里村の慎太郎さんは、ちかごろ、どこかへ旅行しなかったかときいてみた。この質問には、姉の春代もちょっと驚いたらしかったが、それでもすぐに、そんなことはないと打ち消した。彼女がいうのに、慎太郎さんが旅行をすれば、自分にわからぬはずはない。それというのが、あそこでは典子さんが体が弱く、少し働きすぎるとすぐ倒れる。それで、これは小梅様や小竹様、また、兄の久弥にも内緒にしていたが、毎日、かならず一度はお島をやって、すすぎ洗たく、それから御飯炊きなどさせることにしているのである。だから、慎太郎さんがひと晚でも家をあければ、お島の口から、自分の耳に入らぬはずはないといった。そして、そのあとへ、しかし、このことは小梅様や小竹様にはけっしてしゃべってくれるなと付け加えた。

私はこれをきいて驚いた。この家ではみんな慎太郎というひとを、憎んでいると思っていたのに、ここにひとり、ひそかな同情者が現われたのだ。そのことは、姉の心根のやさしさを物語っており、私にもうれしくないことはなかったが、同時にちょっと、不快なかげりを感じたこともいなめなかった。それほど、慎太郎というひとに対する、私の先入観は悪かったのだ。

しかし、私はすぐ、いわれのない心のかげりを追いはらうと、改めて、どうしてこの家のひとたちは、姉をのぞいて、みんな慎太郎さんを憎むのかと尋ねてみた。はじめのうち、姉はけっしてそんなことはないといいはっていたが、問いつめられて、とうとうこんなことを話してくれた。

「情けない。ちかごろこちらへ来たばかりのあなたの眼にさえそれがうつるとは……」

春代はふかいため息をついて、

「いいえ、それにはけっしてこれというわけはないのです。ただ、いけないことは、慎太郎さんのお父さんの修二さんというひとが、弟の分ぶん際ざいで、私の父よりしっかりしていた。つまりまっとうな人間だったということです」

姉の顔にはしみじみとした悲しみがひろがった。

「こういうことをいうのは、亡くなった父や兄をきずつけることだから、私にとっては、身を切られるようにつらいことです。でも、あなたが無理にしゃべらせるのだから……辰弥さん、こういう時代になっても、田舎では家ほど大事なものはないのですよ。そして、その家を継いでいくのは長男です。長男が馬鹿か気ちがいでないかぎり、次男、三男が兄をしのぐということはありません。二、三年あとから生まれたというだけで、どんなにすぐれた器量をもっていても、弟が兄をしのいで、本家を継ぐことはできないのです。だから、兄と弟の器量に、それほど違いがないときは、かえって問題はありません。兄が出来が悪くても、弟の出来も同じように悪ければ、かえってあきらめがついてサバサバします。ところが、うちの父と叔父の修二さんの場合、あまり違いがありすぎました。叔父さんはりっぱなひとでした。どこへ出しても恥ずかしくないひとでした。それに反して私の父は……つまりそこに伯母さまがたのくやしさがあったのです。大事な本家を継ぐべき長男の出来がよくないのに、どうせ新家をするか、他家を継ぐよりほかはない次男の器量がすぐれている。そのくやしさに、おろかな子どもほどかわいいという感情がからんできて、伯母さまがたは、叔父さまをうとんじはじめたのです。そして、その感情は慎太郎さんの代になって、いっそう強くなったのです」

春代はそっと眼頭をおさえて、

「この田治見家のものはみんなだめです。兄にしても私にしても、一人前には通用しません。いいえ、なにもいわないで……あなたのいおうとすることはよくわかります。私の弁護をしたいのでしょう。でも、私だって片輪も同様な体なんですもの」

春代はさびしく頬ほお笑えんで、

「ところが、里村の慎太郎さんはりっぱです。戦争がこんなことになったから、あのひともいまは尾お羽は打ち枯らしていますけれど、人間のりっぱさでは、とても兄とはくらべものになりません。伯母さまたちにはそれがくやしかった。兄さんにはねたましかった。つまり、この田治見の家は弱いもの、一人前でないものの集まりだから一人前のひとにはだれにでも威圧を感じるのです。ましてや、慎太郎さんみたいな、しっかりした人に会うと恐ろしくなってくるのです。つまり、伯母さまがたや、兄さんが慎太郎さんを憎んだのは、みんな、劣ったものが、優れた人に対する、ひがみから来ているのです」

心臓の悪い姉の春代は、これだけの話をするにも息が切れた。顔色が蒼あおくなった、眼のふちにくろい隈くまができた。私はしみじみそれを哀れと思った。姉はそれでもしいて頬笑んで、

「でも、私はうれしいのよ。あなたが帰ってきてくれたのでうれしいのよ。あなたはまっとうなひとね。いいえりっぱだわ。だから、うれしいのよ」

疲れた瞳ひとみを一瞬キラリとかがやかせると姉はボーッと瞼まぶたを染めてうつむいた。

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