マンホールのひみつ
男はベンチのそばによると、いきなり、少女に声をかけました。
「おじょうさん、あんた野村みち子さんでしょう」
「ええ、そうよ」
少女はびっくりしたように、本から目をあげて、男の顔を見ました。
「あんたのおうちの人からたのまれたんだが、おかあさんが、道でけがをされて、近くの山田病院へかつぎこまれている。おとうさんは、おかあさんにつきっきりだから、おじょうさんを、さがして、つれてくるようにって、たのまれたのですよ。さあ、すぐ、わたしといっしょに、きてください」
野村みち子さんは、おかあさんがけがをしたときくと、しんぱいで、まっさおになって、なにを思うひまもなく、いそいでベンチから立ちあがると、男といっしょに、あるきだしました。
みち子さんは、考えがたりなかったのです。見知らぬ人に、なにか言われても、そのまましたがってはいけません。じぶんでおうちまで行って、たしかめてみるのです。道に、赤電話があったら、それで、おうちの人とはなしてみるのです。
もし、男が、そんなことをしてはいけないと言ったら、なおあやしいことになります。そうなったら、大声で、たすけをもとめればいいのです。
少女が男につれられていくので、ふたりの少年は、また、そのあとをつけました。
ぐるぐる町かどをまがって、だんだん、さびしいほうへ行きます。
そして、なんどめかの町かどを曲がったとき、二少年が、いそいで、そのかどまでいってみますと、ふしぎ、ふしぎ、男と少女とは、どっかへ消えてなくなっていました。
人どおりのない、やしき町のコンクリートべいが、ずうっと、むこうまでつづいています。近くに曲がりかどはありません。男と少女は、まだ五十メートルも、行ってはいないはずですから、すがたが見えないのは、おかしいのです。
どこかのうちの門の中へ、はいったのではないかと、一けん一けん、げんかんまで行って、たずねてみましたが、そういう人はこないという返事です。
ふたりは、道のまんなかに立って、長いあいだ、考えていました。
まさか、けむりのように、きえてしまうはずはないのですから、どこかへ、かくれたのにちがいありません。といって、どこにかくれる場所があるのでしょう?
「あっ、そうかもしれない。あれだよ。あの中が、あやしいよ」
ポケット小僧が、とんきょうな声をだして、むこうの地面をゆびさしました。そこにはマンホールの、まるい鉄のふたがあるのです。
「えっ、マンホールの中かい」
「うん、悪者は、よくこれを使うんだよ。あの中へ、かくれていれば、だれも気がつかないからね。きっと、ぼくらに尾行されていることを知って、かくれたんだよ」
「じゃあ、あの鉄のふたをあけてみようか。ふたりであけられるかしら」
「だいじょうぶだよ。きみの力なら、あけられるよ」
そこで、ふたりは、そこへ行って、力を合わせて、鉄のふたを持ち上げ、横へずらせて、中をのぞいてみました。
「だれもいないよ」
「おかしいな。ここのほかに、かくれるところはないんだがなあ」
「あっ、あれ本だよ。さっき女の子が読んでいた本にちがいないよ」
マンホールの底に、一さつの少女小説の本が落ちていました。
「あの本が落ちているからには、ここへかくれたにちがいない。だが、それから、どうしたんだろう。そとへ出たら、ぼくらにみつかるから、出たはずはない。きっと、このあなの中に、ひみつの道があるんだよ。よしっ、さがしてみよう」
井上君は、そう言って、マンホールの中へ、おりようとしました。
「あっ、ちょっとまちな。こういうときは、BDバッジを、道に、まいておくほうがいいよ。ぼくらの身に、もしものことがあったときの用意にね」
BDバッジというのは、少年探偵団の銀色のバッジで、団員たちは、いつでも、そのバッジを、二十も三十も、ポケットの中にいれているのです。それにはバッジのほかに、いろいろの使いみちがあって、いまのように、団員があぶない場所へはいるとき、そのいりくちに、ばらまいておいて、味方に知らせるという、使いかたもあるのです。
ふたりは、それをばらまいてから、マンホールの中へ、おりていきました。そして、おそろしいひみつを発見するのです。
ああ、そのひみつとは、いったい、どんなことでしょうか?