ああ、そのことならば私もゆうべ考えたのだ。金田一耕助と同じように疑い、思いまどうたのだ。しかし、これで洪禅さん殺しのなぞは解けたというものの、事件全体をくるんでいる、この怪しくもまがまがしいなぞの解決については一步も前進したわけではない。いやいや、恐ろしい無気味ななぞは、以前にもまして濃くなってきたのだ。
「ああ、ふむ、いや」
磯川警部も、のどにからまる痰を切るような音をさせると、
「すると、なんですかな、金田一さん、井川丑松が殺されたのも、東屋の主人が毒殺されたのも、それからここに殺されている梅幸尼が一服盛られたのも、みんな不幸なクジに当たったというんですか。つまり、丑松の代わりに吉蔵、東屋の主人の代わりに西屋の主人、梅幸尼の代わりに妙蓮が殺されてもよかったし、また殺されていたかもしれぬというんですか」
金田一耕助はしばらくだまって考えていたが、やがて暗い眼をしてうなずくと、
「そう、警部さん、あなたのおっしゃるとおりかもしれません。しかし……ひょっとすると、そうでないかもしれないのです」
「そうでないかもしれぬというと……?」
「この事件が、その表から考えられるように、迷信にこりかたまった、気ちがいめいた人間の犯行ならばあなたのおっしゃるとおりかもしれません。しかし……」
「しかし……? なに……?」
「つまり、それにしては、犯人のやりかたがあまり巧妙すぎるように思われてならんのです。狂信者の犯罪としては、どの事件もあまり微妙すぎる。そこには何か、もっと別の動機がありはしないか……」
「なるほど」
警部は一句一句に力をこめて、
「つまり、あなたの考えでは、表面、迷信による犯罪とみせかけて、その実、裏面にはもっと別の、それこそ犯人の真の目的としている、ほんとうの動機がありはしないかというんですね」
「そうです、そうです。それでなければ、ここがいかに迷信ぶかい八つ墓村でも、あまり事件がとっぴすぎますからね」
「しかし、それじゃ、犯人のほんとうの目的というのは……」
金田一耕助はもう一度、子細に表をながめていたが、やがて頭を左右にふると、
「わかりません。この表だけじゃ、まだなんとも判断の下しようがありませんね。それよりも……」
と、金田一耕助ははじめて、私たちのほうをふりかえって、
「森さん」
と呼んだ。
「はあ……」
美也子もさすがに強こわ張ばった顔をしていたが、それでも強しいて微笑をうかべると、
「何か御用でございますか」
「この手帳の文字ですがね。もう一度よく見てください。あんたはこの筆跡に心当たりがありませんか」
それは手帳型のポケット日記の一ページで、ふつうこの型の日記は一ページに、上から順に四日の日付が刷りこんであるものだが、この紙片は、上から三分の一ほどが鋏はさみで切りとったようになくなっていた。そして、残りの三分の二に見られる日付は、四月二十四日と五日である。
まえにあげた十の名前は、このページを横にして二十五日のところから書きはじめてあり、したがって、切りとられた四月二十三日と二十二日のところには、まだまだ呪われた名前が書きつづけられてあったのではあるまいか。文字は太い万年筆の書きなれた達筆だった。
「男文字ですわね」
「そう、ぼくもそう思いますね。だれか村の人に、そういう文字を書くひとはありませんか」
「さあ……」
美也子は美しく首をかしげて、
「あたしにはちょっと……村のかたの字はいっこうに不案内で……」
「辰弥さんあなたは……?」
私はむろん、言下に首を横にふった。
「ああ、そうですか。では、だれか、ほかのひとに見てもらいましょう」
金田一耕助は警部に紙片を返しかけたがふと思いなおして、
「ああ、そうそう、ついでにこの日付を調べておきましょう。警部さん、あなた、今年のポケット日記をお持ちでしたね。ちょっと見てください。四月二十五日は何曜日ですか」
警部のいった曜日と、引きちぎられた日記の曜日はぴったりと一致した。金田一耕助はにこにこしながら、
「すると、この一枚は、今年のポケット日記からちぎられたものだということになりますね。残念ながら、裏になにも書いていないので、今のところだれの日記だかわかりませんが、なに、いまに探し出せますよ。ああ、いいあんばいに久野先生がいらした」