大砲買入れ
ジロ娯楽園のメンバーは、今や残り少くなった。
先ず治良右衛門の第二の恋人諸口ちま子が、次に湯本譲次の恋人原田麗子が、次に美少年三谷二郎が、次に大野雷蔵の恋人人見折枝が、そして、せむし男の餌差宗助が次々と不思議千万な方法で殺害されて行った。
一度は短剣投げの名手湯本譲次に嫌疑がかかったけれど、結局無実と分って留置場から楽園に帰されて来た。
名探偵木島刑事が楽園に泊り込み、日夜探偵に努力していたけれど、何時迄経っても何の手掛かりさえ掴めなかった。たまたま犯人の殺人予定表の如きものを拾い、餌差宗助が怪しいと睨んで捕縛しようとすれば、其宗助自身が水族館のタンクの中に、無残な死体となって浮上っていた。
今や犯人は全く不明であった。彼はただ出鱈目に、手当り次第に、虫をでも殺す様に易々と、楽園のメンバーを殺害している様に見えた。被害者に何の連絡もなく、殺されねばならぬ動機というものが全く発見出来なかった。事件全体に、何ともえたいの知れぬ、物凄い、気違いめいた感じが伴って来た。
犯人は外部から侵入したとは考えられなかった。楽園の地形なり構造なりが、それ程要害堅固に出来ていたからである。すると内部の者か。残りのメンバーは園主の治良右衛門と、その恋人の木下鮎子と、大野雷蔵と、湯本譲次の四人切りだ。一体この四人の内に犯人がいるのか。
外に数十人の傭人がいるけれど、それは園主が撰りに撰って、機械の様にお人好しで愚鈍な連中ばかりを傭入れたのだから、まさかその内にこのすばしっこい、怪物みたいな殺人狂がいるとは思われぬ。然し、何を云うにも多人数の中だ、一人位仮面をかぶった恐ろしい奴が、まぎれ込んでいないとも限らぬ。
それは兎も角、例の楽園のカーニバル祭という、馬鹿馬鹿しい催しの日が近づいて来た。その日こそ、「殺人遊戯の大団円の来る日だ。楽園のメンバーが皆殺しになるのだ」と、見えぬ殺人狂が予告した当日なのだ。
仮令それが一片のおどかしにもせよ。なにもそんな危険を冒してまで、カーニバル祭とかを催す必要はないではないか。と、読者諸君もお考えなさるだろう。警察の人々もそう考えて、園主治良右衛門を呼び出して、催しの中止を勧告したものだ。だが治良右衛門はどうしても応じなかった。残る三人のメンバーも園主と同意見であった。
「このカーニバル祭こそ、我々がジロ楽園を始めた時の、最大の目標であったのです。これを今中止すれば、楽園に投じた数十万金の資金が全く無駄になってしまうのです。恐らくあなた方実際家にはお分りにならないでしょうが、我々は浮世のことに飽き果てて、ただ美しい夢にあこがれ、夢に生きる人種なのです。そして美しい夢を見ながら、仮令命を失うとも、少しも悔いぬ人種なのです。それに、カーニバルの日に殺人が行われるなんて、取るにも足らぬおどし文句に過ぎません。本当に人殺しをする気なら、誰が予報なんぞするものですか」
園主を始めメンバーの反対論旨は大体右の如きものであった。
「併し、聞けば百人ものお客さんが集まって来るというではありませんか、それに傭人達の事をも考えてやらねばなりません。あなた方はいくら面白くても、多数の安全の為には……」警察署長が忠告をくり返した。
「イエ、客は皆我々と同じ人種です。傭人達は我々以上にカーニバルを待ち兼ねて居ります。それに色々な準備がもうすっかり出来てしまっているのです。現に今日は大砲が到着する筈になっている位です。若しカーニバルを中止したなら、あの莫大な費用をかけた大砲が、全く無駄になってしまうではありませんか」
治良右衛門が主張した。
「エ、エ、何ですって? 大砲ですって?」それを聞くと警察署内の人々は一斉に目を見張た。
「イヤ、びっくりなさることはありません。戦争を始めるのではないのです。ホラ、御存知でしょう。いつか『人間大砲』という見世物が来ましたね。あんな風な謂わばおもちゃの大砲なんです。口径は十二吋もありますけれど、弾丸はでっかいキルク玉で、しかも一丁位しか飛びやしないのです」
「だが、そんなものを一体どうするのですか」
「カーニバルの余興です。巨人の射的場を作ろうという訳です。都会の盛り場によく見かける例の射的場です。敷島やバットを積重ねて、射落したら景品に貰えるあれです」
と、段々話が夢みたいに、なごやかになって来たのである。
で、押問答の末、結局治良右衛門その他の云い分が通り、奇妙なカーニバル祭は兎も角挙行されることになった。何しろ相手が地方の大金持で、友人には有力な政治家などもいるものだから、警察の方が一歩譲らない訳には行かなかった。そして、実に面倒な次第であったが、カーニバルの当日は、警戒の為に数十名の警官を楽園内に派遣しなければならなかった。治良右衛門は傭人達に命じて、着々と大饗宴の準備を進めて行った。
ある日ジロ楽園の唯一の入口である、例のゴンドラ浮ぶ水門へ巨大な荷物が到着した。大砲だ。巨人の射的場の大砲だ。見た所野戦に使う本物の大砲と少しも違わぬ。御所車の様な車輪がついて青黒く不気味に光った鋼鉄製で、それを筏にのせて、造花で飾って、御神輿のお渡りみたいに川を遡り、楽園の中心の広っぱへと運んだものだ。
大砲の側には、フットボールの球程のキルク玉が巨人国のお月見団子みたいに積上げられた。
「これが、恐らくカーニバル第一の余興だよ。あすこの丘の上に、等身大の生人形がズラリと立ち並ぶんだ。それを、お客様達が、ここから、このキルク玉で、ボカンボカンと撃つのだよ。愉快じゃないか。命中した時にはね。バットや敷島のご褒美じゃつまらない。ご褒美の代りには、花火がドカーンと上るのだ。そしてね、五色の花びらが雪の様に空から降って来るのだ。花火玉の中にそれを一杯つめて置くのさ。そして、楽園の中のジャズバンドが、ワーッと天変地異の様に鳴り響き、シャンパンがパンパン泡を吹き、花吹雪の下で、庭一杯の気違い踊りが始まるのだ。愉快じゃないか」治良右衛門は他の三人のメンバーを捉えて、楽しげに話して聞かせた。
だが巨人の射的場なんか、カーニバル全体の一種気違いめいた、大仕掛けな、世にも華やかな乱痴気騒ぎの、ホンの一部分に過ぎなかったことが、やがて分る時が来た。