地の底のまい子
ほら穴の入り口から五、六メートルのあいだは、ひじょうに道がせまくて、四人は腹ばいになって、やっとくぐりぬけましたが、そこを出はなれますと、ちょっと広くなったところがあって、道が二つにわかれていました。
「まず右のほうへはいってみよう。こちらのほうが広いようだから。」
明智はそういって、右のほうのほら穴へぐんぐんはいっていきました。そのへんはもう、はわなくてもじゅうぶん立って歩けるのです。
しばらく行きますと、また枝道に出くわしましたが、明智はやはり右の道をとって進みました。行っても行っても、ほら穴はくねくねとまがりながら、はてしもなくつづいていました。五、六メートルごとに枝道があるうえに急な坂になって、地の底へ地の底へとくだっていくかと思うと、またのぼり道になっているというふうで、五、六十メートルも進みますと、いま自分たちがどのへんにいるんだか、まるでけんとうもつかなくなってしまいました。
「おそろしく深い穴ですね。いったいどこに行きどまりがあるのでしょう。この島の地の下ぜんたいが、こんなほら穴になっているのじゃないでしょうか。それにしても、わたしの先祖は、じつにむずかしい場所へ宝ものをかくしたもんですね。これほどにしなくてもよさそうに思われますが。」
宮瀬氏が、あきれはてたようにつぶやきました。
「いや、なにしろ、ばくだいな宝ものですからね。ご先祖がここまで用心ぶかくなさったのも、もっともですよ。一生はたらきづめにはたらいても、ふつうのものには、とても手にはいらないほどの大きな金額です。それをさがすのに、これぐらいの苦労をするのはあたりまえですよ。」
明智は笑いながら、そんなことをいって、みんなをはげますのでした。
それから、また、すこし行きますと、肩にすれすれであった両がわの岩が見えなくなって、地の底の広っぱのようなところへ出ました。懐中電灯でてらしてみても、むこうがわの岩がはっきり見えないほど、がらんとした大きなほら穴なのです。
明智はやはり右のほうへ、岩の壁をつたうようにして、進んでいきましたが、しばらくすると、とつぜん、いちばんあとから歩いていた宮瀬氏が、アッとおそろしいさけび声をたてました。すると、その声が四方の岩壁にこだまして、あちらからも、こちらからも、アッ、アッ、アッと、同じさけび声が、つづけざまに聞こえてきました。
「どうなさったのです。宮瀬さんですか。」
いちばんさきの明智が大きな声でたずねますと、その声もやはりこだまになって、同じことばが、やみの中から、つづけざまに聞こえてきました。
小林少年はまえに、ある事件で、こんな経験がありますから、べつにおどろきませんでしたが、不二夫君は、こだまというものをはじめて聞いたものですから、きみ悪そうに、まっさおになってふるえあがってしまいました。
広いほら穴のほうぼうに、あやしいやつがかくれていて、人のまねをしているのではないかと思うと、こわくてしかたがないのです。それにしても、不二夫君のおとうさんは、いったいどうなったのでしょう。なぜ、あんなおそろしいさけび声をおたてになったのでしょう。不二夫君は大急ぎで、懐中電灯でおとうさんのほうをてらしてみました。
宮瀬氏は、もうよほど小さくなった、れいの細引きの玉を、両手で持って、地面にはっている細引きを、しきりと引っぱっているのです。すると、引くにつれて、細引きはいくらでもこちらへもどってきて、まもなく、すっかり宮瀬氏の手もとに、たぐりよせられてしまいました。
岩かどにむすびつけてあったのがとれたのでしょうか。それとも、どこかとちゅうで切れたのでしょうか。たぐりよせられた細引きの分量があまり多くないのを見ますと、どうやらとちゅうで切れてしまったらしいのです。
さあ、たいへんです。たった一つの道しるべのひもがなくなったのです。悪くすると、四人はもう入り口へも出られないかもしれません。地の底の迷路の中を、まい子のように、いつまでもぐるぐる歩きまわっていなければならないかもしれません。
四人はそこに立ちどまったまま、しばらくだれも口をきくものもありませんでした。何かしら行く手におそろしい運命が待ちかまえているような気がして、ひどくきみ悪く思われたのです。
しばらくして、明智が、しずかに口を切りました。
「こういうときにあわててはいけない。これからどうすればいいか、ゆっくり考えるのです。むろん、われわれはこれより奥へはいることは、一時中止しなければなりません。どうにかして、その細引きの切れた場所までもどるのです。どこで切れているかをさがすのです。それさえ見つければ、そこにのこっている細引きをつたって、入り口へ出ることができるのですからね。
さあ、みんなで地面をさがしながら、もと来た道を帰りましょう。小林君も不二夫さんも、よく地面を見て歩くんだよ。」
それから、四人は心おぼえの道を、もとのほうへもどりながら、熱心に地面をさがしました。みんな腰をかがめて、地面に顔を近づけて、何か小さいおとしものでもさがすようなかっこうです。
宮瀬氏は不二夫君の持っていた懐中電灯を取って、さきに立って進みます。つづいて、ろうそくを持つ明智探偵、少しはなれて、小林少年と不二夫君とが手をつないで、小林君の懐中電灯で地面をてらしながら、ゆっくり歩いていきました。
広いほら穴から、もとのせまい道にはいって、だんだん進んでいきましたが、みな仲間のことはわすれて、むちゅうになって地面ばかり見つめて歩いているものですから、いつのまにか、ふたりの少年は、宮瀬氏と明智探偵から、ひどくはなれてしまいました。
「おや、おとうさんや明智先生はどこだろう。へんだね、むこうのほうがまっくらになってしまったぜ。」
不二夫君がびっくりしたようにさけびました。見ると、さいぜんまで、むこうのほうにちらちらしていた、宮瀬氏の懐中電灯も、明智探偵のろうそくも、いつのまにか見えなくなって、前もうしろも、ただ墨を流したようなやみばかりなのです。
「おとうさあん!」
不二夫君は、今にも泣きだしそうな声で、さけびました。すると、その声がワーンというような音をたてて、ほら穴のむこうのほうへひびいていきましたが、耳をすましますと、どこか遠くのほうから、
「おうい、不二夫! どこにいるんだあ。早くこちらへおいで!」
という宮瀬氏の声が、かすかに聞こえてきました。
「あ、あっちのほうだ。」
ふたりはその声の聞こえてきた方角へ、大急ぎでかけだしました。ところが、行っても、行っても、懐中電灯の光も、ろうそくの火も見えないのです。
むちゅうになって走っているうちに、いくつも枝道になったところを通りすぎましたが、あわてているので、つい反対のほうへ、反対のほうへとまがってきたのかもしれません。
「おとうさあん!」
「明智せんせえい!」
ふたりは声をそろえて、呼ばわりました。しかし、もうどこからも返事がないのです。返ってくるのは、自分たちの声のこだまばかりです。
「へんだね、道をとりちがえたのかしら。うしろへもどってみようか。」
「うん、そうしよう。」
ふたりはもう声の調子がかわっていました。なんだか口の中がひどくかわいてしまって、胸がおそろしい早さで波うっています。このままおとなたちにあえなかったら、どうしようかと思うと、おそろしさに気もくるいそうです。
ふたりは手を取りあったまま、また、うしろのほうへかけだしました。しかし、いくら行っても、光は見えないのです。いくらさけんでも、宮瀬氏の声も、明智探偵の声も聞こえてはこないのです。
あわてればあわてるほど、みょうな枝道へはいりこんでしまって、しまいには、どちらが前なのか、どちらがあとなのか、けんとうもつかなくなってしまいました。
「おとうさあん!」
「せんせえい!」
のどがいたくなるほどさけんでは走り、またさけんでは走っていましたが、そのうちに、小林君は岩かどにつまずいて、アッと思うまに、地面にたおれてしまいました。そのいきおいに、手を引きあっていた不二夫君も、小林君にかさなるようにたおれました。
「だいじょうぶかい。けがしなかった?」
上になった不二夫君が、まず起きあがって、小林君を助けおこしながら、心配そうにたずねました。
「うん、だいじょうぶ、少し、ひざをすりむいたくらいのもんだよ。」
小林君はいたさをこらえて、やっと立ちあがりましたが、さて前へ進もうとしますと、急にめくらにでもなってしまったように、道が少しも見えないのです。今まで道をてらしていた懐中電灯の光が消えてしまっているのです。
おやっ、と思いながら、たおれてもしっかりにぎりしめていた、懐中電灯をふり動かしてみましたが、どうしたのか少しも光が出ないのです。スイッチをカチカチやったり、ねじをしめつけたりしてみても、どうしてもつかないのです。
「懐中電灯をおっことしちゃったの。」
不二夫君の声が、心ぼそそうにたずねました。
「いや、ちゃんと持っているんだけど、つかないんだよ。今、岩かどにぶつけたから、豆電球がだめになったのかもしれない。」
小林君も泣きだしそうなようすです。
「かしてごらん、ぼくがやってみるから。」
不二夫君はそういって、手さぐりで、懐中電灯を受けとって、いろいろやってみましたが、やっぱりだめでした。まだ電池がつきるはずがありませんから、電球のなかの線が切れたのにちがいありません。
「ああ、いいことがある。ぼくのリュックサックの中に、まだろうそくがはいっているんだよ。」
小林君はそれを思いだして、すくわれたようにさけびました。
そして、あわててろうそくを取りだし、マッチをすって火をつけました。すると、赤ちゃけた光が、ちろちろとまたたきながら、両がわのおそろしい岩はだを照らしだすのでした。
ろうそくの光で、小林少年と不二夫君の顔が、やみの中にボウッとうきあがりましたが、赤い光があごの下のほうをてらしているので、なんだか見たこともないようなきみの悪い顔に見えるのでした。
「きみ、おばけみたいな顔だよ。」
「きみだって、そうだよ。」
ふたりはそんなことをいって、むりに笑おうとしましたが、笑っている下から、ゾウッとおそろしさがこみあげてくるのでした。
二少年はとうとう、地の底のはても知れぬ迷路の中で、まい子になってしまいました。宮瀬氏と明智探偵のほうでも、きっとふたりをさがしているのでしょうが、うまく出あうことができるでしょうか。もしかしたら、四人が出あわないさきに、何かしら、もっともっとおそろしいことが起こるのではないでしょうか。