葬儀自動車
人形怪人は、おまわりさんにばけて、マンホールから、にげだしてしまいましたが、それより、すこしまえのことです。
中村警部が、怪人をさがすために、おおぜいの警官をつれて、地下道へはいっていったとき、あとにのこった明智探偵と小林少年は、へやのすみへいって、なにかひそひそと、そうだんをしていました。
「ぼくは、野村さんのうちへ、みち子ちゃんを送っていく。そして、そこに、しばらくいるつもりだ。もしも、ということがあるからね。車は中村君のをかりることにするから、きみはアケチ一号を使うがいい。ぬかりなくやるんだよ」
「ええ、わかりました。もし、あいつが、いつもの魔法をつかって、逃げだしでもしたら、けっして見のがしません」
そして、ふたりは右ひだりにわかれて、それぞれの自動車へ急いだのですが、このふしぎな会話は、いったい、なにを意味していたのでしょう。それは、まもなく、わかるときがくるのです。
さて、お話はもとにもどって、マンホールから、逃げだした人形怪人です。
警官の服をきて、みんなをごまかしたことは、じきわかるのですから、いつまでも警官服を着たままで、歩いているわけにはいきません。非常線でもはられたら、いっぺんに、つかまってしまいます。
警官服の怪人は、さびしいやしき町を、いそぎあしで歩いていきます。角をまがりました。すこし広い町です。むこうに、一台の葬儀自動車がとまっています。怪人は、そのりっぱな葬儀車のほうへ、ちかづいていくのです。
怪人の百メートルほどうしろから、一台の自家用車が、ノロノロと、あとをつけるように進んでいました。その車は、色もかたちも、アケチ一号にそっくりでした。
怪人は、あやしい自動車に尾行されているなどとは、すこしも知らず、葬儀自動車のそばによると、いきなり、そのうしろのとびらをひらいて、中へとびこみ、また、ピッシャリと戸をしめてしまいました。
葬儀車の中には、あかあかと電燈がついていました。まんなかに、大きな箱が置いてありましたが、棺桶ではありません。怪人はそのふたを開きました。
中には、いろいろな服や、着物や、かつらや、つけひげや、化粧道具などが、いっぱいはいっています。怪人の変装箱なのです。
ああ、なんという、きばつなおもいつきなのでしょう。これは怪人の変装用自動車だったのです。そとから見れば、ふつうの葬儀車ですから、だれもうたがいません。それに、窓がありませんから、中でなにをしていても、外からはわからないのです。
変装箱のむこうに、鏡がかかっています。怪人は、その鏡にむかって、これから変装をはじめるのです。
「よし、出発してくれ。ゆっくり走るんだ。ゆくさきは、練馬区、知っているだろう。みち子のおやじのうちだ。野村家だよ」
怪人は、運転席の部下にめいれいすると、箱の中から一枚の写真をとりだし、それを見ながら、変装にとりかかりました。
その写真は、どうして手にいれたのか、中村警部の半身像でした。せびろすがたです。怪人は、化粧筆をとって、いろいろな絵の具をまぜあわせながら、自分の顔をいろどっていくのです。
じつに名人です。たちまち、顔がかわってきました。いままでの怪人の顔は消えうせて、まったくべつの顔ができあがったのです。それは、中村警部とそっくりの顔でした。
それから、写真のせびろと似たような服を箱の中からとり出して、それを見につけました。
「うふふふふ、よくできたぞ。こんなら、ちょっと見たのじゃ、わからない。だいじょうぶ、ごまかせる。これで、野村家へのりこむんだ。そして、くれないの宝冠を手にいれるのだ。なんと、ぬけめのない、かんがえじゃないか。みんなおれのすみかへ、集まっている。警察も、明智探偵も、少年探偵のチンピラどもも、あすこへ集まって、野村家はからっぽだ。そのすきをめがけて、宝冠をちょうだいにあがるのだ。うふふふ……
そのうえ、中村警部にばけて、先生をあっといわせるのだからな。われながら、すばらしいおもいつきだよ……おい、もういいから、とばしてくれ。何分あれば先方につく?
なに五分。そうか、もうそんなに来ていたのか。よし、よし、ともかく、いそいでくれ」