おとし穴
少年探偵団の井上少年とポケット小僧は、地下道から、どこともしれぬ建物にはいり、その中の一つのへやで野村みち子ちゃんをかどわかした怪人と、向かいあって立つことになりました。
へやの正面に大きなデスクがおいてあって、その向こうに、人形のような、ぶきみな顔をもった怪人が、こしかけていました。
デスクの上には、卓上電話があり、そのそばに、ウィスキーのびんと、グラスがおいてあります。怪人はウィスキーを、ちびちびやりながら、みち子ちゃんのおとうさんに、ゆすりの電話をかけていたらしいのです。
「きみたちは、じつに勇気があるねえ。こどもばかりで、マンホールから、このおそろしいうちへしのびこむなんて、いのちしらずだよ。いったい、しのびこんで、どうするつもりだったんだね」
「きみが、あの女の子をどうするのか、見とどけて、たすけ出すためさ。ぼくらは少年探偵団だからね」
井上少年が、すこしもおそれないで、いいました。
「ふうん、かんしん、かんしん。だが、きみたちふたりきりで、そんなことができると思っているのかね」
「ぼくたちのうしろには、明智小五郎先生がついているんだ。小林団長がいるんだ、それから警視庁の中村警部が、おおぜいのおまわりさんをつれて、やってくるのだ」
井上君は、ほこらしげに、いうのでした。
「だが、どうして、れんらくするんだい。きみたちは、もう、おれのとりこになっているんじゃないか」
「ぼくたちには、いろいろな方法があるよ。きっとにげ出して、明智先生や小林団長に、れんらくしてみせるよ」
ポケット小僧も、まけないで、かんだかい声をたてました。
「はははは……、のんきなことをいっている。おれが、きみたちを、にがすとでも思っているのかい。にがすどころか、これから、きみたちに、おもしろいものを見せてやるよ。いや、おもしろいのではない。おそろしいものだ。きみたちは、かわいそうだが、うんと苦しまなければならない。じごうじとくと、あきらめるんだね」
人形の顔の怪人は、ニヤニヤわらいながら、きみのわるいことをいうのです。
「ふふん、おもしろくって、おそろしいものかい。はやく見せてもらいたいな。それはいったい、どこにあるんだい」
井上君が、やせがまんをはって、つよそうなことをいいました。
「ここにあるんだよ。いいか。ほらっ……、わははははは……」
どこかで、カチッと音がしたかと思うと、ふたりの少年の足の下は、なんにもなくなってしまいました。つまり、立っていた、ゆか板が、パタンとおちて、そこへ、まっくろな大きな穴がひらいたのです。ふたりは、アッというまに、ふかい穴の中へ、おちこんでいきました。
そのままおちたら、おしりやせなかを、ひどくうって、けがをしたかもしれませんが、ふたりは、こういう冒険には、なれていたので、すぐ、足をグッとまげて、とびおりの姿勢になり、下へ足がついたときに、ピョイピョイと、とぶようにしました。五メートルもある、ふかい穴でしたが、ふたりとも、そのおかげで、すこしもけがをしなかったのです。
そこは二メートル四方ほどの、ふかい地下室で、かべもゆかもコンクリートです。窓もドアもなにもなく、四角な井戸の底のような場所でした。
上を見あげますと、おとし穴になっているゆか板が、二つにわれて、たれさがり、その穴の上から、人形の顔がのぞいていました。
「わはははは……おれのうちには、いろいろな、しかけがあるんだ。ボタンをおせば、ゆか板が口をひらいて、きみたちを、のんでしまう。これもそのしかけの一つだよ。どうだね、とても、あがれまい。コンクリートのかべには、なんの手がかりもないんだからね。きみたちには、しばらく、そこにはいっていてもらうんだ。そのうち、おもしろいことが、いや、おそろしいことがおこるからね」
そして、人形の顔が、ひっこんだかと思うと、おとし穴の板が、パタンとしまって、穴の中は、まっくらになってしまいました。
ふたりは、しばらくのあいだ、穴の底に、うずくまったまま、だまりこんでいましたが、やがて、ポケット小僧が、つぶやくようにいいました。
「ぼくたち、冒険をやりすぎたかもしれないね」
「うん、この穴からは、とてもにげだせない。あいつは、ぼくたちを、どうするつもりだろう。なんだか、こころぼそくなってきたね」
井上君もげんきがありません。ふたりとも、こうかいしはじめているのです。
「おもしろくて、おそろしいものって、いったいなんだろうね」
さすがのポケット小僧も、しんぱいで、声がふるえていました。井上君は、万年筆型の懐中電燈を出して、コンクリートのかべを、てらしていましたが、なにを見つけたのか、「あっ」と、声をたてました。
「あれ、なんだろう?」
懐中電燈のまるい光が、コンクリートのかべの上のほうを、てらしています。その光の中に、黒いまるい穴が見えるのです。直径十五センチぐらいの穴です。
「あっ、ひょっとしたら……」
ポケット小僧も、あることに気づいて、思わず、さけびました。ああ、その小さな黒い穴は、いったい、なんだったのでしょうか。