やみの中の口笛
やがて、葬儀車は、野村さんのやしきのそばにつきました。
怪人は百メートルほどてまえで、車を止めさせると、まず、うしろのとびらを、すこし開いて、あたりに人のいないことをたしかめてから、いきなりパッと、そとへとびだし、そのまま、野村さんの門のほうへ急ぐのでした。
ところが、そのとき車をおりたのは、怪人ひとりではありません。さいぜんから、ずっと尾行をつづけていた、アケチ一号とよく似た車からも、黒い人影が、とびおりたのです。みなさんおさっしのとおり、それは小林少年でした。
「中村警部とそっくりだ。しかし、まさか中村さんが葬儀車にのっているはずはない。怪人の変装にきまっている。うまいもんだなあ」
小林少年も変装の名人でしたが、それだけに、相手のうでまえが、よくわかるのです。
小林少年は、ぴったりと、へいにからだをつけて、くらやみの中をすかしてみました。
野村さんの門は、まだ開いたままです。中村警部にばけた怪人は、門をくぐって、どうどうと、げんかんのほうへ歩いていきます。
ベルをおすと、書生がドアを開きました。
「わたしは、警視庁の中村です。みち子ちゃんは、もうかえっているでしょうね。それについて、ちょっと、ご主人に、お話ししたいことがあるのですが」
書生は、いちどおくへはいって、すぐにもどってきました。そして「どうぞ、こちらへ」といって、応接室へ案内するのでした。
小林少年は、怪人がドアの中へ消えるのを見さだめてから、ソッと門内へすべりこみました。
門からげんかんまでは五十メートルもあって、たくさんの木がうえてあります。小林少年は、腰をかがめ、その木のあいだをぬうようにして、裏口とのさかいにちかづきました。そして、やみの中に身をひそめながら、口笛をふきました。西洋の民謡のひとふしらしく、ヒュー、ヒュー、ヒューッと、なんだかものさびしいメロディです。おなじふしを、二、三ど、くりかえしていると、裏庭とのさかいの戸が、音もなくスーッと開いて、黒い人影があらわれました。
小林少年は、そのほうへ、近づいていきます。大きいのと、小さいのと、ふたつの影が、かさなりあうように見えました。
なにかひそひそと、ささやいています。
「あいつは、中村警部にばけています。そして、げんかんから、どうどうとのりこみました。気をつけてください。おそろしく変装のうまいやつです」
小林少年のそんなことばが、とぎれとぎれに聞こえてきました。
「ふーん、さすがにあいつだな。相手にとって、不足はない。いまに、とっちめてやるから、見ているがいい」
なんだか、聞いたような声です。
しかし、まっくらで、顔が見えないので、たしかめることができません。
読者のみなさんは、もうとっくに、おわかりですね。その人は、小林少年と話しおわると、また戸をあけて、裏庭のほうへ、はいっていきます。
小林少年も、そのあとにしたがいました。