不二夫君は、むちゅうになってさけぶのでした。
「なるほど鬼の面だね。こりゃふしぎだ。」
宮瀬氏も、手をひたいにあてて、はるかの島をながめながら、感じいったようにいいました。
いかにも、それはきみょうな、ものすごい形の島でした。島の上には少し青い森も見えますが、大部分は、かどばった灰色の岩でできていて、その岩がさまざまの形をして、にょきにょきとそばだっていますので、全体がなんとなく鬼の面のように見えるのです。鬼の面を空にむけて、海にうかべたように見えるのです。
「やあ、波がひどくなってきた。」
不二夫君が、船の中に立って、ふらふらしながらさけびました。入り海を出たものですから、にわかに波が高くなったのです。見れば、岩屋島のまわりにも、まっ白な波が、鬼の面をかみくだこうとでもするように、たえまなく、おそいかかっています。
船は、波がくるたびに、へさきをあげたりさげたりしながら、ポンポンポンポンと発動機の音をたてて、勇ましく進んでいきます。船が進むにつれて、鬼の面の岩屋島は、みるみる形を大きくしながら、こちらへ近づいてくるのです。
「きみ、獅子岩って、どれなの。」
不二夫君がたずねますと、漁師は、もう百メートルほどに近づいた島の上を指さして、答えました。
「獅子岩はまだじゃが、烏帽子岩が見える。ほら、あの鬼の角みたいな、たけの高い岩が、烏帽子岩じゃ。」
いわれてみますと、いかにも、その岩は烏帽子という昔のかんむりとそっくりの形をしています。
「それから、烏帽子岩のとなりに立っている、みじかいほうの角が、カラス岩。のう、カラスがくちばしを、あーんとあいているじゃろうが。」
なるほど、その岩は、カラスの頭の形をしています。くちばしのようにつき出た岩が、二つにわかれて、さもカラスが鳴いているように見えるのです。
船と島とのあいだは、五十メートル、三十メートル、二十メートルとせばまっていきます。それにつれて、おそろしい岩のかたまりが、おっかぶさるように、目の前に近づいてきました。
「お客さん、やっぱり、この島へあがりなさるのかね。」
漁師のじいさんは、明智探偵と宮瀬氏の顔を見くらべながら、なるべくならば、このまま帰ってもらいたいものだ、といわぬばかりに、声をかけました。
「むろん、あがるよ。そのために来たんじゃないか。」
明智が答えました。
「悪いことはいわぬ。やめたらどうですかね。何年というもの、この島へは、ひとりもあがった者はないのだからね。この島には鬼のたましいがこもっておりますのじゃ。ぼっちゃんなんぞつれてあがっては、どんなことが起こるかもわからんでのう。」
漁師は島へつくのを一分でもおくらせたいらしく、船の速力をぐっとひくめて、まじめな顔で意見をするのでした。
「なあに、だいじょうぶだよ。この子どもたちは、からだは小さいけれど、きもったまは大きいのだからね。化けものなんかにびくびくしやしないよ。とにかく、約束したとおり、島へつけてくれたまえ。」
明智がきびしい調子でいいますと、じいさんはしかたなく、船を島の岸に進めました。
岸といっても、砂浜なんかがあるわけでなく、トンネルみたいな岩の穴の下をくぐって、岩でかこまれた池のような、小さな湾の中へはいりますと、一方に、岩が段々になっているところがあって、船はその前につきました。
「ぼくたちは、この島でしばらく遊ぶつもりだから、きみはここで待っていてくれてもいいし、ここにいるのがいやだったら、一度かえって、二時間ほどしてから、ぼくたちを、むかえに来てくれてもいい、どちらでもいいようにしたまえ。」
明智がいいますと、漁師のじいさんは、
「それじゃ、一度かえって、あとからおむかえに来ますでのう。こんなとこに、ひとりぼっちでおられるもんじゃない。」
と、つぶやきながら、大急ぎで、船のむきをかえて、もと来たほうへ帰っていきました。年よりのくせに鬼のたましいとやらが、よくよくこわいのでしょう。
「あのじいさん、おくびょうものだね。今にもそのへんから、化けものでも出るように、びくびくしていたよ。」
不二夫君が、おかしそうにいいました。
「ぼくたちは鬼ガ島たいじの桃太郎なんだから、鬼が出てくれたほうがおもしろいと思っているのにねえ。」
小林君も、あいづちをうつのでした。
それから、四人の探検隊は岩の段々をのぼって、いよいよ鬼ガ島に上陸しました。
岩の切り岸をのぼると平地に出ました。そこは岩ではなくて土になっていて、森のように、木がはえしげっていましたが、一行は、何年という長いあいだ、人の通ったあともない、森の中の落ち葉をふんで、ぐんぐん、烏帽子岩の方角へ進んでいきました。
森を出はなれますと、そのむこうは、ごつごつした岩ばかりです。小林少年と不二夫君は、手を引きあって、その岩のあいだをかけだしていきましたが、壁のようになった岩の切れめのところで、びっくりしたように、立ちどまってしまいました。
「あ、あれだ、あれが獅子岩だ。」
「そうだね、神社においてある石の獅子とそっくりだね。」
それは五メートルほどもある、獅子の顔でした。さかだったたてがみのようなものもあります。耳らしいものもあります。目のところが大きくくぼんで、その下に、ガッとひらいた口があります。
ふつうの岩が何千年というあいだ、雨風にさらされて、いつのまにかこんな形になったのでしょうが、それにしても、なんというふしぎな岩でしょう。ほんとうに獅子の顔です。まるで生きているようです。そばへよったら、その大きな口で、がぶっと食いつきそうに見えるではありませんか。
さて、読者諸君、四人の探検隊は、いよいよ目的の場所についたのです。むこうには烏帽子岩とカラス岩とがそびえています。ここには獅子岩がおそろしい顔をもたげています。一目で三つの岩が見えるのです。
しかし、いったいこの三つの岩のどこから、「東へ三十尺」はかるのでしょう。どの岩もあまり大きくて、そのもとになるところが、どこなのか、まるでけんとうもつかぬではありませんか。明智探偵は、このなぞをどんなふうにとくのでしょう。