宝の穴
流れるといっても、わずか五メートル四方ぐらいのほら穴の中ですから、そこを一方にむかって流れていけば、たちまち岩の壁につきあたるはずです。
ところが、ふしぎなことに、ふたりはくらやみの中を、ぐんぐんとおし流されているのに、どうしたわけか、少しも岩にぶつからないのです。ほら穴がきゅうに広くなるはずはありませんし、じつにみょうなことが起こったものです。
ふたりはむがむちゅうでもがいていましたが、すると、手足が水の中で、何かかたいものにさわっているのに気がつきました。
小林君は、思わず水の中でよつんばいになって、それから、力をこめて立ちあがってみました。すると、これはどうでしょう。水の深さは、もものへんまでしかないことがわかりました。ちゃんと立っていられるのです。
「不二夫君、浅いよ。浅いよ。だいじょうぶだから立ってごらん。立てるんだから。」
その声にはげまされて、不二夫君も立ちあがりました。水はぐんぐん一方に流れていますけれど、足をさらわれるほどではありません。
立ったひょうしに、思わずそのへんを手さぐりしますと、両がわとも、手のとどくところに、岩の壁があることがわかりました。
「あ、わかった。これはぬけ穴なんだよ。こんな高いところに、岩のさけめができていたんだ。そこへ水が流れこんでいるんだよ。」
小林君がさけびました。
「そうだ。じゃ、ぼくらはたすかったんだね。」
不二夫君も、うれしそうな声をたてました。
ほら穴の天井に近いところに、思いもよらぬぬけ穴があって、ほら穴にあふれた水が、そこへ流れていたのです。水は、ふたりの少年をおぼれ死にさせないで、かえって、そのいのちをすくったのです。
しかし、まだ安心はできません。もしこのぬけ穴が、すぐ行きどまりになっているとすれば、やっぱり、そのうちには、水でいっぱいになってしまうかもしれないからです。
「あ、そうだ。こういうときの用意に、ぼくはマッチをだいじにとっておいたんだ、ねえ、不二夫君、ぼくはマッチをぬらさないように、ドロップのあきかんに入れて、腹巻きの中へしまっておいたのだよ。」
小林少年は、じまんそうにいって、ぬれた腹巻きからあきかんを取りだし、ポンと音をさせてそのふたを開きました。
シュッという音といっしょに、たちまち、目の前が昼のようにあかるくなりました。やみになれた目には一本のマッチの光が、おそろしく明かるく感じられたのです。
いそいで、あたりを見まわしますと、そのぬけ穴は、むこうのほうほどせまくなってはいますが、行きどまりではないことがわかりました。
「きみ、あっちへ行ってみよう。」
小林君は、もえきったマッチをすてて、穴の奥へ進んでいきます。不二夫君も、そのあとにしたがいました。
五メートルも、水の中をジャブジャブ進みますと、穴はずっとせまくなって、腰をかがめてやっと通れるほどでしたが、そのせまいところを、手さぐりで、また二メートルもはいっていきますと、とつぜん両がわの岩がなくなって、広い場所に出ました。
小林少年はそこで立ちどまって、もう一度マッチをすってみましたが、さいぜんのほら穴の倍もある、広い洞くつであることがわかりました。
「不二夫君、ぼくらは助かったよ。いくら海水がおしよせたって、この広いほら穴をいっぱいにすることはできないからね。」
見れば、水はやっと足首をかくすくらいに浅くなって、流れかたもずっとおそくなっているのです。
「やっぱり、泳いでいてよかったねえ。きみがはげましてくれたからだよ。」
不二夫君はうれしさに、ギュッと小林少年の手をにぎりしめるのでした。
そして、ふたりは広いほら穴の中を見まわしていましたが、小林君のかざしていたマッチが、いま消えようとするとき、不二夫君が、びっくりするような声でさけびました。
「あ、なんだかあるよ。きみ、あすこにへんなものがあるよ。」
「え、どこに?」
ききかえしたときには、もうマッチが消えてしまったので、小林君は、また一本新しくマッチをすって、不二夫君の指さすほうをてらして見ました。
遠いので、よくわかりませんが、どうも岩ではなさそうです。なんだか四角なものが、うじゃうじゃとかたまっているのです。
ふたりはいそいで、そのみょうなものに近づいていきました。とちゅうでまたマッチが消えたので、小林君は、もう一度それをすらなければなりませんでした。
まぢかに近よって、マッチの光でよく見ますと、それは、やっぱり岩ではなくて、何十何百ともしれぬ木の箱が、山のようにつみあげてあることがわかりました。
みかん箱を平べったくしたような形の、じょうぶそうな木の箱で、板の合わせめには、黒い鉄板が帯のようにうちつけてあります。
「あ、これ、昔の千両箱じゃない?」
不二夫君が、とんきょうな声でさけびました。
「うん、そうだ。千両箱とそっくりだ。あ、これだよ! これだよ! きみの先祖がかくしておいた金のかたまりっていうのは、これなんだよ。」
小林君も、思いもよらぬ大発見に、われをわすれてさけびました。
ほんとうをいいますと、その箱は昔の千両箱よりもずっと大きく作ってあったのですが、ふたりの少年は、そこまでは気がつかないのです。
それから、ふたりは何本もマッチをすって、むちゅうになって、このおびただしい箱の山を見まわしていました。やがて、またしても、不二夫君がとんきょうなさけび声をたてました。
「きみ、見たまえ。ここだよ。ほら、箱がやぶけて、ほら、こんなに、ぴかぴか光ったものが……。」
小林君がマッチを近づけてみますと、一方のすみの箱のふたに、さけめができて、そのすきまから、中のものが、きらきらと見えているのでした。
「あ、小判だ。昔の金貨だよ。」
小林君は、そのせまいすきまから、やっと指を入れて、四、五枚の小判を取りだしました。そして、またマッチをすって、ふたりが顔をくっつけるようにして、それをながめました。
「きれいだね。金だから、ちっともさびないんだね。」
「そうだよ。明治維新といえば、今から七十何年も昔のことだろう。こんなにたくさんの金が、七十年のあいだ、だれにも知られないで、ここにかくしてあったんだね。」
「この箱の中に、小判が何枚はいっているんだろう。千両箱だから、千枚かしら。」
「もっと多いよ。見たまえ、こんなにいっぱいつまっているんだもの、二千枚だってはいるよ。それから、小判ばかりじゃなくて、ほかの箱には、きっと、もっと大きい形のもはいっているんだよ。金の棒やかたまりもはいっているんだよ。」
「いったい、この箱いくつあるんだろう。」
「かぞえてみようか。」
ふたりの少年は、もうむちゅうになって、また、何本もマッチをすって、箱の数をかぞえはじめましたが、めちゃくちゃにつみかさねてあるのですから、とてもほんとうの数はわかりません。
「よそう。こんなことをしていたらマッチがなくなってしまうよ。それよりぼくらは、このほら穴を出ることを考えなけりゃいけないんだ。いくら金貨を見つけても、そとに出られなかったら、なんにもなりゃしない。」
小林君は、ふとそれに気づいて、マッチをすることをやめてしまいました。ほんとうにそうです。せっかく宝ものを見つけても、宝ものといっしょに、うえ死にをしてしまうのでは、なんのかいもありません。
「そうだね。おとうさんや明智さん、どこにいるんだろうなあ。」
不二夫君も、がっかりしたような声で、さびしそうにいいました。
また、もとの墨を流したようなくらやみでした。ふたりはそのやみの中に、立ちすくんだまま、もう口をきく元気もなく、だまりこんでいました。「もしこの地の底の迷路から、いつまでも出ることができないとしたら……。」それを考えますと、金貨を見つけた喜びも、どこかへふっとんでしまうのです。
ところが、ふたりがそうして、だまりこんで立ちつくしていたときに、とつぜんどこからか、チラッとまるでいなびかりのような強い光が、むこうの岩壁をてらしたのです。
ふたりは、ハッとして、思わずからだをすりよせ、手をにぎりあいました。あまりの不意うちに、ものをいうこともできないほど、びっくりしたのです。
すると、またしても、ちらちらと、青白い光ものが、岩壁をつたって走りました。
「アッ。わかった。あれは懐中電灯の光だよ。」
小林少年が、不二夫君の手をぐっと引きよせて、ささやきました。
「あ、そうだ。懐中電灯だ。じゃ、もしかしたら……。」
不二夫君も胸をわくわくさせながら、ささやきかえしました。
それはふたりが考えたとおり懐中電灯の光だったのです。その広いほら穴のむこうがわの入り口から、何者かが懐中電灯をてらしながら、近づいてきたのです。
不二夫君は、とっさに、その懐中電灯の主が、おとうさんの宮瀬氏と明智探偵ではないかと考えました。小林少年も同じ思いです。「おりもおり、ちょうど、宝ものを見つけたところへ、ふたりのおとなが来あわせるなんて、なんというしあわせだろう。」と、うれしさに胸をドキドキさせて、そのほうへかけだそうとしました。